第8話 改札口とロボット

 けれども、その影は人ではなかった。


 僕の腰ぐらいの身長しかない、小さなブリキのロボットだったのだ。


 こんなのを人と見間違えるなんて。


 呆れると同時に、少し癒される気もした。



 ロボットの横には、古びた駅の改札口のようなものがある。

 その先に、あのピンクの光が広がっていたのだ。


 突然、ロボットが首をゆっくり、ウィーンと動かした。


「ダレ、ダ?」


「しゃっ、喋った?!」


 思わず大声を出してしまったが、今の時代はロボットと会話ができるのも当たり前だったのを思い出す。


 でもそれは、いかにも最新式っぽいロボットの話だ。

 だからこのロボットは、ただ同じ言葉を繰り返すだけかもしれない。


 そういうロボットなら、おもちゃ屋さんに行けば、何種類も置いてある。


 だけど、僕は少し期待を込めて、ロボットの質問に答えた。


「僕はテトロだよ。そっちに行きたいんだけれど」


 僕が薄ピンクの空間を指差すと、ブリキのロボットはまたウィーンと音を立てて、ゆっくりとそちらを向き、少しじっとしてから、また元に戻った。


 ちゃんと通じているんだ!


「テ、トロ…シッテル」


 僕の顔を見上げる、首が外れそうなロボットは、まるで笑っているかのように感じられた。

 しかし、ブリキのロボットには表情などなかった。


「タスケテ、クレ、ル…シッテル」


 ロボットの言っている意味がよくわからない。

 声も、不調和音みたいなひどい音だ。

 けれど、ロボットは気にしていない。


「マッテル…@&☆%○…ガ」


 途中、聞き取れなかったが、どうやら誰かが僕を待っているらしいことは理解できた。

 それにしても、どうやったらここの改札口を通れるんだろう。


 ロボットが、またウィーンと頭を動かした。


「ソレ」


 ロボットの視線の先には、僕が持っているあのスプーンがある。


「これのこと?」


 ロボットはキシリと頷いた。


 僕は、ロボットの首が外れたらどうしようとドギマギしたが、その心配はいらなかった。


 僕がスプーンを差し出すと、ロボットはしばらくそれをジックリ見ていた。



 もういい加減腕が疲れてきた頃にやっと、


「アリガトウ」


 と言われたので、僕は楽な体制に戻ることができた。


「テト、ロ…コナ、アル……?」


 叔父さんと同じことを聞いてくるなんて、僕は素直に驚いた。


「うん、ほんの少しだけ」


「ヨカッ、タ」


 何が良かったんだろうか疑問に思ったが、それを聞くタイミングは逃してしまう。


 なぜなら、改札口が開いたからだ。


「ヒキ、トメテ…ワルカッ、タ…モウ…イッテ、イイ」


「あ、ありがとう…?」


 何が何だかわからないまま、僕は改札口を通った。


 ピンクの空間に足を踏みいれようとした時、ロボットは思い出したかのように付け加える。


「スプーン……シマッテ」


「でも、そんなことをしたら溢れるよ?」


「シマエ。コボレ…ナイ」


「えっ、溢れない?」


 僕は試しにスプーンをひっくり返してみたが、ロボットの言う通り、粉は一粒も溢れなかった。

 それどころか、スプーンの中の粉を触っても、触っている感覚がない。

 しかし、スプーンを軽く傾けると、粉はサラリと動く。


「美術館にだって、こんなトリックアートはないよなぁ……」


 そんなことを呟きながら、僕はスプーンをポケットに滑り込ませた。


「イイ、ゾ」


 少しの間を挟み、ロボットが口を開いた。

 困惑したような声だった。


 トリックアートの意味が分からなかったのかな。

 いや、『困惑した』だなんて、気のせいかもしれないけれど。


「ありがとう」


 反射的にお礼を言い、僕は薄ピンクの世界へと入って行った。


 すうっ体が透けていくような、奇妙な感覚が体を駆け巡る。



 テトロが薄ピンクの空間へと消えていく姿を、ロボットはじっと見つめていたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る