06. ユイさんだって先願主義?

 普段は工房にこもって、僕から連絡しないと出てこない。


 そんなユイさんが、珍しくも、自分から 店先に出てきたその時、僕はちょうど、接客中だった。


「取り回しのいい、お洒落な短剣は無いかしら?」とご所望の、黒フードを被った女性のお客さんだった。


 そのお客さんは、濃いグリーンの長い髪にウェーブがかかっていて、まつげがやたら長くて色っぽく、左の目尻に小さなほくろがあった。

 シズルさんと言う美人だった。


「ユイさん、どうしたんですか?」

「ちょっと、ちょっと……」

 と、目の前のお客さんお構いなしな感じで、ユイさんは僕の服の袖を引っ張る。


「いや、今、お客さんとお話し中でして……。取り回しの良い短剣を……」


 そしたらユイさんは、シズルさんの方をチラッと見て、一瞬の間を置いた後、ニコッとして言った。

「お客様。腰にさしておられる短剣の、で悩んでおられますね?」


 シズルさんはぎょっとして、

「え!? ……ええ。どうしてわかるんですか?」

 と言った。


「お客様がお召しのフードとか、そこから見える装飾品に、美を感じるからです」


「へぇ……お目が高いわね……そこまで分かるんですか」

 シズルさんは身体の角度をすこし変え、黒のフードが少しふわりと舞った。腰辺りの貴金属がキラッと光った。


「その短剣、美感としては他の装備とマッチしていますが、鍔の角がフードに引っ掛かって、防御の時とかに困りそうですもの……そんなお客様には、これがおすすめですよ」

 と、ユイさんは、カウンター裏のバックヤードから、1本の短剣を取り出して、シズルさんにお見せした。


 形状は、いたって普通の、シンプルな短剣。

 剣の刃渡りも、剣の柄も、いたって普通。手元の辺りが、面取りというか、少し丸みを帯びていて、ちょっとダサい印象を受ける。


「……どういう事ですの?」

 静かな口調なのに、シズルさんの目がとても怖い。「お前ごときにはコレがお似合いだ」みたいに、バカにされた……とか思ってそうな表情だ。


「失望なさるのはまだ早いですよ?」

 ユイさんは言って、その短剣を軽く振った。


 ブンッ!


「えっ? なにこれ!」

 シズルさんが目を見張る。僕も同じだ。


 その短剣が通った空間に、龍が。

 龍が光で描かれ、浮き上がった。

 そしてその龍は、しばらくしてから、スーッと消えた。


 まるで、ホログラムのように。


「魔力を少し込めるだけでいいんです」

 その短剣を両手にちょんと載せて、ユイさんは少しだけ首を横にかしげ、ウインクした。


「何の変哲もない、短剣だと思ったのに……」


 シズルさんがその短剣を受け取ると、剣の握る所から、鍔、刃先にかけて、一匹の龍が、その短剣を巻き込むように上っている……そんな光の絵が、ホログラム的に出た。柄と鍔のあたりには、まるで雲と雷のような模様が、元の丸みをはみ出して現れた。


「昇り龍……!」

 シズルさんは言葉少なく、そう言った。


「はい。剣の形状自体はシンプルに、手元を面取りして造形してます。お客様のその美しいローブに、剣の鍔が引っかかる……なんてことも起こらず、取り回しが容易なはずです。

 その一方で、ごく微少の魔力注入で、実体の無い絵が浮かぶように、特殊加工したわけです」


「凄いわ……でも……」


 そしたらユイさんは、少し苦笑しながら言った。

「あはは、まぁこちら、男性向けに! と思って、『昇竜ドラゴン』を描いておいたんですけど。描くモチーフは、ご自由に指定して頂けます。リクエストをお受けしてから、1週間ほどで納品できますが」


「そうなの? ……何を描いてもらうか、一旦帰って、考えてからでも、いいかしら?」


「かまいませんよ。次にいらっしゃる際は、具体的なデザイの絵などがあれば、お持ちいただくとスムーズです」


「わかったわ……ありがとう。素敵なお店ね、ここ」


「ありがとうございます」

 ユイさんは笑顔で頭を下げたあと、僕に目配せをした。


「あっ、ありがとうございます」

 ポカーンとしていた僕も、二拍ほど遅れて、おじぎをする。


 シズルさんは、黒のローブをひるがえし、店を出ていった。


 ユイさんは、僕の顔を見ずに言った。

「……あのお客様、次に来店なさった時が肝だね。別の剣にも、この装飾を施すことが出来るのか、とか、お聞きになるかもしれない。それとも、多少なりとも魔力を常時注入するのは疲れそうだと、ご破断になるかな?」


 なんだろう。……この横顔なんだよね。

 思わず、グッと来てしまうのは。心臓をつままれるような感覚。


 ここ暫く、ユイさんの家にごやっかいになっていて、ユイさんに付き合っている人とかがいる気配は無い。


(もしかして、今のうち、早い者勝ちだったりして)

 とか一瞬思ったりもした。


 けれど、それを実行に移せるわけもなかった。


 『鍛冶手伝い』のひよっこな立場で、どうして自信もって、実行できるって言うんだ? そんなの無理に決まっている。



 ユイさんは振り向いて、僕の顔を見て言った。

「ともあれ、ヨージ。工房に来て。ここではなんだから」



 ◆


 お店の表札を「休憩中 〜すぐ戻ります〜」にしてから工房に行くと、ユイさんが、出し抜けに言い出した。


「拒絶だって」


「は?」

 と返すと、ユイさんはヌマーホンを見せてきた。


 ヌマーホンには、「拒絶通知」と表示されていた。


 言葉の表示も、元居た世界とほとんど変わらなくて、正直助かる。

 いかにも異世界っぽい、見たこともない、くさび形文字……とかだったら、文字から習わないといけないところだったから。


「あの、どういう……ことです?」

 と聞いたら、ユイさんは溜息をついてから言った。


「この前パテト出願した、鎧があったでしょ? 熱がこもらず、鎧で身体をこすりにくいアレ。あれが拒絶だって。……ダメだったって、ことだよ……」

 そう言って、ユイさんはうなだれた。


「え!? どうしてダメ? いいアイデアだと思いましたけど?」


「私より先に、同じアイデアを出願した人が、居たからよ……」

 ユイさんはそう言って、手近のハンマーを力なく握った。


「そんなバカな! 誰ですか! 先に出したって奴は!」

 そうそう簡単に、同じアイデアを思いつく奴なんて居るのか?


「ポジロリ家よ。またしても……」

 

「なっ……!」

 ユイさんのお店の、最大の商売敵……じゃないか……。


「あーあ……実は今回のは、私、自信があったんだけどね……」


「わかります。わかりますよ……」

 と、言うことしか出来ない、無能の僕がここに居た。


 いや……本当にそうか?


「でもそれ、おかしくないですか!?」

 僕は憤って、語気を荒げた。

「ユイさんは、自分のアイデアであの鎧を作ったんですよね? だったら、評価されるべきでしょう?」


 自分でソレを作った者こそが偉い。

 そうであるはずだ、と僕は思っていた。

 だから、彼女は報われるべきだと考えた。


 でも、彼女から聞いた答えは、違った。


「この世界では、先に『出願』した方が勝つように、ルールができてるんだよ……どっちが先に作ったかなんて、魔法をもってしても、特定できないからね……」


「そんな……」

 僕は、ついに絶句してしまう。



「……私もエヅンソと同じね。魔導通信板『ヌマーホン』をいち早く開発しておきながら、その出願が遅れたせいで、グラハム・べノレに負けてしまった、エヅンソと同じ……ははは」

 彼女の弱い笑いは、自嘲の笑いだと思った。



 そして僕は、この時点で、聞き逃してしまっていた。


 ユイさんが言った言葉の意味を、半分しか分かっていなかった。


 この時、ユイさんは、こう言ったんだ。



「ポジロリ家よ。……」



 って――。

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