09. ケンカの経験、ありますか?
次の日。
ユイさんのお店も、お休み。
その日の買い物を僕は手早く済ませた。
幸い、食材も十分にストックがあったし、お店が休業状態だから素材もそんなに集めなくていい。
「おう、きたか」
街に降り、グレウスさんと合流した。
「冒険者なら当座の資金も稼げるし、鍛冶屋としても目が肥えるぞ? なんせ、武器防具を使うのは冒険者だからな」
そう言うグレウスさんに連れられて向かった先は、街から馬車で東に進んだ先の……。
「ヨージ、ここがオビノ平原だ」
見晴らしよく、地面は草と土。だだっ広い平原で、海は見えない。
風が気持ち良い。
「初級の、駆け出し冒険者が来る所……なんですよね?」
「ああそうだ。お前の、冒険者としての資質テストなんだから、ちょうどいいだろ?」
RPGゲームだとしたら、一番最初、ゲームシステムに慣れる為の、『ザコ敵との戦闘』みたいな状況かなぁ? と思った。
――そして数刻後、僕はまたも、認識の甘さを思い知らされる。
「うわああああ!」
剣で攻撃……どころじゃない。
情けない声をあげ、ブザマに逃げるので精一杯。
敵モンスターは、尖った鼻と耳、人より小型の緑の肌の。
いわゆる、ゴブリンだ。
まさしく、『戦闘の初級編』のはずだった。
ゴブリンが持っているのも、金属製の武器ではなく、木で出来た棍棒。
一方の僕。
グレウスさんからお借りした防具は、チェインメイルだ。
金属で輪っかを作り、それを
その左胸のあたりに、ワニのマーク……ではなく、金色の鳥が描かれていた。
その
ボガッ!
「グゥゥエエェェェ!」
ドサッ!
ゴブリンがうめいて、倒れる音がした。
僕の背後から。
もちろん、倒したのは僕ではなく、グレウスさんが、鈍器でやった。
それこそ、僕の居た世界の、『ハンマーでワニをぶん殴るゲーム』を遊び半分でやっているかのような、余裕のある表情で、だ。
そして、グレウスさんのお説教タイムが来る。
「バカ野郎! 敵に背を向ける奴が居るかよ! 敵から目をそらさずに、少しずつ後退するんだ!」
「やむを得ず背を向けるなら、全速力で逃げろ! 絶対に追いつかれてはダメだ!」
「敵が持っているのは木製の武器だろう? こっちは金属製の鎧なんだから、恐れず向かっていけ! 剣でなら、お前の今の腕力でも倒せるはずだ。ちゃんと急所を狙え」
理屈としては分かるんだ。グレウスさんの言ってる事は。
ただ、正直に恥をさらすと……。
怖い!
怖いんだよ……本当の戦いは。
二回も言ってしまう僕の心境、お分かり頂けるだろうか?
$$
僕は、元居た世界で一度だけ、「集団でのケンカ」に巻き込まれたことがある。
隣町の西中学校とのイザコザで、僕の通ってた東中のワルが、こう言ったんだ。
「今夜、西中の奴らを公園で迎え撃つから、お前らも兵隊として来い」
木の多い、大きな公園で、20人 対 20人 ぐらいの規模で。
互いに横一列に並んで、相手から10メートルくらい距離をあけて、互いににらみ合った。
僕の学校のボスの、マエダって奴が。
「なめてんじゃねぇぞぉーコラァー」
東北弁のイントネーション丸出しで、アゴを突き出しながら、余裕を見せたいのか、両手をズボンのポッケに入れたまま不用意に前に突出して……ボコられた。
当たり前だ。数人ががりで殴られたんだから。
「お、お前らも行げぇ! 助けっぺや!」
うちの中学の、副ボスのカネシロって奴が、動揺しながらそう号令をかけたんだけど、みんな足が前に出ない。だって、突出するとボコられるっていう惨劇を、目の前で見てるから。
そうして、足がすくんで、誰も動き出すことが出来ないまま……。
遠くから、サイレンの音が聞こえて。
「やべぇ! パトカーきやがった!」
「逃げっぺよ!」
西校の連中が、脱兎の如く逃げ出して行った。
僕の、ケンカについての経験は、以上となるけれど、何か質問ございますか?
$$
そんな僕が、この異世界で。
棍棒を持ったゴブリンに実際に襲われた。
まともに戦えるわけがない。
ラノベとかでよくある、「チート能力」みたいなのを、異世界転移の時に授かったりしていれば、それでも立ち向かえたかもしれない。
『戦闘力最大』だとか、『ダメージ受けても痛く無い』だとか。
でも、運命の女神様……が、居るならば、の話だけれど。
なんにもくれなかった。
チート能力、なんにもくれなかった。
二回も言ってしまうあたりで、僕の気持ちを察して欲しい。
「はぁ……。いい反射神経してるから、行けると思うんだがな……」
初めて会った時に、コインを弾いてよこしたグレウスさんが、今は残念そうにそう言った……。
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