02. 鎧にちょっとひと工夫
接客も終わり、雑然とした工房に戻ると、女の子が居た。
その女の子は、灰色のつなぎというか、作業着みたいな服が、すすに汚れて、まるで灰をかぶったみたいだ。
肩ぐらいまでの、くすんだ黒髪が、後ろに束ねられていた。
お世辞にも、華やかな格好じゃ無い。
鍛冶屋の子だから、当然なのかもしれない。
そんな感じの、「地味」な見た目のユイさんに、僕がどうして、惚れてしまったのか……は、後にするとして。
彼女は、石造りの椅子に座って、スマホ……っぽいソレをじっと見ていた。
手の平サイズの、四角い板みたいな、見たことあるような物体。
いや、正確にはスマホではない。
スマホに似た異世界の魔道具、「ヌマーホン」というらしい。
(異世界にスマホが在るの?)と、最初は思ったよ。
――これは今日の朝、僕がこの異世界にやってきた時のことなんだけど。
ヌマーホンは「魔力で動く」と教えてもらって、「マジで? 電気じゃなくて、魔力で動くの?」と僕が言い、「キミ、目と口がまんまるになってるよ? その、デンキって何?」と、逆にユイさんに聞き返された。
――そんな、この異世界でのスマホみたいな物体、ヌマーホン。
ユイさんは、その四角い手の平サイズ物体をじっと見て、何やら考え事をしているようだった。
(僕を店番に立たせといて、のんきにスマホいじりか……)と、一瞬だけ思ったけど、彼女の目が真剣なのを見て、そうではないとわかった。
「ユイさん。プレートアーマー、グレウスさんにお渡ししましたよ」
後ろから声をかけると、ユイさんは素早く立ち上がり、僕の方を振り向いて、「どうだった? どうだった?」と聞いてきた。
「もの凄く緊張しましたよ……。グレウスさん、すっごく強そうで、ビビっちゃいまして」
「キミの話じゃないよ。グレウスさんは、鎧について何か言ってた? って聞いたの」
僕は少し、イラッとしてしまった。多分、僕の口調にそれは滲んだと思う。
「……今回もいい仕事してるな、って、コインをくれましたけどね」
そう言った途端。
僕の不満げな意思表示なんか、全くのお構いなしに。
「ほんと!?」
彼女の目が輝いて、にんまりと口角が上がって。
……なんだろうね。
女の子の小さなガッツポーズって、肘が体の内側にキュッと寄るというか、体の軸に向かって縮むというか。手の甲が外側に向かって開くというか。
そんな、かわいいしぐさだった。
僕が居た世界で流行っていた、某ネトゲのキャラなんかを思い浮かべると。
おなじ意味のボディランゲージでも、性別や種族によって
目の前の、僕より頭半分くらい下ぐらいの背丈のユイさんは……異世界の、
そんなユイさんは、ヌマーホンを一旦、机に置き、話しはじめた。
「今回はね? 私はグレウスさんから頼まれた、プレートアーマーのサイズの調整だけじゃなくて、さらに2ヶ所ほど、改良をしてみたんだ」
最初に会った時とはまるで別人のように、楽しげに、早口になった彼女。
(あー。クラスメイトの田代と同じだなぁ。興味ある話題になった途端に、一気にしゃべり出す、この感じ……)
こういうタイプの人に対応するには、『聞く』の1手だと思う。
話したいだけ話させる、その1手。
「プレートアーマーってね? 着る人に合わせて、寸法を測ってオーダーメイドで調整することが多いんだ。サイズが合わないと、金属が体に当たって痛いから」
「なるほど、たしかに」
靴ずれみたいなものかな? と推測しながら、続きをうながす。
「だから、あのアーマーを、グレウスさんの体に合わせてサイズ調整したわけだけど、更におまけでね? 表面を磨いて、鎧の内部の何箇所かに、セーンムルウの羽を仕込んだの」
「ユイさんちょっと待って下さい。話が見えません」
――僕はさっき、『聞くの1手』だと言ったな? ……あれは嘘だ。
知らない事を、こんなに早口でまくし立てられたら、僕の理解が追いつかない。つい、彼女の話をさえぎってしまった。
「ちょっと。この位でもうダメなの? 鍛冶手伝いとして、私の所で暮らすなら、勉強してもらわないと」
ユイさんはむくれた。
でも彼女は、「しょうがないなぁ」と、少し噛み砕いて教えてくれた。
「プレートアーマーって、金属で出来てるのは、わかるかな?」
「はい。さすがにのくらいは」
「とすると、グレウスさんが屋外のクエストで、モンスターを倒しに行こうとしたら、鎧の中が熱くなって、大変だよね?」
「あ! そうですね……確かに」
そいうや、布で出来たTシャツだって、白のシャツと黒のシャツじゃ、炎天下の時の暑さって、違うもんなぁ。黒が太陽の熱を溜めちゃうから。
「だから私はね? グレウスさんのアーマーの部品の外側を、ピカピカに磨いてみたんだ。……何故そうしたか、わかるかな?」
こんな感じで、順番を追ってくれれば、僕にも分かる。つまり……。
「太陽の光を反射させて、熱が金属に残らないようにしたんですね?」
「そのとおり」
ユイさんは、僕より少し下の方から、僕の鼻先に、人差し指を突きつけるようにして、そしてウインクした。
……なんだよ。ユイさん、かわいい表情、できるんじゃないか。
「じゃあもう1つ。セーンムルウの羽の方は、何故そうしたか、わかるかな?」
鍛冶手伝いの僕に、ユイ先生からの、第2問だ。
でも――。
「あの、そもそもその、『セーンムルウ』とういうのが分からないんですが」
そしたらユイさんは、はっとなって、「えっ! そこから?」と言った。
「あー。『セーンムルウ』はね? 犬の頭、獅子の脚、ワシの翼と体、孔雀の尾を持つ、伝説級の怪鳥よ。その羽根には、治癒能力があると言われているの。……ここまで言えば分かる?」
羽根、治癒能力……。プレートアーマーの中に仕込む……ということは……。
「ユイさん! もしかして、靴ずれの軽減ですか?」
僕はそう聞いた。これしかない! ……と思うんだけど、どうだろう?
「ん? ん? んーと……鎧は、靴ではないけれど、まぁ、そういうことかな?」
とユイさんは言って、両手の親指と人差し指とで、三角を作った。
丸じゃなくて、三角。そして。
「いくらオーダーメイドで調整するって言っても、グレウスさんの身体に、完全に合わせるってのは難しいじゃない? ハンマーでトンカンやるのには限界もあるから。だから、回復力のある柔らかい羽根を、アーマーの中に仕込めば、着やすいんじゃないか、って私は思ったわけ」
「なるほど……」
僕は納得して、アゴに手を当てた。
(中が熱くなりにくく、金属で肌を傷めにくく、仮に痛めたとしても、回復してくれるアーマーか……)
なんか、すっごく優しいアーマーだなぁ。
RPGゲームとかだと、「攻撃力」とか、「防御力」とか、要は数値化されたパラメータばかり見かけるけれど、そうか……。「着やすさ」みたいなポイントもあるんだなぁ、実際には。
女性ならではの「気配り改良」とでも言えばいいのか……。
だからなのかな? グレウスさんが、「追加の報酬コイン」を、指で弾いて、僕にくれたのは。
――そんなことを考えていると、ユイさんは両手をパン! と鳴らしてこう言ったんだ。
「納得してくれた? ヨージ。それじゃ、そんな鎧のアイデア、ちゃちゃっとパテソト出願しちゃいましょう」
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