第9話 見知らぬ場所

「ここは……」


 気づくと、細い路地のような道にぽつんと一人で立っていた。


 ぼくの周りを囲む赤茶色の煤けたレンガの壁は、鼠色の空へとまっすぐ伸びていて、余計に孤独な気持ちにさせる。


 しかも地面は、またコンクリートだ。

 何度出会っても、その素っ気ない冷たさは変わらない。


 後ろを振り返ると、あの壁がどっしりと構えている。


 この壁のどこかに隠し扉でもあって、そこからきたのだろうか?


 そこでぼくは、思い切り壁を叩いたり蹴ったりしてみた。


 だが、壁はビクともしない。

 まるで『それで終わりかい?』とせせら笑うかのように、偉そうに佇んでいるのだ。


 ぼくは無償に腹が立って、もう一発パンチをお見舞いしてやった。


 が、結局は自分の手がジンジンと痛んだだけで、なんの意味もなかった。



 それから気を取り直してもう一度、考えてみる。

 よくよく思い出せば、ぼくは扉をくぐってここにきたわけではないのだから、空から降ってきた可能性もあるのではないか、と。


 もしそうだとすれば、向こうに戻るには、空に近づかなければならない。

 けれど、第一ぼくは空を飛べないし、だいたいこの広い空の何処に向こうに戻る道があるというのだろう。


 なぜここまで必死になっているか。


 もちろん、帰るためだ。


 おじさんの言う通りの薬を見つけたら、ここにはもう、用はない。


 それにしても、どうしておじさんが取りに行ってくれないんだろう。

 ぼくは病人なのに。


 せめて、ちゃんとした説明とか、地図が欲しかった。

 叔父さんは、いつも適当だ。

 叔父さんのそういうところが、嫌いなのかもしれない。


 父さん、今頃どうしてるかな。


 おじさんは、父さんには説明をしてくれたのだろうか。


 いまの時間なんてわからないけど。

 この場所は二、三時というところだろうが、なんせ変わった世界のことだ。

 普通の世界と同じはずがない。


 ……父さんの朝の笑顔と目玉焼きに、こんなに長いことありつけないなんて!


 急にお腹がギュルギュルと、音を立てる。


 父さんの目玉焼きが食べたい。

 他の物はいらないから!……って、薬がないとダメだ。


「あーあ……」


 ぼくは空を見上げた。

 薬はすぐに見つかりそうもない気がするし、帰り道もわからない。


「進むしかないか……」


 空の色が、そのまま目から全身に流れ込んできたみたいに、ぼくの足取りは重かった。





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