08. その感情は、敵ではない

「えっと……ありがとうございます」

 転びそうになった僕を支えてくれたグレウスさんに、お礼を言った。


「ユイちゃんとこの、少年じゃないか。ヨージ……とか言ったっけ。敵状視察か? ハハハ、けっこうけっこう」

 そう言って、グレウスさんは笑った。


「そんなんじゃないですよ……」

 僕が商売人だったなら、ここで笑顔で、「調整済みのプレートアーマーの調子はいかがですか?」とでも聞かなきゃいけない所かもしれない。でも、そこまで気づくような心の余裕なんて無かった。


 僕の表情から、何かを察したらしい。

 グレウスさんは声を少し小さくして、こう言った。

「……嫌な思いしたみたいだな」


「あんな態度の接客なのに、お客が殺到してて。あんなのおかしいですよ!」

 僕はつい、愚痴で返してしまった。


 そしたらグレウスさんは。


 一瞬真顔になって、少し間が開いた後、小さな「フフッ」って感じの笑いを浮かべた。僕の肩をポンと叩いて、言った。握力が強かった。


「いいか? 坊主。冒険者には当たり前。優れた武器や防具を手に入れることは、接客態度より大事だ。……優れた武器や防具は、からな」


 僕を坊主扱いする、グレウスさんの迫力。

 ケンカ腰でもなんでもない、口調だというのに。



「えっ? あの……すみません」

 この異世界に来て、そこそこの期間が経過している。

 でも今だに、元の世界の、平和ボケした感覚が抜けてないんだな、と、僕は恥ずかしくなった。


 そしたらグレウスさんは、少し吹き出した。

「そんな簡単に謝るなよー! ビクビクしすぎ。ま、ユイちゃんの店で鍛冶屋見習いだってんなら、そのうち分かってくるだろうからな。をさ?」

 

「そんな、ものですかね……」

 僕のその言葉からだろうか? それとも表情から?


 何を察したんだろう? グレウスさんの顔に影が落ちた。

 真面目な口調で聞いてきた。


「今、ユイちゃんはどうしてる?」


「ふさぎ込んでます」

 僕は即答した。



 あのパテソトの拒絶の一件以来、ユイさんは、少しくじけてしまったと言うか。

 僕の元居た世界の言葉でいうと、「学習性無気力」、みたいな感じというか……。

 ただ工具を磨いてるだけの時間が多くなった。

 当然、鍛冶の仕事も回らない。


「ん……そうなったか……」

 何故か、つらそうな顔で、グレウスさんは言った。


「彼女にどうしてあげていいか、分からなくて」

 僕はそう言った。


 グレウスさんは、僕の顔を覗き込むようにして、僕の「目」をじーっと見てきた。まるで、品定めでもするかのように。


 そして、すっと体を後ろに引いたグレウスさんが、口を開いたんだ。


「あのさ……それだと、ユイちゃんの店の経営、大変なんじゃないか?」

「まぁ……そうですね……」


 僕もこの異世界に来て、それなりに、ユイさんの鍛冶屋で雑用をしてきた。でも、その程度で「代わりに」鍛冶なんてすぐできるもんじゃないし、何をどうやって、鎧とか鍛えているのかも、まったく分からない。

 はっきり言って、どん詰まりというか、なんというか。

 


「もう一つ、聞かせてくれ」

 厚い胸板を張るようにして、グレウスさんは聞いてきた。


、ユイちゃんをどう思っている? ……鍛冶屋の見習いとして」


「どうって……。とても敵わないなぁって」

 だってユイさんは、あの細腕で、こんな屈強な冒険者すら、頷く仕事を、やってのけているわけで。

 いや……やってい、だろうか? 現状は。



 グレウスさんは、なぜか黙った。

 まばたきを2回した。



 そして、「もう一つの質問」が終わったはずのグレウスさんは、こう、口を開いた。

 

「ヨージ。お前、俺のとこで、仕事をしてみる気は無いか?」

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