第3話
牛久尾村。
人口二百人に満たないごく小さなこの村は、数年前に猟奇殺人事件のお陰で飛躍的にその知名度を上げ、そしてまた急速に忘れ去られた。
特産品は大ぶりでクセのある味の「牛久茄子」。名物はその茄子を生地に練りこんで作った「茄子素麺」。どれも数年前は飛ぶように売れたのだが、今となっては村唯一の雑貨屋でも埃をかぶっている。村全体が廃れてしまっているのだ。
村長である
「今ごろ新聞記者さんが村に何を聞きたいのかね。まだ事件のことほじくり返すんか?」
村長は迷惑がるでもなく、また歓迎するでもない牛のようにのんびりした物言いだった。垂れ下がった目じりが余計に牛を
「い、いえ。こ、こちらの大学から取材依頼がありまして、て」
「大学がぁ?なんでぇそんな?」
「そ、それは…あ、あの…」
困り果てて濱口の方に視線を向けると、渋々といった感じで助け船を出してくれた。
「村長。そう言うなよ。ウチの学長だって必死なんだよ。出来たばかりキャンパスの近くであんな事件があってよ。学生の数は減る一方なんだぜ?世間の親は普段は事件のこと忘れてるくせに、いざオープンキャンパスってなるとみんなそのこと聞きたがる。奨学金の枠を増やしたって、限界がある。だからこうして東京の出版社に取り上げてもらってだな…」
「要は八百長ってことか。相変わらずだな有野さんは」
「だからそう言うなって。わかんだろ。大学だって商売なんだよ」
こんなやりとりから村長と濱口が気心の知れた関係なのが容易に見てとれた。
何しろ、いくら小さい村とは言え武田は村長である。村の代表なのだ。その武田に対して、お世辞にも敬いがあるとは言えない口の利き方をする濱口。そしてそれに、特に怒るふうでもない村長。加えて両者の隙間に見え隠れする有野学長という存在。きっと学長を知ることで、この二人の関係の真意を理解できるのだろうが岡村にはとうていそこまで深入りする気持ちはなかった。
濱口という男は加藤とはまた別の意味で魅力的なのだが、どうにも何か危ない匂いが漂っている気がしていた。踏み込めば踏み込むほどに危険な気がする。そんな気がして仕方なかった。この危険を感じ取る嗅覚、それは臆病者ゆえに岡村が唯一持ち得る才能であった。
「まあとにかく今の村の話をしてくれよ。ここの良いアピールができればまた観光客が来るかもしんねえだろ?」
「それで?こんな廃れた村アピールして今さらなんになる。おまえさんら大学にだって得があるのかよ」
「村長。村の経済状況なんざバレバレなんだよ。苦しいんだろ?何にもしねえで黙って食い詰めるのは阿保だぜ。話をするだけでいいんだ。簡単だろ。村人のインタビューはネットだけじゃなくて大学のパンフにも載せる。生徒の親が知りたがってる血生臭い事件のあった村を、あえて明るい笑顔の村民の写真に変えて前面に打ち出す。それが大学側の考える打開策だ」
「上手くいくかね。そんな方法が」
「上手くいかなきゃ共倒れだ。村も。大学も」
お互い真剣な眼差しで睨み合ったあと、村長は静かに頷いた。
「ワシは忙しい。もうすぐ祭だからな。何人か話し上手な連中を紹介してやろう。それでええだろ」
「十分だ」
濱口は岡村の方を見やると、アゴで村長について行けとうながした。
濱口はこれ以上ついて来ないつもりだろう。仕方ない。ここまで手伝ってくれたのも奇跡に近い。岡村は半ば諦めた顔をして、礼を込めた会釈を濱口に向けた。
その後の村長はいくつかの村民のもとを一緒になって回ってくれた。インタビューと言っても全員が特に当たり障りのない内容ばかりをペラペラとよく話すので、三件くらい回ったあたりでもう十分に岡村のノートは埋まっていた。
その頃にはもうすっかり日は傾いていた。
「今日はもう泊まっていけ。明日の朝一番で送ってやるけ」
見知らぬ人間と一日中話すのも久しぶりだったので岡村もすっかり疲れていた。村長の目の奥にある僅かに冷たいものに気付いていたものの、疲労に勝てず好意に甘えることにした。
続く
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