11. 冒険宿『アウトイン』

「ここだぜ、2人共」


「ほえー! ……でっかい建物ですね」

「そうだね」


 街最大級の冒険宿『アウトイン』は、外れにあった。

 石畳の中央街道を南下し、モンスターがよく出没する『マルマルの森』へと入り込む、その「直前セーブボイントゲームに例えると」あたりの、川沿いにあった。


「冒険者のための、複合施設なんだ」

 そう言うグレウスさんに連れられて、そのでっかい木造の建物の中に入ると、広くて、天井が高かった。そして当然ながら、冒険者がたくさん居た。


 なんと例えればいいだろうか?

 僕が元居た世界の『空港の国際線ターミナル』が、中世風のコスプレ会場になったかのような情景が広がっていた。


 お店を何個かピックアップして紹介してみると。


「速い!(動きも提供も) うまい!(捕獲も味も) 名物アークバッファロー丼」のお店に、ズラッと並んでいる、冒険者の行列だとか。


「クエスト前にひとやすみ!」と垂れ幕をかかげた、温泉付き宿屋の前で、おだんごっぽい食べ物を食べてる、4人組の冒険者パーティだとか。


「全身指圧&回復魔法」を掲げるお店だとか。


「武器防具、回復薬、なんてもありマス」な道具屋だとか。


「パーティ結成実績が自慢です!」な相席居酒屋だとか。


「ちょ! おまっ、うわああああ!! モンスター傷害保険」だとか。


 そんな居並ぶ店舗を冷やかしながら、ユイさんと僕は横に並んで、グレウスさんの後に続いた。


(RPGっぽい世界に、保険業者が居るの!?)

(なぬ? 洞窟内でも使えるヌマーフォンの貸与サービス!? 魔法の受信力高い機種、的なやつ?)

 と。

 変わっているようで、元の世界で見たことあるようなお店の数々を、キョロキョロとしてしまう僕だった。


 一方、ユイさんは違った。


「あの人の剣、そろそろ研いだ方がいいと思うな……刃こぼれがひどい」

「あの鎧、サイズがブカブカだよ。肝心な時に動きが鈍るのは致命的だから、せめて、中にパッドを入れるなりして調整しないと」

「あの魔法の杖は、多分お下がりだね。身長に合ってない。まだ杖に『持たされてる』感が滲んでるもの」


 ……なんて具合に、武器やら防具やら杖やらにばかり、興味が行っちゃうみたいだ。


 パテソト出願の失敗の件で塞ぎ込んでいても、目のつけ所が、さすがは鍛冶屋の娘なんだなぁと思って、それにひきかえ、僕自身のあからさまな「おのぼりさん」感覚に、恥じ入ってしまった。


 ……そうこうしてるうちに僕らは、建物の反対側までたどり着いていた。

「ここから出るぞ」と、グレウスさんが言う。


(え? 建物の中を、通り過ぎるだけ? どこかに寄るんじゃないの?)

 と不思議にに思ったけれど、その外にある光景をみて、納得した。


 ジュー!

 ジュー!

 モクモク!

 じゅるり。


 擬音でお知らせすると、そんな感じの光景だった。




 屋 外 バ ー ベ キ ュ ー



 青 空 の 下 で



 冒 険 者 が 捕 ま え た 獣 系 モ ン ス タ ー を



 ジ ュ ー ジ ュ ー 焼 い て



 塩 な り タ レ な り を つ け て 食 べ る 所




 ……いや、ほんと。

 これを見て、テンション上がらないわけがなかった。

 手伝いの僕としても、今日は『他人が作ったご飯』を食べれるということになるのだし。


「この肉、思ったより柔らかいですね! モンスターの肉だから、固いと思ってたんですけど」

「オークの肉だな。……あ、ユイちゃん、そこの肉焦げてるぞ」

「ごめんなさいグレウスさん。はい、ひっくり返しました。薄切りにして、脂をさっと挟んでから焼くと、柔らかく食べれるんだよ。ヨージ」

「なるほど! 牛脂注入肉か!!!!」


「あ?」

「えっと、なにそれ?」


 異世界人の2人には、肉に脂を注射みたいにして足し入れた、『牛脂注入肉』という言葉は通じなかった。オークは牛じゃないし。注入じゃなくて、間に挟むタイプだし。


「きのこも、焼けたみたいよ」

「このきのこ……傘の裏側が紫色ですけど、大丈夫ですか?」

「あぶねぇ! それ毒! 2人ともまだ食ってないな? 食ってたら、そこの端に置いてある解毒剤飲んどけ!」

「先により分けてくださいよ! ギリギリセーフだったけど、危なかったぁ……!」


「ヨージは心配性だなぁ。冒険者の複合施設だから大丈夫だっての。回復薬も解毒薬も売ってんだから?」

「あはは。ほんとほんと」


 食べ物についての危機管理は、僕の元居た世界よりずっと甘いようだ。

 2人が言うように、解毒薬があるから、かな? 冒険者がたくさんいる世界だもんなぁ。


 まぁ、そんなことより。


 ……しばらく見ていなかったなぁ。

 こうやって、ユイさんが笑ってくれる所。

 彼女の頬が、緩んでるのがわかるもの。



「2人とも、酒はまだ早いよな」

「私はそうだけど、……ヨージはいくつなの?」

「18ですけど……」

「あれ? 成人してるじゃない。じゃあグレウスさんと一緒に飲みなよ、お酒」

「えー、ユイさんは飲まないんですか?」

「私は17だからお茶で良いよ。あと少しだけ、お酒は我慢だね。へへへ」


 ユイさん。


 年 下 だ っ た。


 ……。


 ……。



 ユイさんは普段、凄く真剣な目をして、鍛冶をしているし、接客もしっかりしてる。


 そんな姿を見てきたので、当然のように、ユイ「姉さん」だと思っていた。

 だから僕は今、2人に隠れて、こっそりとショックを受けていた。

 外に向けては、「ははは」と笑っただけだけど。


 常温のエール――とグレウスさんは言っていた――が2杯と、お茶1杯とで乾杯。

 美味しいものと一緒だと、話も弾むみたいで。


 最初は怒られた、僕の初のゴブリンとの戦闘ボロ負けについても、ユイさんは


「ヨージは、怖くなかったの? 初めて戦ってみて」

 と、フラットな感じで聞いてきた。


「恥ずかしながら、怖かったです……。逃げ回ってばかりでした」


「俺からすると、ヨージは筋はいいはずなんだよな。反射神経もあるし、体力はつけりゃあいい。怖がりすぎなとこが、冒険者としては使えねぇけど」


「へぇ……。グレウスさんがそう言うなら、素質自体はあるのかもね、ヨージ」

「俺はそう思ってるぜ」


「そんなことないですよ……」


「ヨージは、どうして冒険に出ようと思ったの?」

「それは……好きだから」

 とまで言って、ハッとした。


 グレウスさんがニヤニヤしてる。「やっぱりな」とでも言いたげな。

 ユイさんは、きょとんと首をかしげて、「何が?」と聞いてきた。


「ユイさんが作る、武器や防具ですよ。気持ちが行き届いているというか、すごいなぁ、とても追いつける気がしないなぁって」


「ありがとう……」

 ポッと顔を赤らめるユイ……さん?


 実は年下なのだと発覚したばかりなわけだが。呼び方は……やっぱりさん付け、のままがいいよなぁ。鍛冶の師匠なんだし。


 そして、鍛冶の腕を褒めると、ユイさん、ほんとは嬉しいみたいだ。

 いつもだと、「凄いですね」と僕が感想を言っても、「いや、これじゃ駄目なんだよヨージ。まだまだ作り込みが甘い」とか、厳しい答えが帰ってきちゃってたから。


「俺から見ても、いつもいい仕事してるぜ、ユイちゃんは。……防具の方はな」

「……私だって分かってますよ……武器の扱いが苦手なことぐらい」


(ん? 武器はニガテだったの? なんで?)


 むくれたユイさんを見て、グレウスさんはフンッて鼻をならすように笑った。そして豪快に、肉をフォークでまとめ、一口に放り込んだ。


「うめえ! ほれほれ。2人ともじゃんじゃん食えや。俺のおごりなんだからよ」


「いいんですか?」

「ありがと、グレウス


「ああ。ちゃんと腹に入れとかねぇと、肝心な時に力が出ねぇからな」

 と言って、グレウスさんはエールをぐいとあおった。


 その時だった。

 

 ――ユイさんが、目と口とをまんまるにして、突然立ち上がったのは。


「おじちゃん! それ! それだよ!」

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