39. オープンクローズ戦略

 ミオウは、魔法の杖を前方に向かって構えた。


 そして響きのある声で。

 呪文の詠唱が。


 ――。


「鋼鉄よりも硬きモノ ミスリルよりも硬きモノ? 鉄の扉に埋もれし (中略) 戸当り部分と接合し 回動自在とするものに マナと汝が力もて 等しく剥がれを与えんことを!」


 杖先から光球が広がる。

 扉の、回転する付け根ちょうつがい部分に向かって。


 扉が……まるでドミノのように、パタリ、ドスンと、こちら側に向かって倒れた。

 ちょうつがい部分は溶けていた。


「なっ!」

 扉の前に居たのは、やはりヌネオ。

 猫背を心持ち後ろに伸ばし、驚愕の表情を浮かべていた。

 反転。脱兎のごとく逃げ出そうとするそいつの首を――。


「ちょっと待てよ?」

 イケボで、タスクの腕がつかんだ。


(タスクがさっき突然、扉の横に回り込んだのは、即座に飛び出す為の行動だったのか……展開の予測が速い……)


 タスクはそのまま、猫背の男を壁に叩きつける!

「がっ!」

 腹部にタスクのヒザがめり込む!

「うぅ……!」


 そしてヌネオは、地にうつ伏せ気味に崩れ落ちた。


「くそ……くそ……せっかくこの薬の、使用許可がおりたというのに……」


 と、悔しそうに言ったきり、ヌネオは動かなくなった。

 その手には、聖杯のような容器がぎゅっと握られていた。そこからこぼれたと思しき黒色の液体が、通路に血痕の如く広がっていた。



「優位だと思って調子に乗るバカは、バランス崩すとあっさり潰せるからな。ははは」と、タスクが言った。

 その勇者は、部屋の中へと目配せし、室内にパタリと倒れ込んだ扉「だったもの」を見ながら言葉を続けた。

「ミオウ。見せてもらうのは3回目だな。ドアヲヌレイブ」


「はぁ……はぁ……。卑怯な奴って、あたし許せなくって。ともあれこれで、あたしはホント、魔法打ち止めだからね? タスク」


「分かってるよ。すごく消耗するんだろ? ドアヲヌレイブ」


「あたし程度の魔法レベルで、オリハルコンを溶かしたんだから、当然でしょ。ふうぅ……」



 部屋に居る誰もが、安堵の表情を浮かべていた。



 いや、ただ1人。

 ミハだけが、今までに見たことの無い程、緊迫したような表情だった。

 僕はそれが、とても気になった。


 ◆


 ユイさんの奪還は成功した。

 僕らは通路から、この施設の外へと戻ろうとしていた。


 憔悴したユイさんを僕が。

 魔法の使い過ぎで精神衰弱を起こしたミオウをタスクが。

 それぞれエスコートしながら。


 ミハは、歩を進めながらも、とある本に視線を落としていた。

 ポジロリ家の書斎から持ってきてしまった、『マル秘』と表紙に描かれた本だ。


「これ……とんでもないよ……」

 とつぶやきながら、彼女は早足で進む。


「おい、ミハ。歩き読書は良くねぇぞ? 歩きヌマホと同じでさ」

 タスクが言う。


「そんなのわかってる! わかってるけど……これひどいんだ……。、薬の事が書いてある……」


「「なんだそれ?」」

 僕とタスクの声がハモった。


「『レクカク』っていう、酵素を使った薬らしいんだけど……使用すると、モンスターの快楽中枢を刺激するって。モンスターは、痛みとは違って、快楽には耐えられないから、意のままに操ることが出来るって書いてある」


「なっ!」

「……モンスターの薬漬けじゃねーか!」

 と、さすがのタスクも引いていた。


「……使って、書いてあって……効き目が強すぎるから、使用管理は厳重にしないいけないらしいけど……」


「な、なんてことを……」

 僕は思わず身震いした。


 タスクは舌打ちをして言った。

「っつーことは、ここの連中、モンスターを薬で操ってるだけでなく、従業員を薬漬けにして、鍛冶をさせてるってことか……。そんなクズども、マジでぶっ潰さないと駄目だな」


「……こんな薬らしいんだけどね?」

 とミハが見せてくるページには。絵が描かれていた。

 聖杯っぽい形の『ルビンの壺』を、さらにこじらせたような形状の容器。

 その容器の中に、黒色の液体が。

 

 容器の形に、


 なぜか?

 ヌネオがものと、同じ形の容器だからだ。


 僕は一瞬、足を止めた。


「ん? ヨージ。止まってる場合じゃねーぞ? 目的は果たしたんだから、さっさとここから抜け出そうぜ?」


 僕は、さっきの部屋に戻りたくなってしまったのだ。

 あの部屋に置き去りにしてきた、ヌネオ。


「くそ……くそ……せっかくの、使というのに……」


(あいつを生かしておいて、よかったのだろうか?)

 物騒にも、僕はそんなことを考えた。

 顔を横にブルブル振って邪念を追い払い、手を引くユイさんの顔色を伺う。


「その薬の製法は、その書に載ってるの?」

 と、ユイさんはミハに聞いた。


 ……鍛冶士は、こんな状況ですら、技術的な部分が気になるらしい。


「……いいえ。ある意味予想通り、大事な肝はここには書いてないみたい。いわゆる、『オープソクローズ戦略』ね。なんでもかんでも開示にオープソするのではなく、『秘密は秘密のままにしておく』っていう考え方」


「そんなのがあるんだ……」

 と言うユイさんに、ミハがウインクした。

「ユイちゃん、鍛冶以外の事も少しは知っておいた方がいいかも。こうして貴方の頭の中の秘密を、狙ってくるヤツらもいるわけだからさ」


「そうだね……。ミハさん、教えてくれますか?」


「私の知ってる事だったら何でも。……父さんのからの聞きかじりだから、詳しく知ってるわけではないけどね」


 僕は、それはとても良いことだと思った。

 ユイさんの味方は多いほうが良い。


 そして、とある事に僕は疑問を持った。

「あのさ。『レクカク』って薬の製法を知ってる人、何人くらい居るのかな?」


 と、僕が言うと、真っ先に反応したのはタスクだった。

「この施設のヤツらを片っ端からぶっ潰せば、葬ることが出来んじゃね?」


「うん……」

 アクティブで、自信と能力を併せ持つ、勇者タスクらしい考え方だと思った。


「ん! 簡単にはぶっ潰させてくれないみたいだな」

 タスクがいつもより低い声で言った。


 僕らも気づいた。

 

 僕らの退路を断つように、モンスターが多数、待ち受けていたのだった。


 ユイさんが連れ去られた時にも見た――。


 モンスター達だった。

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