第12話 腕時計

 僕はダンボール箱の山に、身を潜め、こっそり様子を伺った。


 スラリと背の高い女性が来る。


 ここまで香水の匂いが流れてきた。

 香水って、つけすぎたら、息苦しくなる気がするけれど、あの人は平気なのかな。


「なんなの、あなた。迷子?」



 僕の母親ぐらいの年なのだろう。もちろん、生きていたらの話だが。


「そっちこそ、何しに来たんだ!」


 僕が来た時ほど怒っていないようだ。

 何も持っていないからかもしれない。


「なんて、生意気な子なの?まぁいいわ。道に迷ってしまったのよ。ここが何処かご存知?」


 結局自分が迷子だったのか。

 なんだかやる気が無くなるな……


 だが、そう感じたのは僕だけだったようだ。


「残念だけど、自分にもわからん。でも、おまえがここに来た理由は知ってんぞ」


 また彼の中で、怒りがメラメラと燃え始めたのが見えた気がした。


「おまえは昨日、遠くに住んでいる友達がくれた時計を捨てた‼︎」


 女性がハッとする。


「誰にも使われずに行き先を失ったその時計が、何も感じていないと思うんか?!今にも奴は、おまえを恨んで襲ってくんぞ‼︎」


 奴とは、時計のことだろう。


 女性は男の子の勢いで少し青ざめたが、せせら笑う余裕はあった。


「時計は物よ。歩いたり、喋ったりしないの。それに私には、腕時計はひとつで十分。全く同じのがふたつあっても意味がないのよ」


 僕も、その通りだと思った。腕時計を二つ付ける必要はない。


 けれど男の子は、まだ食い下がらなかった。


「おまえは双子の姉がいるな」


 女性はヒイッと後ずさった。


 確かに、ここまで色々当てられると、誰でも恐怖を感じるだろう。


「おまえたちは瓜二つだ。だから、おまえを捨てるんでもいい。姉だけいれば十分。なぜなら、全く同んなじのがふたつあっても、意味がないからな」


 なるほど、そういうことなんだ。


 男の子は怒鳴ったり叫んだりしなかったが、それ相応の迫力はあった。

 きっと僕が同じセリフを言ったとしても、迫力のかけらすらないだろう。


「き、気味が悪いわ……」


 女性が呟いた途端、彼女の体は風に溶けるように消えた。

 え、幽霊?!


「ど、どういうこと?!」


 僕は男の子のところへ駆け寄った。

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