第6話 僕がするべきこと

「ううむ。これはちょっと変わっているが、心配はいらないよ。薬さえあれば、簡単に治る」


 相変わらず少し変色した僕の親指を、叔父さんは指でコツンと弾いた。

 それからお気に入りの茶色い皮のバックの中を漁る。


 叔父さんは普段、ただの叔父さんだが、時々僕の医者でもあった。


 風邪を引いても、怪我をしても、叔父さんがその茶色いカバンから出す薬さえ飲めば、あっという間に治るのだ。


『何を隠そう、私は隣街で、医者をやっているのだ!』


 と、前に教えてくれた。


 だが、僕はその病院に行った事がない。


 なぜなら、いつも叔父さんがわざわざ来てくれるから。

 僕が足を運ぶ必要は無いのだ。



「これはこれは……」


 叔父さんは、大げさに困った顔をした。


「どうしたんですか?」


「どうやら薬を切らしてしまっているようだ。あのとき使いきったことを忘れていた」


 あのときって、何のことかな。

 まぁ、叔父さんの独り言なんてどうでもいい。


 どうせ聞いたりしたら、話が長引くだろうし。


「テトロ君、少しの間、自分の部屋に戻っていてくれるかな?」


 叔父さんが僕に聞かれたくない話って、なんだろう?


 盗み聞きでもしようかという考えが頭をよぎったが、叔父さんの目を見た瞬間、そんなことは馬鹿げていると思った。


「はい、わかりました」


 素直に頷き、僕は階段を登っていった。




 次に叔父さんに呼ばれた時には、もう日が沈んでいた。


「テトロ君、これがどんな風に見えるかね?」


 差し出されたのは、おかしな大匙計量スプーンだった。

(そう、さっき拾った計量スプーンと同じものだ)


「どんな風にって……計量スプーンにしか見えません」


 僕は、『おかしな』という表現を控えた。叔父さんの気を悪くしたくないからだ。


 しかし、どっち道、結果は同じだった。


「いやいや、このスプーンの上に、何か見えるかどうか聞いているんだ」


 叔父さんは作り笑いをしているが、少しイライラしているのを隠しきれていない。


 彼は笑顔のわりに、短気なのだ。

 もちろん、父さんは気づいていない。


 僕は気を取り直して、もう一度スプーンを覗いた。


 スプーンの中に砂糖のような白い粉がほんの少しだけ入っている。

 10~20粒程度だろうか。


 叔父さんにそれを報告した。


 父さんの顔がほんの少し曇る。なぜそんな顔をするのだろう。


「やはり、取りに行ってもらうしかないようだな」


 初めて、叔父さんが愛想笑いを引っ込めた。


 ……初めてのはずだった。


 なのに僕は知っている。

 何年も前に見たことがある気がする。


 だが、いつの事だろう。



 また、叔父さんの顔に愛想笑いが戻って来ると、僕の中に生まれた違和感も、すうっと消えていった。


「このスプーンは、君にあげよう。今日はゆっくりおやすみ」


 父さんの顔を見ると、父さんは微笑んだ。


 ジワリと何かが心の中に広がる。寂しいような、悲しいような何かが。



 そんな気持ちから逃げるかのように、僕はそそくさと二階に上がっていった……



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