第7話 進む

 そして、気づけばここにいたのだ。


 そういえばと思い、よくよく計量スプーンを見てみると、まだあの白い粉は乗っかっていた。


 あんな無造作に落ちていたのに。

 不思議だ。


 それでも粉を落とさないよう注意して、僕は無意味に部屋の中を歩く。


 もし、今が朝であっても、日曜日だから問題はない。

 叔父さんの話からして、ここは僕が取りに行かなくてはいけない場所ということになる。


 きっとこのことは父さんも知っているから、心配はいらない。


 つまり、いつもみたいに退屈な休日とは違って、自由だけど目的のある休日を過ごすことができるということだ。


 何を取りに来たんだっけ。


 僕は足を止め、しばらく考えた。


 その結果、薬を取ればいいという結論に至る。



 どうやってここに来たのかもわからないし、何も説明してくれない叔父さんには腹が立つ。


 が、目的があるなら、行動するのみだ。


 それに、すごく面白そうだし。

 こういう感覚は、あまり味わうことがない。


 僕は扉の取っ手を回して、扉をゆっくりと開いた。


 扉が、長い眠りから覚めたかのように、ギジリギジリと軋む。




 扉の外に続いていた細いコンクリートの廊下のような場所を抜けると、外に出た。


 外と言っても、壁や天上がないからそう呼んだだけで、僕の知っている外とは程遠く、空間と言った方がしっくりくる。


 地面はうす茶色い土のようなもので、だだっ広い。

 あたりには建物もなければ人もいないのだ。


 おまけに空はオレンジで、黒っぽいモヤモヤが漂っている。

 それなのに、風はない。

 完全に別の世界だ。


 不安になって戻りたくなったが、好奇心がそれに打ち勝ち、僕は前へと進んだ。




 しばらく歩いたが、進んでも進んでも、景色は変わらない。


 しかし後ろを振り返ると、だんだんあのコンクリートの場所から離れていくので、進んでいる事には間違いないことはわかった。


 近くにいるとわからなかったが、あの建物は本当に小さかった。


 おかげであっという間に建物が見えなくなり、僕はただひたすら進んでいる気がしない道を、歩かなくてはいけなかった。


 何もないこの場所は、まるで僕の休日を表しているみたいだ。

 この空間に名前をつけるとしたら、『僕の休日』だな。

 そのままだけど。


 この場所には、薬がある気配は全くない。


 段々、砂漠の真ん中に置いてきぼりにされたような不安が、ジワジワと広がり始める。


 このままここで死ぬのかもしれないと思った時だった。

 白く細い、線香の煙みたいな光が、目の前を横切ったのは。


 まるで、僕を呼んでいるかのようだ。


 気がつくと、僕はそれを追いかけていた。


 ただ、見失うのが怖かった。

 この光には、逆らえなかった。



 光がパッと消えた瞬間、僕はやっと風景の変化が目に入った。


 ずっと遠くに、薄いピンクの光があったのだ。


 日曜日の夜に感じる希望ってことかな。

 多分、多くの人は、『僕の休日』と『僕の希望』が逆なんだろうけど。


 僕はなんだかホッとして、足取りが軽くなったのを感じた。



 さらに近づくと、誰かがいるのに気がつく。


 ずっと一人ぼっちで心細かった僕にとって、それがどんなに嬉しかったことか。




 いつも間にか駆け足になりながら、その影へとズンズン近づいて行ったのだった。

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