12. ムボウの装備


「これよ」

 ご予約のお客さんを待って店番している僕に、ユイさんが工房から、よっこらしょ、よっこらしょと運んで持ってきたもの。


 でん、でん、でんと置かれた鎧、剣、盾の一式。

 模様もマークも何も施されていない、飾りっ気無しのソレ。


「ん……?」

 ユイさんの意図を測りかねた僕は、そんな間抜けな声をだした。


「ヨージ向けの装備だよ」

 ユイさんが昨日から全くと言っていい程寝ていない事が、目の下のクマと、髪のボリュームがペタリとしていることから分かった。『仕事の鬼』みたいな。


「あの……見習い冒険者にふさわしく、シンプルなやつを装備しろ、ということ?」


「そうじゃなくて……! 昨日ヨージが信頼してくれるって言ってたから……」

 ユイさんはもどかしそうに、両手を宙にゆらゆらと舞わせた。


「ええっと……」

 たぶん、何か言いたい事があるんだろうな、とは思うけれど。

 言語化されていないニュアンスを、汲み取ることが出来ない。


 ……。


「ちわー。調子はどうよ……って、なんだよ、またケンカしてんのか?」

 お店に入ってきたのは、ご予約のお客さんではなく、グレウスさんだった。


 昨日の今日で、様子を見に来てくれたらしいグレウスさんは、ボウズ頭を手でぴしゃぴしゃと叩き、困ったやつらだな、とでも言いたげに苦笑した。


 その苦笑が。

 テーブルの上に置かれたその装備を見て、凍った。


「ま、待てよ? ユイちゃん。これって……もしかして……」


「さすが! グレウスお……さん」

 おじちゃんと呼びそうになって、あわててさん付けに切り替えたんだな? と僕は気づいた。ユイさん、仕事場では、そういうところを崩そうとしないから。


「まあ、確かにオッサンだけどな、俺は。ははは」 

「そ、そう言う意味じゃ……」


「あ、あのう……」

 おそるおそるの自己主張をしたら、グレウスさんが教えてくれた。


「この装備はな? 『ムボウのよろい』、『ムボウのつるぎ』、そして『ムボウのたて』だよ」


「……それってもしかして、僕に、無茶をしろってことです?」


「チッ! 伝わらねえなあ。無貌だよ無貌。顔がねえの」


「あ、あ、ああ! だから装飾とかが無いん……ですね……?」

 僕はかしこまるようにそう聞いた。

 いかつい冒険者の舌打ちは、すごく怖いんだぞ?


「そ。派手なデザイ《ソ》じゃなくて、機能推しなわけ」

 グレウスさんの傷のある顔に、ニカッとした歯が印象的だった。


 まるで『無○良品』のような。デザインはシンプルで質は良い、みたいな感じだろうか?


「ユイちゃん、ついに完成させる気になったんだな……この装備」


「うん。ヨージがね? 私の仕事を、どうやら信頼してくれてるみたいだから。ヨージなら使いこなせるかもって」


「ヒュー! 愛されてるねえヨージ」

 と、グレウスさんが口笛を吹いた。


「えっえっ? なんのことです?」

 僕は混乱してしまう。


「そういう意味ではなくて!」

 と否定するユイさん。


「ガハハ! そんなピーキーに反応しなくていいんだぜ? 要は、そこでお前と同様に赤面してるユイちゃんが、見込んで、この凄まじい潜在能力を秘めた装備を、実験しようってことだから」


「実験?」

 ユイさんの方を見ると、彼女は「ま、まあね」と言って、恥ずかしそうにプイッと横を向いた。


 ええと、よくわからない。

 ユイさんとグレウスさんだけが事情を飲み込んでいて、僕一人だけが、話に着いていけてない状況。


「ま、最初はその顔でいいぜ。その方が、だからな」

 とか言って、グレウスさんは含み笑いを。

 ユイさんは「そうだといいけど……」と言葉を濁して、僕の方をチラッと見た。


「ヨージに確認だけど、昨夜の話は本当だよね?」

 と聞いてくる、ユイさんの上目遣いでドキドキしてしまう。


「ほう?」

 グレウスさんが腕を組み、片手で顎をさわりながら、興味深そうな目で僕を見た。


「昨日、ヨージは言ったよね? 私が作る武器や防具が好きだって。気持ちが行き届いててすごい、追いつける気がしないって。それは本当?」


 意図がよくわからない質問だったけど、隠すこともないので、僕は「うん、本当」と答えた。


「そう……ありがとう」

 ユイさんは、まるで泣き出したかのような笑顔で、僕なんぞに向かって頭を下げた。


「この装備、やっぱりヨージに預けるのが正解だと私は思う。グレウスさん、ヨージを鍛えてやってもらえるかな。いつもお願いばかりで、申し訳無いんだけど」


 グレウスさんは、一瞬だけ、ばつの悪そうな顔をしてから。

「俺に任せておけ」

 と、胸を張った。


「ありがとう」

「いいってことよ。ユイちゃんは、俺の娘みたいなもんだからよ?」

 そう言ってグレウスさんは俺の肩をドーンと強い力で叩き、「よろしく、な?」と強い口調で言った。


「は、はい」

 僕は短い言葉しか出せなかった。


 僕の目をまっすぐ見て、うん、とゆっくりうなずいたグレウスさんは、店の扉に向かって反転し、手を軽くあげて、去り際の挨拶をした。


「じゃな。また連絡するから」

 と、店を出て行った。


「……これから大変かもしれないけど、頑張ってね、ヨージ」

 ユイさんは満足気に僕にそう言って、テーブル上に置かれた『無貌の装備』を、布で磨き始めた。


「はい……」

 と生返事を返しながら、僕は、ユイさんではなく、お店の扉を、ぼんやりと眺めていた。


 ――。


 すぐに装備に意識が行ったらしいユイさんは、たぶん、気づいていない。

 グレウスさんの去り際の、小さな声の、独り言を。


 あの歴戦の冒険者は。


「……2度と死なせねえから」

 と、言ったんだ。

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