05. ある異世界での日常(スケジュール)

 それから数週間。


 この異世界にやってきたばかりの、寄る辺無い僕は、ユイさんの家にごやっかいになった。


 「家事手伝い」、兼、「鍛冶手伝い」。

 ……僕の言葉で、「雑用」と翻訳出来る。



 その毎日は、だいたい、こんな感じだった。


 ――


 朝起きたら、掃除、洗濯、朝ごはんの準備。

 僕が居た世界よりも、この異世界は乾燥しているようで、掃き掃除はこまめにしないと。


(こ、これは、ユイさんの服まで洗濯するのか……?)

 と、最初ドギマギしたけれど……うん。僕が洗濯した。


 下着とかまでは、さすがに僕の方からお断りした。

 ナゾの葛藤と戦った僕は偉いと思う。


 ユイさんがまだ寝てるようなら、寝室をのぞきに行って、起こしてあげる。

 4回中、2回はグースカ寝てる。そのうち1回は、口の端から、よだれが出てて、(かわいいな……)ってなる。

 寝室に居ない2回は、工房からトンカントンカンと音がするので、(あー、朝から鍛冶やってるな……)ってすぐ分かる。


 朝食は、野菜が多めの、手間をかけない系。昨夜のスープの残りとかを使うとだいぶ楽。


 朝はアイデアがたくさん出るらしく、ユイさんは食卓に、紙と羽ペンを常に置いていた。「食事中に書くなんてマナー違反ですよ!」……なんて事は、僕には言えない。僕の方が居候なんだし、ここは異世界だから、マナー自体が違うかもしれないし。


 食事が終わると、ユイさんは速攻で、工房へと篭もりに行く。

「あっ、これ試してみよ」

 とか小声で呟いて椅子を立ち、しばらくすると工房から聞こえてくるトンカン音。その音は、大抵この時が一番大きい。


 僕はと言えば、

 朝のお皿を洗い終え、ついでにお昼も作ってから庭に出て、薪を割ったりする。

 涼しくて乾いた風が、汗をスッと吹き飛ばしてくれるので、精神衛生上もいい感じ。


 お店として使っている部屋をきれいにしたり、いわゆる『見せ玉』として並べてある武器防具を、きれいに磨いたり。


 そして、お昼ご飯を食べたら、午後からは僕が店番。


 奥の工房へと繋がる、「呼んでください」ボタン付きのヌマーホンは、元々はお店のカウンターに貼り付けてあったけど、ベリッと剥がして、店番の僕の手へと移動した。


 そして僕は、お客さんからの「新人さん?」って言葉に「はい」と答える。

 すると大抵、「へぇ……珍しいねぇ、あのユイちゃんが」と言われる。


 お客さんの、武器防具についての質問は……右から左へと受け流す。

「少々お待ちを」

 と、バカの一つ覚えのように言ってお待たせしておいて、ヌマーホンで工房へと連絡。ユイさんに対応を聞いてから、お客さんに回答する。


「あのさ、ゴブリンの棍棒がぶつかって、肘のパーツが破損しちゃったんだけど」

「どうします? 汎用パーツを加工してつければ、パッチをあてることが出来るらしいですけど」


「あのー。あたしにも装備できる、かわいらしい鎧って、ないですかー?」

「前衛ではなく、後衛からの遠距離支援にお使いですね? 多少防御力が下がりますけど、軽量化して、表面に飾りを入れる方法がありますけど、お好みのモチーフとかありますか? ……とのことです」


「この武器売りたいんだよな。ここ、買い取りはやってるの?」

「アックスですね……。店主が鑑定するそうですので、ちょっとお待ちを」


「なんかね……、レベルが上がって、筋力アップしたはずなのに。打撃が軽い感じがするんだよね。おかしいよねぇ? 少年はそう思わないない?」

「あの、筋力に合わせて、武器も重量アップさせますか? 重みも力に変換されるんだそうです。武器自体を新調するのが手っ取り早いですが、今、お持ちの武器に重量を足すだけ、という方法もあって、そちらの方がお安いですけど、どうします? あと、胸を強調なさるのはご遠慮いただきたく……僕がどぎまぎしちゃいますので」

「ふふふ、かわいい子だねえ」


 ――こんな具合で、お客さんから武器防具について教わる事が多かった。


 本当に、雑用の御用聞き状態だけど、苦ではなかった。


 なんでか? と言うと、

「ヨージが居てくれて助かるよ。今日は、防具につける、新パーツの開発に専念したいんだよね」

 と言って、ユイさんがニコリと笑ってくれるんだ。

 惚れた弱みといいますか、笑顔がごちそうといいますか。


 夕方になったら僕は街に出て、買い出しとか、お使いとか。


 この世界の貨幣の使い方にも慣れてきた。

 貨幣の単位が違うのと、紙幣が存在しない所も違うけど、あとは僕の居た世界と同様。

 要は商品と貨幣の交換、っていう本質は変わらなかった。


 買い物をしながら、街の事をすこしずつ知って、そして帰って、夕食の下ごしらえ。


 夕食の準備ができてから工房に戻ると、ユイさんは、まだまだ鍛冶をやってるか、もしくは鍛冶道具を磨いてる。


「時間が大事」「開発には時間が大事」と連呼する割には、ユイさんは、鍛冶道具の磨きは僕任せにしなかった。てっきり、掃除と同様、僕の専任になると思ってたのに。


 工房の壁に吊るされたランタンの光に照らされながら、僕らはめいめいに、工房の椅子に座って、布で「磨き」をやった。

 鍛冶道具に常に触って、身体にその感覚を染み込ませるってのが、とっても大事なことなんだって。


 「磨き」の間、武器防具についてのレクチャーをもらえる感じ。


「今日は、レザーアーマーの利点と欠点について、ほんの少しだけ話してみようよ」


 ……。


 そして、腹をペコペコにして夕食を食べに行く。


 ……。

 

 僕自慢の、作り置きシチューは、いつも冷めていた。


 ◆


 元の世界に戻る方策が分からない僕にとって、この生活は、結構心地の良いものだった。


(「同棲」って言葉には、異世界で居候する事も含まれているのかなぁ……恋愛感情が無いと含まれない、みたいな感じかなぁ)


 とか変な事をたまに考えながら、忙しいけれど平穏な毎日が過ぎる。



 今日も今日とて午後になり、カウンターで店番をしていると。

 今までにはない、珍しいことが起こった。


 バタバタバタ!

 と、慌ただしい足音が聞こえたかと思うと。


「ヨージ!」

 と、ユイさんがカウンター裏の扉を開けて現れた。

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