01. 初めての接客(おつかい)
午後になって。
ユイさんから聞いてたとおり、お客さんがやってきた。カウンター越しにお迎えする。
「ん? 誰お前? ユイちゃんは?」
そう言うのは、ぼうず頭で、筋肉引き締まった、30前後……と思しき、おじさん冒険者だった。布の服の上からもはっきり分かる、厚い胸板。凄い威圧感。
「いらっしゃいませ。グレウスさん……ですよね? ユイさんは今、裏の工房で作業してまして……僕は代理で店番を」
「あらま。ユイちゃんと話したかったんだがなあ」
おそらくグレウスさんだと思われるおじさんは苦笑した。よくみると、腕やら顔やら、肌の露出している部分には、漏れなく傷跡があった。
「申し訳ありません。ちょっと、立て込んでるみたいでして」
僕はおじぎした。
ユイさんを「立て込ませた」責任は僕にもあるので、気持ち的には、グレウスさんとユイさんの両方に対してのペコリだ。
「そうなの。で、お前誰? この辺じゃ、見たことない顔だけど」
「あの、えーっと……僕、ヨージと言います。……プレートアーマーの調整でしたよね? 出来上がってます」
そう言って、カウンターの下に素早く潜った。
見たことない顔だなんて、そんなの当たり前。
だって僕はこの世界の人間じゃないから。
そのあたりの事情を詮索されるとやっかいなので、僕はおじさんの視線を外すように、「仕事」を進めることにしたんだ。
カウンターの下に置かれた麻袋は2つあった。
ユイさんからもらったメモによると、それぞれ、主に上半身のパーツが入ったものと、主に下半身のパーツが入ったものらしい。
両手で持ち上げると、ズッシリとした重さが伝わってくる。思いっきり踏ん張らないと持ち上がらない。
(冒険者って、こんな重い鎧を着て、クエストに挑んでるのか……)
ゲームの世界なんかだと、「アイテムを8個まで持てる」みたいな、簡易なゲームシステムになってるけど、実際のところ、これを8個持てる気は、とてもしない。
「よっこらしょ。よっ……こらしょ」
カウンターテーブルの上まで麻袋を持ち上げて、袋の上の紐を解いて開く。
なんと言うか、凄くピカピカのパーツがたくさん出てきた。鳥っぽい紋章の入ったパーツもあった。
「こ、こちらです、ご確認下さい」
ほんとにコレがプレートアーマーなのか、少し自信を持てなかったのが、僕のどもりにつながった。
「あ? ああ、そうさせてもらうよ」
おじさんの目から、笑みが消えた。
両手で軽々とプレートアーマー(?)のパーツを持ち上げると、回転させたり、裏側を覗いたり、継ぎ目とおぼしき部分に手をかけて、コンコンと叩いてみたり。
そのチェックっぷりは、「入念」の2文字がふさわしい感じだった。
(正直、早く帰って欲しいんだけどな……)
そんな自分勝手な事を僕は考えていた。
「なぁ。ここで、装備させてもらってもいいよな?」
「え? は、はい……」
若干のしどろもどろで、僕はそう答えた。
ユイさんからは、「グレウスさんってお客さんが来るから、預かっていたプレートアーマーを渡しておいて」としか聞いてない。
試着はOKなの? そのあたりのルールも、正直僕にはわからなかった。しかも、このいかついおじさんが「グレウスさん」なのか、「別の客」なのか、確認も取れていない。
でも、胸とか腕とか足とかの筋肉と、あちこちの傷と、ピリピリとした空気とが、僕にこう言っていた。
「この人に逆らっちゃダメ」
と。
要は、僕はビビッてたんだ。
自分より明らかに強い人に。戦闘を生業とする、冒険者に。
手馴れた仕草でプレートアーマーを装備し――それでも、5分くらいはかかってたと思うけど――その着心地やらなんやらを確認していたおじさんは、しばらくして、納得気にうんうんと2回うなずいて、ため息をこぼした。
「さすが……。ユイちゃん、今回もいい仕事してるな」
そう言ったおじさんは、プレートアーマーを、さっきよりは短時間で外し、麻袋にゴソゴソとしまうと、ズボンのポッケから何かを出して、僕に向かってピィンと指で弾いてきた。
ただ、そのスピードが凄かった。
「おわわ」
あわてて両手キャッチすると、丸い、コインだった。
「おっ? お前、なかなかいい反射神経してるじゃねぇか。ま、追加報酬ってやつだな」
ニヤリと笑うおじさんのその言葉で、この銀色のコインが、この世界の貨幣なんだと理解できた。
「ちょ、ちょっと。『お代は先に頂いてる』って、ユイさんから聞いてますが……」
「ははは。オーダーを超えていい仕事したユイちゃんにはチップを。常識だろ? あ、あとこれな」
もう一つ。コインを指で弾いてよこした。
これも、なんとかキャッチできたんだけど、2つ目のコインは、1つ目よりもだいぶ小さい物だった。
「ほう……やるねお前。わざと、キャッチしずらいとこに向かって弾いんだけどな。2つ目のコインは、お前にだ。まぁがんばりな、少年」
元の世界では、大学生の僕。
「青年」だと思うのだけど、グレウスさんからすると「少年」に見えるらしい。
グレウスさんは豪快に笑い、片手を挙げて、そして店を出て行った。
「あ、ありがとうございました!」
遠ざかる背中に向かってそう挨拶をした後、ぼくは、ふうぅー、っと息を吐いた。
正直、凄く緊張してたんだ。
「鍛冶屋見習い」としての初の接客を、なんとかこなすことが出来たんじゃないか? ……と思いたい。
あのおじさんが、本当にグレウスさんであれば、のことだけど。
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