第4話 叔父さんが来た

 * * * *


 今日は土曜日。学校は休みだ。


 週に二回の貴重な休みだとみんなは思っているらしいが、僕にはよくわからない。


 特に冬休みや夏休みは、暑いとか寒いとかの言い訳で、結局はダラダラするだけなのだから、余計に休みの重要性を感じないのだ。


 何もすることのない時間が、どんなに恐ろしいか。


 なぜみんなはそう思わないんだろう。

 やる事が決まっていない、自由でいいなんて状況は大嫌いだ。


 いつものようにどうでもいい事を考えながら、僕は朝食を食べにリビングへ向かった。



 僕の母さんは、僕を産んですぐに病気で亡くなった。

 だから、僕には母さんとの思い出はない。


 でも、僕は大して気にしてはいなかった。

 なぜなら、僕には父さんがいるから。


 父さんは本当に僕のことをわかってくれる。

 僕の好物が目玉焼きだということをちゃんと知っていて、毎朝焼いてくれるのだ。


 食卓テーブルに着くと、今日もちゃんと太陽みたいにキラリと光る目玉焼きと、それに負けないぐらい暖かい父さんの笑顔が待っているはず。


 親ならそれぐらいわかって当然なのかもしれないけれど、親じゃないと、わかってはくれない。

 そんなものなんだろう。



 だが、当ては見事に外れた。


「おはよう、父さん」


 いつものように挨拶をすると、父さんは少し愛想笑いを含んだ笑みで、


「今日はお客様が来ているよ」


 ふわりと手招きをした。


 わざわざ言わなくても、あんな笑い方をされたら、わかってしまう。


「誰?」


「それはね……」


 一応、聞いておくけれど。


 いつもの父さんの満面の笑顔が無かったし、こんな朝っぱらから来るのは、どうせ叔父さんに決まっている。



 叔父さんは……なんとなく好きじゃない。悪い人ではないはずなのに。



 父さんと叔父さんは、すごく仲がいい。

 そのせいで、一ヶ月に一回は、必ずやって来る。


 せめて、毎月いつ来るだとか、前日のうちに来ることを伝えるとか、そういう配慮がほしい。


 僕はちょっぴり機嫌が悪くなったが、気づいてはもらえなかった。



 やけにテンションが高い父さんが、


「どうぞ!!!!」


 とピラピラ手を振った。


 父さんがこんなことをするなんて、夢を見ているのかもしれない。

 こんな変なテンションの父さんが、現実なわけがない。


 つまり、叔父さんも、本当は来ていない……?!


 そこで、手の甲を思いっきりつねってみた。が、息を飲むほど痛かった。

 残念、現実だ。


 それと同時に、おじさんが机の下からヒョッコリ顔を出す。


 その拍子に、ごつんと机に頭をぶつけた。


「大丈夫ですか⁈叔父さん!」


 慌てて父さんが駆け寄る。


「おお、痛かった。ビックリしたなぁ」


 大の大人が何をやってるのか。



 けれど一瞬床に目をやった父さんのくもった横顔を見て、僕は分かった。

 不安を紛らわせたくて、こんな事をしてるんだ、と。


 つまりは、僕のせいなんだ。



 僕は申し訳なさと不機嫌を隠したくて、余計に愛想笑いをする羽目になってしまった。


「叔父さん、本当にビックリしました!会えて嬉しいです!こんなに朝早くなのに」


 叔父さんの額に汗が滲んでいる。

 叔父さんが僕と話す時はいつもそうだ。


「おお、それは良かった!私も会いたかったぞ!こんなに登場シーンで驚いてくれるなんて嬉しいなぁ!」


 お互い愛想笑いをしている。


 叔父さんなんて、『満面の愛想笑い』だ。

 これもいつもの事だが。


 確かに、愛想笑いはかなり有効だ。

 これを使われると、相手の気持ちがわからなくなる。

 愛想笑いをしない普段の叔父さんの姿が、僕にはわからなかった。


 わからないものは怖いから、僕自身が自然と愛想笑いになるのも仕方ないのだろう。



 それにしても、あのタイミングで抓らなければ良かった。

 これじゃ、まるで僕が叔父さんを好いているみたいじゃないか。




 ちょっとした茶番が幕を降ろすと、話はさりげなく、しかし突然本題に入った。


「そうそう、足を見せて欲しいんだよ」


 叔父さんは表情を変えない。

 僕もそれに対抗するために笑顔で、靴下を脱いだ。


 とっても奇妙な光景だと思うけれど、父さんはこれと言ったリアクションはしない。きっと頭の中が僕を心配する気持ちでいっぱいになっているからだろう。


 僕は大丈夫なはずだ。

 痛くなんともないんだから。


 そうわかっていはずなのに、心がざわついた。


 叔父さんが僕の足を観察しだす。




 その間、僕は数日前のことを思い出していた。

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