オンリーワン
伊刈は久しぶりに森井町自社処分場団地に調査にでかけた。驚いたことに団地の活動は以前よりも活発化していた。大規模不法投棄現場が閉鎖されたことに加えて、ミニ処分場の面積要件が撤廃されて新規の設置が面積によらず許可制になったために既設のミニ処分場の価値が高まっていたのだ。壊れていた門扉も修繕され荒れていた進入路の路面にはコンクリートガラの砕石が敷かれていた。既得権を残した中途半端な法改正が思わぬ波紋を広げていることを伊刈は瞬時に悟った。市道に沿った阿武隈運送の区画は既に満杯に近かったが、それでも新たな廃棄物が搬入された痕跡があった。埋め立てられていたのは破砕機で裁断された廃プラスチック類だった。手にとってみたが品質は安定していて木くずなど埋立禁止品目の混入は少なかった。百点満点ではないもののミニ処分場の管理レベルとしては優等生だった。
承継届けが受理されてしまったと住民が訴えてきた柴咲町の現地に向かった。不法投棄現場の手前の崖に自社処分場があったという記憶はなかった。東洋エナジアが逮捕された当時は気にもとめなかった崖だった。三十メートルほどの坂道を下ると崖の底に真新しい門扉と柵で囲われたミニ処分場が設置されており、阿武隈運送処分場という表示も出ていた。面積は二九九九平方メートル、つまり改正前の法律で安定型最終処分場の設置許可が不要となるぎりぎりの面積だった。真新しい門扉や囲いなどにわかに処分場の体裁を整えた節が見え見えだった。現場を見た感じでは既設処分場の偽装は明らかで住民の訴えに分がありそうに思われた。
伊刈は承継届け受理の経過を確認するため、その足で本課に向かった。担当は企画班の平河主幹だったが不在だった。代わりに主任技師の校倉が対応した。主幹だと警戒されてしまうのでかえって好都合だった。
「阿武隈運送は西産協の理事を勤めている大手業者なんですよ」
「セイサンキョー?」伊刈は校倉の言葉が聞き取れなかった。
「ああすいません。東京都西部産業廃棄物処理協同組合のことです」
「なるほど。だけど組合の理事だから信用できるってことじゃないだろう」
「処分場の承継届けは岩見が持ってきたんですよ。ご存知でしょう」
「いや知らない」
「それじゃ黒田は?」
「自社処分場ブローカーの黒田なら知ってる」
「まあ仕事としては黒田も岩見も似たようなものですよ。奥さんが犬咬の出身者だそうで、その縁をたよりに処分場の地上げを繰り返しているみたいです」
「その割には岩見の名前は聞かないなあ」
「黒田はどこにでも顔を出すマルチプレーヤーですけど、岩見は阿武隈運送オンリーワンプレーヤーなんです。阿武隈運送工事部長って名刺も持ってます。だけど給料は一円ももらっていないダミー部長らしいですよ」
「なんで岩見の届出を受理しちゃったんだ。現場には何にもなかっただろう」
「最初は主幹も承継届けは認められないって断ったんですよ」
「だよな。どうしてひっくりかえったんだ?」
「僕にはよくわからないんですが圧力があったみたいなんです。だから主幹のせいじゃないんです」
「圧力ってバッチ(議員)か」
「ええまあそうだと思いますが」
「住民を裏切ったのか」
「うちの課はそういう圧力には強いと思ってたんですけどねえ」
「なるほどわかったよ。受理したのは主幹か、それとも個室に入った方か」
「主幹は抵抗したんですよ。圧力に負けたのは課長ですよ」
「ご栄転直前でバッチに逆らえない課長の板ばさみになったってことか」
「僕にはどうしようもないですよ。あのこれ他言無用ですよ。住民に知られたら大変です」
「書類上の手続きは問題なく踏んでるんだろう。どっちみち許可基準未満の処分場の承継届けなんて法律じゃなく要綱の手続きにすぎないからな」
状況はおおよそわかったものの、本課の課長が政治的な圧力で変節したのかもしれないとはさすがの伊刈も住民には説明できそうになかった。
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