38. オープンクローズオープン
扉を開けるとそこには。
1人の少女が、焦げ茶色の手枷を嵌められて、ぐったりとしていた。
『ポジロリ家』ロゴ入りの、鍛冶士のベストに、幅広ズボンを着せられて。
「ユイさん!」
駆け寄る以外の選択肢などない。
ハンマーを振るうにはそもそも華奢な骨格は、やつれて、いつもよりもっと細く見えた。頬に、張られた跡があった。
「ヨージ……?」
タスクが素早く後ろに回り込み、しゃがみこんだ。
「ちょっと待って。準・万能の鍵・(仮)で、この枷を……よし、外れた!」
ドサリと前に崩れ落ちそうになるユイさんを支える。
「ユイさん、大丈夫ですか? 何をされたの!?」
……。
元居た世界で。
RPGゲームで学んだはずなのに。
バタン!
扉の閉まる音。
その音は、僕らの後方で鳴った音。
ガチャガチャリ。
鍵の閉まる音。
(しまった!)
突き当りの部屋で、こんな風に状況が展開したら、扉が閉められるパターンを予想してしかるべきだというのに……。
注意がすべて、ユイさんへと行ってしまっていたんだ。
「おい! ふざけんなコラ! 出せや!」
勇者にしては粗野な言葉遣いで、タスクが扉をドンドンと叩いたり、剣でザクザクしたり、試しているけれど、それで開くなら……苦労はしないわけで。
ミオウの「サムターソ」の呪文でも、錠が外れることはなかった。
そして扉の外から、男の声が聞こえてきた。
◆
「汚いネズミでも出ましたか? アレグリアの枷を外しましたね?」
ヌネオの声。
「てめぇ! ユイさんに何をした!」
まるで、タスクにでもなったかのような、僕の口調。
「んー。もうちょっと遅く来てくれれば良かったんですよ。剣に組み込まれているはずの、技術の肝。口を割らない、協力もしないとなれば、次にやるのはまぁ……直接体に聞くしかないわけで。……まぁ、お楽しみの前に、こうして邪魔が入って残念ですけれど」
反射的に僕は、ドアに体当たりをかました。
ミハとミオウが、小さく「ひっ」と言った。
タスクが「……温厚な奴は、怒るとギャップが怖ぇんだよな」と小さく言っているのが聞こえた。
僕は体を何度も、力任せに扉にぶつけた。
が、虚しく跳ね返る。
グレウスさんの忠告を思い出す。
ゴミクズに対する怒りは、無謀の装備には力をくれないようだった。
いつもなら、僕のあこがれるユイさんの、懸命に鉄を打つ横顔。
それを思い浮かべるだけで、自然と力が出た。
でも今の僕は、その絵はストレートに、扉の向こうに居るヤツへの憤りに切り替わる。
そんな事はお構いなしに、僕は何度も扉にぶつかった。
「ははは。無駄ですよ。オリハルコンを、斜め格子状に埋め込んだ扉ですからね」
扉越しにでも、ヤツの
「あの、最も硬いと言われる、オリハルコンを……」
後ろでミハが、暗い表情で何かを言っていた。
肩が後ろから強くつかまれる。
「やめとけ。俺でも壊せない扉なんだから」
先にそれを試したタスクが、眉尻を下げてそう言った。
「ちくしょう」
「チャンスをあげましょう。この書類に貴方がた全員がサインをすれば、助けて差し上げます」
扉の下の小さな隙間からスッと差し入れられた紙。
ミハが受け取って読み……目を見開いて言った。
「こ、これは、ポジロリ家のフラソチャイズ契約書!」
「おっ? 情に明るい者が混じっていますね? そうです。アレグリア家は、我々ポジロリ家の系列店になって頂く。そうすれば、アレグリアの剣から生じる利益も、うちの利益として計上できますからね。それなら私の実績にもなる。……お楽しみが無くなるのは残念ですが、しょうがないでしょう」
僕らは顔を見合わせた。でも――。
「だめよ。秘密保持の呪いとセットだから」
と、契約書に目を走らせながら、ミハは言った。
タスクは貧乏ゆすりをしながら。
「パァーム爺の、アレか。そんな条件、俺達が呑むわけねぇだろ」
とハッキリ言った。
ちなみに僕は、結論などとっくに出ていた。
(こんなヤツらにユイさんを? ふざけるな)
「……死か従属か、最終的には2つに1つなのですがね? なにせ、うちの営業秘密をバラされてはたまりませんから」
「同業の女の子を拉致して枷に繋ぐのが営業秘密だっていうの!」
ミハが激昂していた。
「まぁ……その件もそうですね。営業上、外にバレては困る秘密ですから、営業秘密ですね」
「そんな不正が許されていいの? 不正な競争どころじゃない!」
ミハがそうやって時間を稼いでくれている間に、僕は何度か深呼吸。
冷静さを失ってしまっていた。
そんな状態では、打開策なんて出てこない。
(どうにかして、ここから脱出し、ヤツらの鼻をあかす方法は無いか……?)
考えたけれど、やはりどうしていいのか、光が僕には見えなかった。
「良いこともあるんですよ? ポジロリの一門に入れば、パテソトの権利も取り放題ですから」
「……どういう意味ですか」
と部屋の中央。弱々しい声で、ユイさんが言った。
「パテソトの審査をするのは審査士ですよね? 我々の規模ともなると、多くの息のかかった者を、審査士として送り込むなど容易いことなのです。わかりますか?」
扉の奥の男は、「ひひひ」と笑った。
「そ……」
あれほど頑張って、鍛冶に挑み続けたユイさん。あまりのことに、その目は、潤んでいた。
僕は手の爪を、握った手の平にめり込ませた。噛んだ唇からは鉄の味がした。
(ユイさんみたいな人が報われて、然るべきなんじゃないのか!?)
その時。
「ちょっとどいて、ヨージ」
ミオウが後ろから、僕を押しのけた。
その次の瞬間に見えたのは。
杖を構えようとする、背の小さな、山高帽の魔法少女の後ろ姿だった。
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