死臭の館
海上保安庁が化製場の海士美(あまみ)産業を海洋汚染防止法違反で摘発したという記事が新聞の地方面に小さく載った。扇面ヶ浦の崖上の工場から太平洋に血液の混ざった廃液を流したという血なまぐさい容疑だった。海上保安庁から仙道に海士美産業が製造した肉骨粉の処分先となっていたエコユートピア最終処分場の状況を確認したいと協力依頼が来た。
「おい伊刈、化製場って知ってるか」
「なんですかカセイジョウって」
「やっぱりな。知らねえと思ったよ。家畜の死骸を処理してる工場だよ。そこで肉骨粉を作ってんだ」
「狂牛病の肉骨粉ですか」
「ああそうだ」
「家畜の死骸を処理するんだったら産廃の処分場にならないんですか」
「ほんとになんも知らねえんだな。それでよく本を出せるな」
「違うんですか」
「化製場法って特別の法律があるんだよ、廃掃法は使わねえんだ。それより古い法律だからな」
「どこの所管ですか」
「保健所に決まってんだろう」
「法律にまで差別があるってことですね」
「それは言いっこなしだぞ」
「とにかく化製場はうちの管轄外ってことですね」
「そうはいかねえんだよ。化製場だって工場なんだから産廃は出んだろう。狂牛病騒ぎで肉骨粉の原料を処分したらしいんだよ。それを海保が調べてくれってことだ」
「それ海防法と関係ないでしょう」
「海に捨てたんじゃねえかって心配してんだよ。海に捨てたらえらいことだぞ」
「どうしてですか。魚が全部食べちゃったでしょう」
「肉骨粉にプリオンがもしも入ってたらどうする。それを食べた魚を人間が食べて発病するかもしれないって思うやつがいないともかぎらん」
「まさか確率的には1兆分の一じゃないんですか。プリオンが入ってる確率を一万分の一、それを食べた魚が漁船に捕獲される確率を一万分の一、その魚を食べた人間が発症する確率を一万分の一とすればですけど」
「風評被害ってのはそのまさかが怖いんだ。だから市民やメディアが騒ぐ前に処分先を確認してほしいんだとよ」
「自分でやればいいでしょう」
「それこそ陸のことは管轄外だからな。まあ協力してやれ。それから化製場にも行ってこい。行っても驚くなよ」
「どういう意味ですか」
「今は季節が悪い。かなり臭いと思うからな」
「臭いには慣れました」
「行けばわかるよ。まあ勉強と思って行ってこい」
仙道の意味深な言葉を気にしながら伊刈は海士美産業に向かった。
「何か臭わないですか」まだ海士美産業まで何百メートルも離れているのに鼻が敏感になっている喜多が言った。
「醤油かすの臭いじゃないですか」遠鐘が言った。
「いやもっと生臭いな」伊刈が言った。
「海士美産業のほうから臭いますね」長嶋が言った。
「まさかまだあんなに遠いよ」伊刈が意外そうな顔で海岸沿いに立つ錆びた煙突を眺めた。
「おい、こいつあどえらい臭いだな」車を降りたとたん長嶋が顔をゆがめた。ゴミの腐敗臭とは全く異なるいわゆる死臭だった。
「班長、長靴を積んでありますよ」革靴を履いたままの伊刈に遠鐘が気を利かして言った。
「ああ、そうだな。さすがに履き替えたほうがよさそうかな」
「常人には近付きがたいところすね」長嶋が工場の様子を眺めながら言った。
「たぶんこれって何百年もずっと差別を受けてきた仕事なんですね」喜多が言ってはならないことを口にした。
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