終章

37. ピナシボ火山

 元居た世界では、高尾山なら登ったことがある。

 

 標高600メートルぐらい?

 都心から中央線で西に1時間程の所にある、『女性がヒール履きで登りに来ちゃう事件』なんてのも起こる、カジュアルな山。


 この異世界のピナシボ火山は、当然ながら、高尾山とはワケが違った。


 いくつもの急勾配を必死になって越えると、ゴツゴツとした黒色の岩場。

 巨大な岩の塊に、豚肉のサシのように入った亀裂から、白ではなく赤い筋がチラ見えしてる。


 うん。白いサシではなくて、赤いマグマだ。


 異様な程に暑い。


「はぁ、はぁ……着いてこれてる?」

 頬からアゴへとしたたる汗を手の甲で拭い、後ろを振り向くと、いつもより更に薄着になって肌を露出したミハが、「くうっ……」と、息切れを我慢するようにして登ってきていた。角度的に、上から胸元を見下ろす格好になり、あわてて目線を逸らす。


「な、なんとか……」

 と、ミハからは返ってきた。


 そのさらに後ろのミオウは、もうしゃべる気力も無いようだ。

 黒マントに山高帽の魔女っ子スタイルで、荒々しい山の踏破は、大変に違いない。

 左肩に乗った使い魔の『ヌコ』も、ぐでーっとしている。


「おいもっと頑張れや。もう少しで着くから」

 タスクは最後尾だった。

 さすがは体力お化けの勇者。息1つ乱れない、涼しい顔をしている。


(そりゃ、タスクはこのペースで歩くなんて、楽勝でしょうよ……)


 ――。


 もともとは、タスクがいつも通り最前列に居たんだ。


 でも、どこぞの商店街の時と同様、タスクは自分のペースでサッサと登って行ってしまうもんだから、僕もミハもミオウも、完全に置き去りになってしまって。


「おいそこの勇者! 1番足が速いタスクは、1番後ろ!」

 ということになったんだ。


 ◆


 そして登って、なだらかな場所にたどり着いた。


 鍛冶の作業がしやすいように、という立地なのだろう。斜面ではなく、けっこう広い平面状になっていた。


 武器防具の原料になるだろう鉱石が、小山の如く積まれていた。


 地面のあちこちから、蒸気が吹き出している。


(あれ? あんな所に、ちいさな沢がある)


 水が流れている……?

 その水はすぐ蒸発。もくもくと立ち上っている。


(えっと……水源はどこから?)


「タスク、あれ!」

 ミハが指を差した『天』には、一箇所だけ、周りと色の違う、黒い雲……。


「雨雲……? だな、アレ。不自然だなぁ」

 見上げるタスク。


「おそらく、魔法で雨雲を呼んでるんだと思う」

 杖を左右に振りながら、ミオウが言った。


「……鍛冶だと。熱して叩いた後の金属を冷やすのに、水を使ったりするんだよね……」

 と、3人に向かって僕が言う。すると。



「「「理にかなった魔法の使い方!」」」

 と、ハモるように3人は驚いた。



 いずれにせよ、ポジロリ家は、魔法使いも雇って、水の確保をしているということだろう。


「ヌコ、こっちであってるんだよね?」

「はいニャ」

 

 ミオウの肩の、使い魔ヌコの導きで、その施設へとやって来た。


 岩と土壁で出来た、大きな四角い施設。


 僕らは、「足音吸収君」を装備した。

 足音を吸収できる魔法素材を、薄く細長いシール状に延ばしたもの。

 このシール状の薄素材を靴底に貼ると、足音を吸収してくれる優れもの。


 何枚も重ねた状態で、くるくると丸めて収納出来る、旅用の革袋を圧迫しない親切設計。

 ……もちろん、ユイさんの發明品だ。



 施設の中に入ると、広い区画のあちこちから。


 トンカン!

 トンカン!


 ポジロリお抱え鍛冶士の作業音がするから、余計に、僕らの足音は気付かれない。


「ひゅう……凄い規模だね」

 ミハが感嘆の表情で言うと。


「大所帯かよ、くだらねぇ」

 と、向こう見ずなタスクが言う。


「あっ。あそこから、上に出れそうよ?」

 ミハは目ざとい。

 作業をしているポジロリの連中の死角をつくように、隙を見て梯子を登り、屋根上に出て、身をかがめて進む。

 

 時折、首をひょいと覗かせて、施設の中を確認する。


 ポジロリの鍛冶士は、統率が取れていた。

 まるで、うすきねでやる、正月の『高速餅つき』のように。


 火の管理。火にくべる。熱する。取り出す。叩く。水でジュウー!

 見事な分業になっていた。


「効率的だね……それぞれの役割が特化してて」

 とミハが言う。


「ハッ、あんなに細分化したら、汎用スキルが身につかねぇじゃねぇか」

 タスクが悪態をつく。


「どっちでもいいから、早く進みましょ。暑いし」

 と、ミオウがヌコの後を追う。


 確かに、凄まじく暑かった。


「冷やかなる風の魔法を……《エアコソ》を……」

 と懇願する鍛冶士に向かって。


「誇り高きポジロリの一員であるという自覚が足りないから、熱中症などといいだすのだ!」と、年配の鍛冶士から罵声が飛ぶ。


(大変そうだなぁ……)

 素直にそう思った。


 ◆


 潜入で、いくつかの鍵付き扉に出くわしたけれど、僕らの障害にはならなかった。


 なぜか?


 僕らの手には、ミノタウロスを倒して手に入れた『準・万能の鍵・(仮)』があるからだ。

 銀色ボディの、本当に「これは鍵です」と自己主張しているかのような、少し小さな鍵だった。


「すげえよな。鍵穴に合わせて、ホントに変形、拡大するぜ?」

 差し込んだその鍵をガチャガチャとやるタスクは楽しそうだった。


 それでも開かない扉がいくつかあったけど、そちらはミオウの出番。


 雨雲を雨細工みたいにびよんと引き伸ばしたような杖の先端を、扉の『隙間』あたりに向けて。


「万能なるマナよ! 世界を開く突起となりて、噛み合いし錠前を適宜開放せしめんことを! サムターーーソ!」


 と呪文詠唱。「サムターソ」という魔法で開けていった。


「正直、あまり精神力を消費したくないところだけど……」

 と見せる、微妙な表情さえ、エリちゃんに似ていたりするんだ……。


 ◆


 そうやってたどり着いた一室。

 そこは書斎のようだった。


 フカッとしたじゅうたんが敷かれ、木製のソファと、木製の本棚に書が並んでいる。


「ここの通路を進んだとこみたいニャ!」

 ヌコが手首を反らせて通路の奥を指し示す。


(ユイさん……)

 一刻も早くたどり着きたかった。


 であるにもかかわらず。


「あっ」

 と何かに気付いた、僕の前を歩くミハが、本棚から一冊の本をさっと取り出した。

 本……というよりは、レポート用紙の目の粗いものを、ひもで括ったもの……みたいな感じの紙束だ。


「ちょっとミハ。さっさと行こうよ」

 と僕は急かす。


「ちょっとこれ、気になっちゃって。マル秘って、堂々と書いてあるから」

 その紙束を見せてくる。


 確かに、表紙部分に大きく、『マル秘』と書かれていた。


 本棚自体には、というのに。


「不用心ね。これじゃあ秘密管理されているとは言えない」

 とミハは笑っていた。


「確かに……。簡単に手が届く所に置いてたら、秘密も何もないよな……」

 と僕が言ったら、前を歩くタスクが苦笑いで答えた。


「いや、俺達、特殊アイテムとか魔法とかで鍵開けてここまで来てんだろ?」


「あ、そっか」

 と僕は納得した。


(そうか……鍵開けの魔法が存在する前提で、秘密管理しなきゃいけないのか。うちも気をつけないとなぁ)


 大抵の秘密は、ユイさんの頭の中にあるけど、僕も多少は、ユイさんから漏れ聞きしているわけで。


(ノートみたいなのに秘密情報をまとめる時は、気を付けなきゃいけない。それこそ隠すとかしないと)


 そんな事を考えている間に、書斎の奥の、突き当りの部屋の前まで来た。


 そして、ミオウの魔法「サムターソ」によって、その扉がピキーンと開けられた。


 そしてポジロリ家は、まさにその、ユイさの「頭の中の情報」を、狙っていた事が発覚したんだ。


 その扉の先で――。

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