28. コロブスの卵

 中央都市『セソトラル』とはいえ。


 冒険者の酒場は、僕らの街の酒場と、大して変わらないなように思えた。

 店の規模が少し大きいぐらい……だろうか。


「「「おつかれー」」」

 杯をぶつけるタスク達は無事、冒険者免許の更新を終えていた。

 明日からいよいよ、大規模ミッション!


 その一方で。

 僕とユイさんは、どよーんとした空気をまとっていた。


(僕みたいな素人レベルですら、敵の攻撃の受け流しと、カウンターが出来る剣って、凄い機能だと思うのになあ……)

 そこが釈然と行かなかった。


「残念だったね……審査は人がやってるから、どうしたって審査士の当たり外れがあるんだよ。……って、親からの聞きかじりだけどね?」

 と、ミハがなぐさめの言葉をかけてくれた。


 ……だとしたら、今回の審査士は、大外れもいいとこだ。


「おかしな審査士をチェンジ出来ないものかなあ?」と聞いたら、「無理みたい」とバッサリだった。


 ミハは、何かを思い出しているのか、左上の、天井の方を見ながら言った。

「まぁ……結局、審査は、コロブスの卵の、後から評価だから」


「コロブス?」

 と僕は聞きつつ、なんなとなーく、ピンと来ていた。


 多分、僕の居た世界の「コロンブスの卵」みたいなやつだろう。


 不思議なことに、ミハは、口をあんぐりと開けた。

「ち、ち、ちょっとヨージ、コロブスも知らないの? あの英雄のコロブスだよ? この世界の常識だと思うけど?」

 信じられないと言いたそうな目で僕を見た。


(いや、コロンブスなら知ってるんですよ……)


 僕の元居た世界のコロンブスは。

 アメリカ大陸を発見した後、「そんなの誰ににでもできるじゃん」と評され、「じゃあお前、卵、立ててみ?」と切り返した。


 結局誰も卵を立てられなかった事を確認したコロンブスは、卵の尻をつぶして立てて見せ、「はい、こちらですー」と言ったという。


 ……ホントに言ったのかな、そんなこと。


 ともあれ。


 この異世界の「コロブス」なる英雄が、僕の居た世界のコロンブスに対応する人物なのか、僕にはわからなかった。対応するなら、「コロソブス」みたいな名前かなと思ってたし。これまでの異世界での経験から。


 そしたら。


「ごめんなさい。私もコロブスは知らない」

 と、ユイさんが右手を上げた。


「……もう。鍛冶屋は鋼鉄ばっかり打ってるからかな? 大英雄コロブスを知らないなんて。鍛冶の事だけじゃなく、少しは世界の事にも目を向けないとだめだよ?」

 と苦笑したミハは、僕らに教えてくれた。



 ◆

 


「この世界はね? 昔、1つの統一国家だったの。2つの国に枝分かれして、大戦争になっちゃったけどね。私達が生まれる、ずっとずっと前の頃の話よ? モンスターがはびこり出すよりも、前のお話」


「その頃は、人同士が殺し合っていたわけね。でもある日、偉大な英雄が現れて、戦争を終わらせたの。コロブスという、意欲に燃える英雄が」



1492意欲に燃えるコロブスか……コロンブスに相当する人物みたいだな)



「コロブスは、悲惨な戦争の元凶である、大事な要素を、世界で初めて発見した。……それは何だか分かる? ヨージ」

 ミハの麗しい左右のまつげが横に傾いて、水平じゃなくなる。



「えっと……お金とか?」

「ん? 正解!! ちょっと……凄くない?」

 ミハは、感心したような顔で、僕に人差し指を向けた。


 僕の隣でお茶を飲んでたユイさんは、「おおっ?」って顔で僕を見た。


 戦争の影には、石油だとかの資源獲得競争とか、餓えによる暴動だとかがあるって、社会の時間に習った気がするな……。この異世界でも同じかもしれない思って言ってみたら、どうやら的中だったみたいだ。


 ……ちなみに、この辺で、山高帽を脱ぎ済みのミオウは「くーくー」と寝息を立てていた。


 タスクも「話がつまらん!」と、酒場の女性店員と談笑しに行っていた。


 そのタスクをぶん殴りたそうに、ミハは時折、にらみつけるような目線を遠くへと送っている。でも、面倒見の良いところが「お姉ちゃん気質」と言うか。僕らの居るテーブルにミハはとどまって、説明を続けてくれた。


「コロブスはね? 友人の『コレキーヨ』という人物と協力して、今のパテソトの礎を作ったの」


「あの……?」

「いったい、どういう……?」

 僕もユイさんも、話の飛び方にポカーンとした。


 戦争と、戦争の元凶であるお金と、パテソト特許……いったいどんな関係があるっていうのだろう?



 ミハは、エールで口を潤してから、

「ほら。パテソトの権利が手に入れば、技術が独占できるでしょ? 技術と資源がイコールだと考えてみて……?」

 と、僕らの思考を促した。


「あっ!」

「そう。……わざわざ戦争で人の血を流さなくても、富を独占できると思わない?」


「なるほど……」

 そうか……。要は、覇権争いなんだなぁと、僕は理解した。


 その一方で。


「だとしたら、なんか……なぁ……」

 と、ユイさんは心中複雑そうな表情を浮かべていた。



 ◆



 店内が突然、騒がしくなった。


「きゃあ」

 という、女性の声が響いたからだ。

 栗色の髪をポニーテールにまとめた、目のパチクリと大きい女性店員さんが、「困ります……」とか言っている。


 その「困らせてる側」の人物に、僕は見覚えがあった。


 というより、セソトラルここでの知人なんか他に居ない。


 服こそより平民に近いチュニック? に着替えているけれど、丸メガネの……イクシ審査士だ。酒のせいか、だいぶ顔が赤くなっていた。


「ちょっとぐらいサービスしろよ。上にペコペコしながら、くだらない発明を持ち上げ、面白そうな技術をけなし、大変な思いでやってんだからさ」

 とイクシ士は言い、女性店員の腕をつかもうとしていた。


「やめてください」

 と、店員はその手を振りほどいた。


「なんだよお前。客にそんな態度を取って良いと思ってるのか? 悪い子には教育が必要だな」

 ニマニマしながら席から体を浮かせ、店員をつかまえようとするイクシ氏の腕を。

「おい」

 の一声と共に、勇者タスクが掴んだ。いつになく、ものすごい真顔だ。


「いででででで」

 情けない声を出す、イクシ氏。


「相手の気持ち無視して、みっともない真似してんじゃねぇよ、クズが!」

「おい、離せ、離せって……いででででで!」

 デスクワークのイクシ審査士と、気鋭の若手勇者のタスクだ。力の強さ的に、イクシ氏が、うまく腕を振りほどけるわけがない。


 この隙に、ポニーテールのかわいい女性店員は距離を取り、バックヤードに消えた。おそらく、上司に報告しに行ったのだろう。


「はいよ」

 タスクがだしぬけに腕の力を抜くと、イクシ氏は尻もちを着いた。

 

「……目上に敬意を払えない下賎の者め。お前のパテソトは全部潰してやるからな!」

 と、だいぶトンチンカンなことを言って、イクシ氏はそそくさと退出していった。


「まったく……」

 と頭をかくタスクに、さっきの女性店員が寄って行った。

「あの、ありがとうございます……」

「気をつけなね? そんだけ可愛いと、ああいう変な虫も寄ってくるからさ」


 苦笑する女性店員さん。


「それより、俺たちと、楽しく酒を飲もうぜ? お姉ちゃん?」

 と、スマートな笑顔で言ったタスクの後頭部が、ポカッと叩かれた。


 ミハが、僕らのテーブルから、凄い勢いで移動して、それを実現したんだ。


 ……RPGに例えると、「敏捷度」のパラメーターを、瞬間的に3倍ぐらいまで増幅チートしたみたいに。


「調子に乗ってナンパすんな!」

「ちげーよ! 俺は助けてあげただけ……」

「店員さん。連れがお調子者でごめんなさいね……」

 と、ミハはタスクの頭を抑えつけ、おじぎをさせる。


「あ、あはは」

 と苦笑する、かわいい女性店員さん。ポニーテールが揺れる。


 ……結局のところ、タスクは、ミハによって僕らのテーブルまで強制的に連れ戻されてきた。


「なんだよ……このタイミングしかねぇぜ! って位に、いいとこだったのに……いででで!」

「調子に乗らない!」

 と、タスクの耳をつねって、握り拳で威嚇するミハは、あいかわらず、「静」と「動」の差が激しかった。


「はい。ごめんなさい」

 殊勝にも謝るタスク。

 タスクとミハ、何気に、いいコンビのように思う。


「……凄いですね……」

 と苦笑いするユイさんに、ミハは言った。

「コイツ、いつもこうなんだよ。昔はそんなじゃなかったのに」

「お二人は、長いの?」

「まぁ、タスクコイツとは腐れ縁だから」


「腐れてねぇし。幼馴染ってだけだしー。ゴホ、ゴホン! ……まぁ、ところで」

 と、タスクは強引に話題を転じた。

「さっきのつまんねぇ話、もう終わった? コロブスの話」


「ま、まぁね……」

 ミハが、引きつった笑顔になる。


(自分の話を「つまらない」呼ばわりされちゃうとなぁ……)


 ミハは気丈にも、話をガッとまとめた。

「ユイさんを担当した審査士が、コロブスの卵、つまり発明の肝となる箇所を正しく評価できなかった、ってとこかな……」

「ハッ! クズ審査士じゃねーか」


「あのう……タスクさんが腕をひねった、さっきの男の人……」

 ユイさんがおずおずと申し出た。


「あ、そうそう。さっきの丸メガネのおじさんが、ユイさんの件の審査士だったんだよね……奇遇にも……」

 と、僕もフォローを入れる。


 すると勇者タスクは、「は゛あ゛ー?」と、ものすごく濁った声を出した。


「マジで!? あんなゲスいのに当たったの? ……それは災難だったなぁ」


「審査士は選べないからね……」

 とミハは合掌。


 そうしたら、タスクが豪快に笑いだした。

「ハハハハハ! じゃぁいいじゃねぇか。ゲスい審査士の、なめた判断に当たっちまったって話だろ? 事故だろ事故。ユイさんの技術が劣っててダメだったわけじゃねぇんだろ?」


(!!! そうか!)


 ユイさんが鍛えた武器防具の凄さを感じている僕にしてみれば、タスクのこの言葉は救いだった。


「はぁ……」

 と、ユイさんは返事をしずらそうだ。


 タスクは、いたずらっ子のような笑みを見せた。

「あのじいさんを頼ってみるか。……個人的には、あんまり喋りたくねぇんだけどな」


 そして。

 タスクのその次の言葉で、僕は、『パーティと一緒にクエストに挑むか』『ユイさんと一緒に街に戻るか』の二者択一から、免れる事が出来たのだった。


「街に戻ったら、紹介してやるよ」

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