社会人
俺は高校を卒業後、進学はせずに就職することに決めた。
単純に俺の貧相な学力では、試験に受かる大学も専門学校もなかったのだ。
就職するといっても、俺の最終学歴はろくでなしの集まりと悪名名高い底辺高校だ。
別段他人に誇れるような資格は取得しておらず、これといった特技もない。強いてアピールポイントを上げるなら人を刺した経験があることぐらいだが、それはマイナスにしかならない。
しかもテレビでは連日連夜『就職難!就職難!』と連呼されているではないか。
俺なんかにすぐに仕事が決まるわけがない。ハローワークに通いつめ、四苦八苦しながらもどうにか就職したが、そこは給料が途轍もなく安い三流の中小企業だった。
まぁ仕方なかったが。それよりも問題だったのは、よりにもよって、俺がその企業の営業部に配属されたことだ。
暑い日も、寒い日も関係なく、毎日外回りに行かされ、出来もしない営業トークと営業スマイルを強いられた。
俺は自分で言うのもなんだが、生憎舌が上手くなかった。要領も物覚えも悪く、先輩社員に事あるごとに怒鳴られた。
しかしまぁ、その先輩社員も、その他の同僚たちも俺と大してスペックは変わらなかった。
よく考えてみれば当たり前の話だ。だって優秀な社員や要領の良い社員はもっと大手の企業がかっさらっていくのだから、そりゃこんな風が吹けば吹き飛びそうな会社に就職する社員など余りもの以外の何物でもなかった。
そのためか、基本的に同僚にも先輩社員にもろくなやつがいなかった気がする。
まぁあいつらだって、俺のことをろくでもないやつだと思っていたのだろうが。
しかし俺が最もろくでもないと思い嫌っていたのは、他でもなく営業部の部長だった。
こいつは似合いもしない上にばればれのカツラを頭に乗っけって自分の不毛な頭皮を隠そうとしているような見栄っ張りなやつで、部下たちには無理やり飲みの席に付き合わせ、酒の飲めない下戸の社員にも酒を飲ませていたし、残業の代わりに家でも仕事をすることを強要した。何よりもあのねっちこくて歯の間にガムが挟まっているような声が気に入らなかった。生理的に受け付けないとは正しくこういうことを言うのだと知った。
こいつにも何度も叱られた。こいつの叱り方が俺は一番嫌いだった。先輩社員なんかは怒鳴るだけだが、こいつは怒鳴らない。怒鳴るのではなくて、まるで居酒屋で愚痴っているようにねちねちねちねち何十分もかけて説教してくるのだ。声自体が不快なのに、そんな長時間その不快な声を延々と聞かされるなど堪ったものではない。
こんなクソ会社やめてやる、と何度も思った。
何度も思って、やめるほどではないかと自分が落ち着かせたりしていたが、ある日、先輩社員の一人が部長に辞表を出して会社をやめていったのを見て、あの人はやめたのに自分がこの会社にしがみついているのが馬鹿らしくなり、辞表を書いて翌日に部長に提出した。
部長は「お前もか」と言いたげな濁った目で俺を見てきた。
その目にすごく腹が立ったので、俺は部長を殴った。ごく自然に殴っていた。
自分でも驚いた。たぶん高校のときに一度人を殴っていたから、人を殴るハードルが元々下がっていたせいだと思う。いや、元からそういう素質もあったのだろうか。
とにかく俺は部長をぶん殴って会社をやめた。警察を呼ばれたが、部長も大事にしたくなかったのか、謝罪することで被害届は出されずに済んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます