第4章 旧世代

29. やさぐれ賢者と2人の名工

 街外れの冒険宿『アウトイン』に、僕らは居た。



 ――いやあ、大規模ミッションは凄かったんだよ。参加しているパーティの数も、出てきたモンスターの数も。


 良く言えば「お祭り騒ぎ」。

 悪く言えば「血みどろの戦い」。


 僕はと言えば、とりたてて目立った功績も活躍もなかった。


 元居た世界の、マケドニアの歩兵じゃないけれど、集団戦では個性の発揮は「ダメー!」って言われるみたいで、ある意味「尖り」で売ってるうちの勇者タスクは、「なんだよあの指揮、くだらねえ」と腹立たしそうにしていた。


 ミハが「静」な感じで「タスクには合わないとこだったね」と慰め、ミオウも「貴方の強さは、あたしたちがよく知ってるから」とフォローを入れる。


「俺は良い仲間を持ったぜ」

 と、タスクが機嫌を良くして。


 そんなこんなで、当座は困らないような報酬をゲットして、僕らは街へと戻ってきたんだ。ユイさんも一緒に。


 ◆


 アウトインの、冒険者の酒場。

 僕がタスク達と初めて出逢った場所だ。


 そこには、けっこう有名な「ずっと寝ているおじいさん」が居る。


 そのおじいさんは今も、壁際の板張り床に、ボロ布を敷いて上に寝っ転がり、窓の外を流れる雲を、ボーッとながめていた。


 白ヒゲ。そして白モジャ髪。


 つい、「体を雑巾の如く絞ったのか?」と密かに思ってしまうような、シワシワのおじいさんなんだけど、とにかくずっと居るもんだから、「ひょっとして、酒場に棲んでる妖精なんじゃねーの?」と、冒険者の間で噂になっている人。


「ふん、くだらねぇ」

 とか、突然ブツブツと独り言を発したりするもんだから、遠巻きに扱われていた。


 そんなおじいさんに。


「パァーム爺」

 タスクが声をかける。


「……あ? なんじゃ」

 窓から、タスクの方へと顔だけを向けたそのおじいさんの口調は、とてもぞんざいだった。


「あのさ、ちょっと聞いて欲しい案件があるんだけど」


「ふん、都合の良い時だけ人を頼るってか?」

 冷笑混じりで、おじいさんは言った。


「いや、そうじゃなくて……」


「いつものように、お前が解決すればええ。普段から散々、威勢の良い事を言っておっただろうが? 言ったことは自分でやれ」


「うぬぬ……」

 タスクは僕らの方を振り返り、苦虫を噛み潰したような顔をして、両手を万歳した。

「な? こんなんだから、話かけたくなかったんだよ」


「あの……ご迷惑なようでしたら、もういいですよ? ごめんなさい」

 ユイさんは困惑げにそう言った。


 そんなユイさんに、パァーム爺と呼ばれたおじいさんは一瞥いちべつをくれると、ボロ布の寝床に置かれた小さな袋から、豆を取り出してボリボリと食べた。


 豆を、咀嚼。咀嚼。

 もう一口パクリ。モグモグ、咀嚼咀嚼。


 そして、こう言った。

「ふーん……アレグリアの娘っ子か」



「はぁー!?」

 素っ頓狂な声を上げたのは、タスクの右隣に居たミハだった。ものすごい勢いで体を回転させ、ユイさんの肩をガッ! と掴んで、とにかく興奮していた。


「ユ、ユイちゃん! あなた、も、もしかして、アレグレア家の人なの!?」


「は、はぁ……?」

 ユイさんは明らかに困惑していた。ミハのテンションが急に上がったのが、よく分からないって顔をしていた。 ……ちなみに僕も、ユイさんと同感だった。


「アレグリア家は、血統が途絶えたって聞いてたけど!?」

「あの……」


「小娘がギャーギャー騒ぐな。耳が痛いじゃろうが」

 お爺さんはそう言って耳をほじり、耳糞をフッと口で吹いて飛ばした。


(きたねっ)


「鍛冶屋同士の勢力争いなんぞ、勝手にやればいい。ワシはあいつらには、金輪際関わりたくないんじゃ。くだらん。本当にくだらん。頭が良いふりで人を見下す政治ごっこなんぞに、ワシは何の面白みも感じん」


 おじいさんはそう吐き捨てて、再び壁の方を向いてしまった。



「あー……。だめだこりゃ」

 タスクが首をコキコキと鳴らした。

「パァーム爺は気難しいからさ……ユイさん、ごめんな」

 と、勇者が軽く頭を下げた。


 そんなタスクの姿を、ミオウはキッと、「嫌なものを見た」とでも言いたげに見ていた。使い魔の『ヌコ』が、なぁーう、と啼いた。


「ユイちゃん。事情を聞かせて?」

 とミハが鼻息荒く、ユイさんに詰め寄っている。


(えっと……何? この状況……)


 よく分からない状況って、なんだか気持ちが悪い。俺はタスクを捕まえて、小声で聞いた。

「あのさ。これ、何がどうなってるの? 僕にはさっぱり分からないんだけど……」


「あぁ。パァーム爺は昔、国軍の装備も鍛えてた特級鍛冶士で、賢者でもあったんだ」


「え……それって、めっちゃ凄い人ってこと……?」

 僕がそう聞くと、いつもは自信満々で人をけなしまくっているタスクも、珍しく素直な感じで言った。


「雲の上の、レジェンド級の人だね。……今はこんなにやさぐれちゃってるけど」


「そうなの……」


 ということは、タスクは。

 そんな凄い人に、ユイさんの件をなんとかして欲しかったけど……うまく行かなかったってことなのかな……。


「じゃあ、ミハのテンションが突然おかしくなったのは?」


「それはミハ本人から聞けよ。俺もよく分かんねーんだよ」

「そ、そう……」


 ともあれ、今は何をどうすることも出来なさそうだ、ってことだけは、僕にも理解できた。


「ミハ、とりあえず落ち着いて? みんなで飲みながら話せばいいじゃない」

 僕はミハの肩を指でトントンとつついて、そう提案したんだ。



 ◆



「あのね? 『世界を二分する』と言われた、名工が2人居たの。それが……」

 しゃべりながら、ミハのエールを飲み干すペースがとても早かった。


「かつて『天才甲冑師』として名を馳せた『フィリップス・ポジローリ』と。一般にはあまり知られてなかったけど、鍛冶屋の間で『神の技士』と言われた伝説級の職人『トマト・アレグリア』なの。ふぅーん!」

 ミハの鼻息がとても荒かった。


「へぇ……」

 ユイさんからは、そんな話、一度も聞いたことなかったけれど……。


「フィリップスとトマトの2人は、互いに競いながら、その時代を冠するような武器防具を、いくつも造っていたの。ポジローリの才能は賞賛され、人もお金もどんどん集まり、……やがて、『ポジロリ家』と呼ばれる名家になった」


「名家?」

 と僕は反応したけれど、僕の横に居るユイさんは、その辺にはあまり触れてほしくなさそうな表情だった。


「そう! 技術を独占できる『パテソト』の制度が出来てからというもの、ポジローリのポケットには、ライセンス料とかもガッポガッポと入ってきて。その家名は国のあまねく都市群に轟き、ついには爵位まで授与されるに至ったの。パテソトのゲット率も、9割を超えるという凄さなんだよ!」


 と、言ったところで、ミハも、ユイさんの苦い表情に気づいた。


「あっ、ごめんね……この話は無しにしましょう。……飲みましょうか」

「……だな! 大規模クエストで、金もたんまり手に入ったしな! うわはははは!」

 少しわざとらしい位に笑いながら、タスクは店員を捕まえに言った。酒を追加する為にだ。


 ……例によって、お酒が好きな癖にすぐ酔うミオウは、起きてる時はさんざん僕に絡んだ挙句、電池が切れたみたいに今はくーくーと寝ていた。



 「鍛冶手伝い」な僕は知っている。

 ユイさんの出したパテソト出願の、権利ゲット率の低さを。

 

 ポジロリ家のゲット率が9割超え。

 一方、アレグリアの末裔(?)であるユイさんのソレが……1割未満? というか、ゲットした所を、僕はまだ見ることができていない。


(……)


 いくらなんでも、審査士の判断のバランスが、悪すぎじゃないだろうか?

 ユイさんの作る武器防具を実際に使っている僕としては、そこに本当に違和感を覚える。


 だから僕は、ふさぎ込み気味のユイさんに対して、こう言った。

「装備の凄さと、パテソトのゲット率は、イコールじゃないのかもしれませんね……」


「そうかな……」

 と、返ってきた。


「きっと、そうですよ」

 と僕は言った。


 そして。


 強気になれない僕が付け足した「きっと」という枕詞が、ポロリと外れるような事態が起こった。



 ――タスク達と一旦別れた後、しばらくぶりに、ユイさんの自宅に着いた時の事だ。



 1人の男性が、僕らの元へと駆け寄ってきたんだ。



「あっ! ユイさんだ! ユイさんが帰ってきた!」

 って、大声をあげて。

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