13. ソレを強くするもの


 今日のオビノ平原は、日差しが強かった。

 涼しかった先日とは大違い。

 草と土の広がる、見晴らしの良さは変わらない。


「さぁ、ヨージ、行ってみろ」

 

 無貌のよろいは……重かった。

 当たり前だ。布の服じゃなくて、パーツのことごとくが金属なんだから。


 でも、不思議なことに、窮屈ではなかった。


 鎧は、例えば肩の辺りは、金属のパーツ同士をリベットなどで止めてある。そこを回転軸にして、パーツ同士が回るようになってるわけで。そうすると、体の動きは一方向になってしまう……。


 と、思ったんだけど。

 回転軸をパーツごとにずらしてあるからなのか、とにかくしなやかに、窮屈さを感じずに手足が自由に動いた。もちろん重いけど。


 元居た世界で、「スーツはオーダーメイドに限る」と連呼するおじさんが知り合いにいたんだけど、そんなスーツを着ると、もしかすると、こんな感じなのかもしれない。


 敵モンスターは、尖った鼻と耳、人より小型の緑の肌の、いわゆるゴブリンだ。


 つまり、この前の資質テストの続き、ということになるのだろう。いや、追試かな?


 棍棒を持って奴らは襲い掛かってくる。

 そして、逃げ回る僕。


(おかしい……!)

 今回の装備は、チェインメイルの編み編みではなく、プレートだ。武装が重くなっている分、動きが遅くなって、反応が鈍くなっている気がする。盾の装備を諦めたというのに、それでも鈍い。


 ユイさんとグレウスさんの口ぶりからすると、てっきり、ものすごい伝説級の装備でも、与えられたかと思ったのに。


 RPGゲームだって、異世界転生物語だってそうだろう?


 神様みたいな超越者から、チート的な能力を付えられて、最初っから俺TSUEEEEするか、あるいは、何か凄いアイテムを渡されて、アイテムTSUEEEEするか、そういう展開になるところでしょ?


 現実は、これだよ。とほほ……。

 平和ボケした僕がゴブリンから逃げ回る、圧倒的残念感。


 神も仏もいないのか?

 だとしたら、平和にぬくぬく育ってきた僕に、この世界で一体何が出来るっていうんだ。


 バギョッ!

 襲い来るゴブリンを、グレウスさんが片手の裏拳で弾き飛ばした。


 はぁ、はぁ、はぁ……。

 草の上に大の字に寝っ転がり、汗だくの僕。


「あー……それじゃダメなんだよな」

 と、笑うグレウスさん。何が楽しいと言うんだろう。


 もっとがっかりされると思ったんだけど。なんだか、僕の反射神経を買ってくれてたようだから。


「はぁはぁ……どういうことですか……?」


「あのな。お前の肉体と精神の強さは、現時点では大したことねえ。当たり前だよな? 平和な暮らしをしてきたんならよ」


 ゲームに例えると、レベル1のステータス、ってことだろうか?


「無貌の装備も、ただ装備すりゃ力が出るってわけじゃない。わかるか?」


「はあ、はい……」

 ゲームなんかだと、自分のステータスが弱くても、凄い装備をつければ、攻撃力とか防御力がチート並に強化されて、俺TSUEEEE出来る、なんて展開があるけど、そういういわば「ガチャで出たレアアイテム」みたいな装備では無いようだ。


「なぜ、無貌か? それはな? 装着している者が、その貌になるからだ」

「えっ?」


 ちょっとよく、意味がわからない。


「あー、全然伝わってない、って顔してるなぁ……。チッ。どう言やぁわかるかなぁ……」


 頭をかいていたグレウスさんは、ポンと両手を打った。


「お前、ユイちゃんの仕事を、信頼してるんだよな?」

「は、はい」


「じゃあ、そう思った?」

「ええと……」


 なんでだろ。


 料理やらもそっちのけで、服も無頓着で、髪もしょっちゅうボサボサで。

 一日中、鍛冶の事を考えてて、嬉々としてソレを語って……。


 そんなユイさんが作る武器防具が、ダメなわけない、って感じだろうか。


「んー。お前が今、思い浮かべてるイメージ。それを、もう一回戦ってみろ」

「はい?」

「ほら、起きろよ。息も整っただろ? ちょうどあの辺に、居るだろ? ゴブリンの集団が。あ、奴ら、こっちに気づいたな」


 グレウスさんは指差す。

 遠間に、10匹は居るだろうか。


「いいか。俺はな。信頼するのは俺じゃない。だ」


 ゴブリン達が棍棒を振りかざし、向かってくる。


「え? え?」

 きょどる僕。


 グレウスさんは、一人、大きく後退した。

「さあ、やってみろ。お前一人で」


 やってみるしか無かった。


「――」


 立ち上がった僕は、彼女と初めて逢った時の事を思い出し、脳裏にイメージした。


 一言も声を発せず、黙々と金属をハンマーで打つ、彼女の、横顔を。

 僕が、彼女に惚れてしまった、その横顔を。



「――??」



(うそ……だろ?)

 体が

 それこそ、この装備をつける『前』よりも、だ。


 ナンダコレ?


 驚いて、自分の体をキョロキョロ見回す。草の中に居るからだろうか? 無貌のよろいが、少しだけ緑がかって見えた。

が出ていた。


(なんだ……?)


「……フフン、やっぱりか」

 グレウスさんが鼻で笑って、僕に向かって檄を飛ばした。


「やってやれ! ヨージ」


「……はい!」

 僕も、うなずきで返す。

 それが多分、今なら出来るような予感が、僕にはしていた。



「「グルルルル、キシャァァァァ!」」

 小刻みに左右にステップを踏むように、ゴブリンの群れが一気に距離を詰めてきた。


 僕は、体をかがめ、僕の左脇に、剣先を落とす。無貌のつるぎの、薄緑に色を帯びた刀身を。


 そこからは、無我夢中だった。

 体が勝手に動いた。


 飛び込んでくるゴブリンの胴を、まるで、紙でも切るみたいに、スパンと横薙ぎにした。


 上段から打ち下ろされる棍棒を、その剣で受けると、棍棒ごと切断出来た。


 剣術なんかやったことのない僕は、何発か、棍棒の攻撃を喰らうけれど、鎧がそれを跳ね返す。びくともしない。ビィィンと鉄板が小刻みに振動するだけで、ダメージが僕の体へと通らない。


 ……気がつけば、僕の周りには。

 襲ってきた数より、2、3匹程少ない、ゴブリンが、地面に横たわっていた。

 何匹か、逃げ去るのにも気づいていたから。


 パチパチパチパチ

 力の強い男性が拍手をすると、その音は低く重く鳴るようだ。


「グレウスさん……これ……」

「な? 凄いだろう?」


「え、ええ……」

 

 俺TSUEEEEどころじゃない。


「無貌というより、まるで、無敵の装備ですね……」

 と僕が言ったら。


「チッ、このくそバカが!」

 と、グレウスさんのげんこつが飛んだ。その拳は金属の鎧に当たったというのに。


「い、いでええええええ!」

 完全に、ダメージが僕の体に通っているじゃないか。


 ゴブリンごときを退治出来たからといって、歴戦の勇者の攻撃には敵わない、ってことなのか?


「まだ気づいていないようだな。ヨージ」

「いでででで……何に、ですか?」


「何が、だよ。何が凄いのか? 当ててみろ」

「そんなこと言われても……」


 グレウスさんは、腕組みをして仁王立ち。僕の回答を待っている。その威圧感たるや!


「ユイさんの作った装備が凄い……」

 返答は、これしかないじゃないか。僕はただの民間人なんだから。


「違う。装備じゃない。凄いのは……」


 グレウスさんは近づき、僕の肩に両手をガシッとおいて、まるで僕を地面に埋め込もうとするかのように力を込めて、こう言った。


「お前の、ユイちゃんに対する憧れだ。憧れが、無貌の装備を強くしてるんだ」

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