六章 邪眼覚醒
おいおい、どうなっちまったんだよ! 何で急に街が崩壊してるんだよ!
俺の目の前には、さっきまで活気と温かみに満ち溢れた街の面影はない――。
逃げ惑う龍――崩れ、燃え盛る家屋――木造の建築物が多い為、炎は渡り渡って広がり、街は見るに堪えない地獄絵図となっていた……。
と、とにかく今何が起きてるのか把握しなきゃ。
俺は街の中心へと逃げる一頭の龍を捕まえて尋ねた。
「おい、この街で何が起きてんだ?」
「俺もよくわかんねえよ! ただ、誰かが邪(じゃ)龍(りゅう)が出たとか言ってたぞ! 噂だと思ってたのに……とにかくあんた達も早く逃げろ! 伝承通りだと、捕まったら最期だ!」
そう言い放つようにして龍は再び走り去っていく。
「リミアちゃん! 俺たちも早く!」
そういうと俺はリミアちゃんの腕を引き、懸命に駆け抜ける。
俺はお互い息切れしないように走りながらリミアちゃんに話しかける。もちろん、被害もまだ近くまで迫っていないことを確認した上でだ。
「リミアちゃん……邪龍……って……」
「……はっ……はっ……この世界で畏れられてる……自我を失って……暴走する龍……です……。噂で……はっ……北の大陸で……街を一夜で消滅させた……と……はっ……はっ……」
「はっ……リミアちゃん……ありがとう……もう……大丈夫……はっ……はっ……」
要するに、ゾンビ的な感じになってただただ暴れてるってことか。ちくしょう、ナディスのやろう、こういう時に限っていないって、ホントお決まりな展開だな。
こうなったら、リミアちゃんだけでも、俺が守らなきゃ。この……命に代えても。
「はっ……はっ……もうすぐ、地下洞です……」
よし、あと少し……。
『ヴヴォォォオオオオオ!』
げっ!? もうそこまで来てるのか!? やっぱゾンビといっても龍だと勝手が違いすぎる。
とはいえ、避難できればこっちのもんだ。頑張れ、俺!
『……何をそんなに急いでんだ? ……同族よ……』
俺は……俺たちはその声に足を止めってしまった。
いや、あの声には俺たちを引き留める得体の知れない力があるようにも感じた。
「はっ……はっ……クロト……様、一体……!?」
謎の声の主は、俺たちの前に堂々と立ちはだかる。黒く長いマントを付け、背中には体と同じくらいの大剣、腰には日本刀にも似た刀を差している。
なっ!? なんだよ、ってかこいつ……。
「お前、なんで避難しないんだ? 邪龍ってのが暴れまわってるらしいぜ」
俺は、こいつが避難なんかを必要としていないことを分かった上で敢えて問い詰める。
「クロト様……このお方は……」
「なんだ少年、俺のことを知らないのか? ってことはお前異来人(いらいじん)だな」
「そうだよ。んで、それが何か問題か? 〝ニンゲン〟様よ!」
そう、俺たちの前にいるのは、正真正銘の……人間だった。
歳は二十四~五くらいだろうか。ガッチリとした体、長く伸ばされた黒髪。そして、いくつもの死地を越えて来たような風格すら漂っているように見える。
「クロト様、このお方は、狩龍人(かりゅうど)ただ一人の人間であり、五大陸最強の狩龍人と言われる三懺狩(さんざんか)の一人、ゴーシュ・ドラ・ヴァルド様でございます」
「まあ、異来人じゃ俺のことも知らなくて当然か……」
――ザシュッ!
えっ……!?
振り返ると、さっきまで俺と喋ってたはずのゴーシュが腰の剣を抜き放ち、その奥には――今にも俺たちを襲おうとしていた龍が左肩めがけ斜めに切りつけられその場に崩れる。
見えなかった……こいつの動く姿が……。
「改めて、ゴーシュだ。よろしくな、異来人」
「お、俺……」
ちくしょう……何もできなかったどころか、襲われかけてたことにも気付けなかった自分が悔しい……。
そんな俺にお構いなしに、ゴーシュは続ける。
「そういやお二人さん、この街にいるっていう緑龍(りょくりゅう)知らねえか?」
緑龍って、ナディスのことか。同じ狩龍人として用事があるのか?
「あ、あの、主様……緑龍ナディスは夕暮れ前にギルドへ行かれてまだ戻られておりません」
「そうだったのか。お嬢ちゃんそいつの使用人か……なら……」
――ぱちんっ!
ゴーシュが指を鳴らした瞬間――。
ゴゴゴ…………。
こ、今度は何だ!?
ざっ…………。
――辺り一面に現れた龍たち……。
こ、これが……こいつら全部邪龍か……!?
てか、おいおい。これじゃ、コイツの指示で集まったみたいじゃないか。
「おい、ゴーシュ! てめぇ五大陸最強なんだろ! どうにかしてくれよ!」
だが、ゴーシュは、全く動く気配を見せず、ただ一言――。
「さあ、身近なやつが帰らぬ屍に前に間に合うかな……」
その言葉が合図となり、俺たちに一斉に襲い掛かってくる邪龍……。
今度こそヤバい……。
「リミアちゃん!」
俺は彼女を守るように覆い被さる……。
俺は死を覚悟した……その時―
「――グオオオオオオオッ!」
すさまじい雄叫び。
俺は声の先へ顔を上げる。
きいいいいいいいいん! という聞きなれた音と収束した光から現れたそいつは、腰の剣を抜き、着地と同時に邪龍の一頭を切り倒す。
「ナディス!」
「すまない、遅くなった。二人とも無事で良かった」
「ナディス、俺……」
「リミアを守ってくれたみたいだな。助かった。あとは俺たちでやる。なあ、ゴーシュ」
「なるほど、お前が緑龍か。初めまして、緑龍。ゴーシュだ。俺はお前に用があったんだ。なあ、ちょっといいか?」
「ああ、後で聞いてやる。だから今はこの状況をどうにかするのに力を貸してくれ」
「い~や、今だから聞いてもらう」
そう言うと、ゴーシュの足元に突如、黒く光る七芒星の魔方陣が展開される。
「お前、それは闇属性の……!?」
刃先を宙に向け、剣を体の中心に構え、ゴーシュは何かを唱える。
「喰らえ無数の黒牙、蝕め闇の眷属――【ネクロアンビュランス】!」
ゴーシュの足元の魔方陣が広がり、蛇に似たうねりをあげる何が無数に現れ、ナディスに向かい、襲い掛かる。
「ちっ……!」
――ザシュ!ザシュ!
横に逸れながら二つを切り倒し、間髪入れずに近くにいた邪龍も薙ぎ払う。
「何をするゴーシュ! それにきさまの術……まさか、黒魔術か?」
「だったら何だってんだ? ……邪魔だ」
そういうと、ゴーシュの前にいた邪龍は、術によって生まれた何かによって体を貫かれ――消滅した。
邪龍を貫いた何かはそのままの勢いに――俺たちへ向かって迫ってくる!?
「まずい!? ……守護の陣―【エレメントサークル】!」
ナディスの下にも魔方陣が展開される。しかし、ゴーシュと違うのは、色が虹色であること。
そして俺とリミアちゃんの周りにはナディスの術によって出現したオーロラのドームが現れ、何かの突撃を防ぐ。
「ほお、さすがは緑龍だ。それに術の錬度も高い」
「三懺(さんざん)狩(か)の称号を持つあんたに褒められるとは光栄だ……くそっ!」
とはいえ邪龍、ゴーシュの術、そして今はまだ動かずではあるゴーシュという軍勢を相手に、俺たちを守りながら戦うナディスは徐々に追いつめられてる。
周りを見れば邪龍がどんどん集まり、逃げ場などというものはもちろん無い。
それでも、ナディスは諦めずに剣を振るい、徐々に敵を減らす。
戦況が一方的にならないのは、何故かゴーシュには襲い掛からない邪龍を〝何か〟が喰らい、消滅させているからだ。
「はあっ! ……きさま本当にあのゴーシュなのか? なぜ同じ狩龍人である俺を狙う?」
邪龍の首を落とし、胴を蹴り倒しながら、ナディスは問う。
「お前には関係ねえよ。ただ、お前の力が邪魔なんだよ、とだけは答えてやろう。だが、殺しはしない。同じ狩龍人としてな。それと―」
――ブシュ!
「なっ……!?」
膝をつくナディス――背中には術によって生み出されたであろう黒い矢が刺さっていた。
「お前を狙ってたのは、俺だけじゃなかったってことだ」
そう言い終わると、ゴーシュの足元の魔方陣が消え、そこから生み出されていた何かも消えていった。
「緑龍。ここから先は俺は知らない。生きるも死ぬもお前自身の力だ」
びゅうおおおおおおお!
突如ゴーシュの後ろには、ナディスが巨大化した時より一回り大きい黒い龍が現れる。
「あれは……黒龍(こくりゅう)です!? そんな、黒龍が人と供にいるなんて……」
リミアちゃんの言うに、黒龍ってのは悪者ってキャラなんだろうな。そして……。
その黒龍の肩に飛び乗ったあいつ……ゴーシュもおそらくは……。
「異来人。こっちの世界に来て早々災難だったな。まあそれも運命だ。できる限り抗って、人間の意地、見せてくれよ」
『グオオオオオオオオオオ!』
雄叫びをあげ、黒龍は翼をはためかせ上昇していく。
風圧で聞こえてはいないであろうが、俺はやつへ向かい叫ぶ。
「聞けえ! このエセ英雄! 俺の名は立花クロト! てめえとは違う本物の善良な人間だ!だからゴーシュ! 次会った時、必ずてめえをぶん殴ってやる! 覚悟しやがれ!」
どこまで聞こえてたかはわからない。それでも俺はあいつを許すわけにはいかなかった。同じ人間として。そして、力あるのに悪用する人間として。
だけど悔しいが、俺には……俺には力は無い。だからこの場はナディスに頼るしかない。
だっせえな俺。こんな可愛い女の子一人守れる力も持ってないなんて……っ!?
「ナディス危ねえ――!」
――ホントにこういう時って体が勝手に動くんだな。
――この後自分がどうなるかとか、恐く、痛い思いするとか全く考えなかった。
――気が付いたら俺はナディスを庇って――矢に斃れていた。
「いっ……いやあああ!」
「おい! クロト! おい! 目を覚ませ! 死ぬな! クロトおおおおおお――」
――ピキッ!
――今のは、……矢が俺に刺さった時に、俺の耳入ってきた音だ。……おかしい。心臓を打ち抜かれたと思ったのだが……そこに痛みがこない…………。
……そうだ、謎の爺さんに貰った宝石を制服の内胸ポケットにしまってたんだった。
命拾いしたなぁ。……てか、何だろ……体中に異質な力が流れ込んで来るこの感じは……?
――ドクン!
――……ぅぅぅうおおおおおおおおおおお!
ぶおおおおおおおおおおおおお!
「……っ!?」
「……? ク……クロト……!?」
俺を中心に生まれた漆黒の竜巻が晴れると、俺はその場に立ち上がり、ゆっくりと、眼を開ける――。
その眼は――周りで燃え盛る炎より、黒く、濃い、紅蓮の瞳へと変貌を遂げていた。
俺は、右手を前に突出し、頭に浮かんだ言葉を唱える――。
「……開け煉獄の門、その業火を持ちて我に仇名す敵を焼き尽くせ―【フレイムヘルゲート】!」
ごおおおおおおおおおおおおお!
半径一メートルの円から五メートルほどの巨大な火柱が上がり、円の中にいた邪龍を焼き尽くす。
炎が消えたと同時に俺は敵に向かって突っ込む。その最中、再び頭に浮かぶ言葉を唱える。
「迸る雷我纏い、自ら閃光と化して鉄槌を下せ―【ソニックサンダー】!」
しゅんっ! ざざざざざざざざざ!
五頭の邪龍を雷と化した俺が駆け抜け、次に俺が目視出来た時には、龍たちは青い稲妻を迸らせ、焼き焦げていた。
「クロト後ろだ!」
ナディスの声が聞こえ、すかさず合掌と詠唱を始める。
「大地よ、己が姿を岩に変え、我の意思汲み取り山脈の如く連なれ―【ロックランス】!」
ズンッ! ズンッ! ズンッ!
両手を地面に叩き付けると、三方向から現れた岩がクロスして俺の背に壁を作る。
後ろから飛びかかろうとしていた邪龍は壁にぶつかる。俺はその瞬間、振り返りながら左手を岩の壁に当てる。すると壁から、岩が邪龍を貫きながら飛び出す。
そして残った右手を今度は胸の前に持ってきて、視線は敵の集団に向け詠唱する。
「大気中に漂う水よ、鮮やかに、そして鋭く全てを切り裂く為、我が下へ集い、駆け抜けろ―【アクアストライク】!」
ヒュン! ヒュン! ヒュン! …………。
俺が右手を前に振りかざすと、水で出来た針のようなものが敵を駆け抜け、切り裂き、或いは串刺しにする。
……何だろ……この言葉たち……どことなく……懐かしく感じる……。
「主様……これは、クロト様は一体、何が起きているのでしょう?」
「あいつ……クロトの野郎、〝邪眼〟が覚醒しやがった!」
「邪眼、でございますか。でもクロト様は……」
「ああ、あいつはそんなのとは全く関係のない世界から来た異来人だ。普通は覚醒するわけがない。しかも……あいつ邪眼の能力はおそらく……基礎七属性全ての術が使える、超特殊能力【エレメンタル・セブン】のようだ」
「風よ集え、我を軸に手を取り輪を作り、そして拡がれ―【ストームリング】!」
びゅおおおおおおおおお!
俺を中心に風の輪が広がり邪龍どもを切り裂いていく。
あらかたは片づけたはずだ。よし、続けて――。
「風よ、翼無き我を、大空へはばたかせろ―【ストームライド】!」
俺は風に運ばれ街の上空に上がる。
……そうだ……思い出したぞ! ……これ……俺が昔考えた必殺技の呪文だ!
あの頃の妄想が、今現実となって、みんなを救う力となってるんだ。そう思えば思うほど、体から力が溢れてくるようだ。
街が見渡せる高さまで上がり、街全体の状況を確認する。
今の俺には、はっきりと敵や、あの二人の姿が確認できる。
これで……最期だ……!
俺は、左手で右腕を押さえながら、右手を天高らかに掲げ、詠唱を始める。
「我、創り出すは銀氷の世界、眠れ大地よ、眠れ生き物よ、安らかに、此の世の理逸脱し、永久の結晶と成れ―【アイスエンド】!」
俺が右手を胸の高さまで振り下ろすと、街全体を水色の魔方陣が囲んだ、その刹那――。
何とも都合よく、邪龍と、さっきまで街全体で燃え盛っていた炎が――氷漬けのオブジェクトとなった。
振り下ろした手を下げた俺は、街一面銀世界となったアグルガントを見下ろしながら、ゆっくりと降下する。
そして俺を心配そうに見上げる二人、ナディスとリミアちゃんの所へ帰っていく。
――ふわっ。
「クロト!」
「クロト様!」
安堵と俺への心配する気持ちが混同した様子で俺のもとに駆け寄ってくるナディスとリミアちゃん。
「終わったな……」
俺は二人に笑いかけることしか出来なかった。いや、正直なところを言えば上手く笑えてるか自信は無い。体に……力が入らない。……頭が焼き切れるように痛い……。
「お前、どうして邪眼を覚醒させれてんだ? それにさっきの術、初めて見たぞ。お前ホントは一体、何者なんだ?」
ナディスがすげー喋りかけてきてるけど、全然聞き取れないや。……一つだけ……邪眼……だっけ……なんだよ、その俺のソウルが掻き立てられるカッコいいワードは……。
俺は、薄れゆく意識の中、最後の力を振り絞って二人に語りかける。
「とにかく……二人とも、無事でよかっ…………」
――ドサッ!
「クロト様!?」
「おい、クロト! 熱っ!? すごい熱だ」
「主様、すぐに治癒術を!」
「いや、実は……とにかく家に運ぼう。無くなってなけりゃいいが。おい、クロト死ぬんじゃねえぞ!」
こうして、邪龍による暴動は、多数の死者および行方不明者を出すも、邪眼を覚醒させた、異来人によって、収束された……。
しかし、邪龍が街を消滅させるという噂は、現実となってしまったが…………。
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