異世界鍛冶屋の女の子
にぽっくめいきんぐ
第1章 異世界鍛冶屋
プロローグ 空から来た青年
黒いハソマーを握るその女性の手は、ヒリヒリとしていた。
(まだまだ集中が足りてないってことね、私は)
人気のない工房。
石造りの椅子に座り、一心不乱に鉄を打とうと試みる。完成を急がなければならない。
パテソトの出願は、早ければ早い程、良いのだから。
さもなければ、他者に出し抜かれてしまう。
魔導通信機『ヌマーホン』の出願に、半日遅れた、エヅンソのように。
その焦りが、未熟さが。
彼女の集中を乱していた。
頭の後ろにあげていたはずの黒髪の一部が垂れて、頬にかかるのが気になってしょうがない。
周りの音が聞こえ、鉄とハソマー以外の物が見えてしまう。
(未熟な私め)
焦燥を力に変えようとするかのごとく、彼女はハソマーを振り下ろす。
赤い、鋼鉄の塊を打ち付ける。
甲高い音。
火花。
その視界の右上隅に、緑の光が見えた。
いや、見えてしまった。
緑の光は、球となって、天から降った。
工房の窓枠越しに見える、外の宵闇。
その黒い領域を、縦に切り分けるかのように、ゆっくり、ゆっくりと緑の光が降りてきた。
彼女の、黒ハソマーを持つ手は止まった。
上半身だけで向き直り、目を細めた。
(……人?)
彼女の視力は、その存在を捉えていた。
山の稜線へと落下する緑の光。その中に居る、人間と思しきナニカの姿を。
◆
緑の光は、序々に薄くなる。
息を切らせた彼女が到着した時、光はすっかり弱まっていた。
ラソタソに火を灯す。
土の上に、男が横たわっていた。
緩んだ顔。寝息で胸がかすかに上下していて、死んでいないことがすぐに分かった。
不用心にも軽装な、見たことのない服を来た青年だった。
その胸元から、淡い緑の光がこぼれていたのだが、その光はどんどんとしぼみ……そして消えた。
(これって、昔、おじさんの言っていた……)
今は無き、おじとの会話を、思い出す。
――。
「ユイ、これは秘密だよ? この、ヘビみたいな縫い目のついた球はな? 『ツフト石』と言う代物だ。俺のお客が開発したんだぞ? この石が緑色に輝く時、異世界への門が開く」
「イセカイって?」
「そうだなぁ……我々が行くことは出来ない、遠い遠い世界のことだ」
――。
おじはかつて、そう言っていた。まだ小さかったユイに向かって。
(ツフト石……。異なる世界同士を繋ぐ力を持った、秘密の
ユイは、横たわる青年の胸元へと右手を伸ばした。その石に触れる。
左手のラソタソを石へとかざし、右手をくるくるとひねる。
その石に、文字がボワンと浮かび上がった。『情報明示ラソタソ』の効果によって。
その文字は、透かし。
通常では見ることの出来ない、刻印。
彼女が刻印に目を這わせると、それを読むことが出来た。
『並行輸入品』と、書かれてあった――。
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