環境三美人

 「いったいどうなってんのかな。今日はちょっとやばかったよ。知り合いなら知り合いだって教えてくれないとな」仕事帰り伊刈は事務所からは少し離れた犬咬崎ホテルのラウンジに大西を誘った。私鉄系ホテルチェーンなので周辺の和風旅館とは別格の存在感があり、英国バー風のシックな内装のラウンジにはそれなりのモルトが揃っていたし、コーヒーの味もまあまあだった。なんといっても市職員と遭遇する確率が低かった。伊刈はマンダリンをベースにしたストロングブレンドを頼んだ。

 「圭子さんに話したこと忘れてたのよ」

 「それって準教授のことか。そんなタメ口きける仲なんだ」

 「十歳くらい上なんだけど圭子さん若いからね。見た目は私と変んないよ」

 「何を話したんだ」

 「伊刈さんをシンポジウムに誘ったらおもしろいかもって」

 「変だと思ったよ。知事と市長に断られたから僕に参加してくれってどう考えても順番がおかしいだろう。部長とか課長とかに普通行くよな」

 「だよね」

 伊刈はカップの底にコーヒーを三分の一飲み残したところにミルクを入れた。ストロングブレンドは最後の一口にえぐみが残る。ミルクを入れるとちょうどよくなった。

 「グリーンピースからは抜けたんじゃなかったのか」

 「圭子さんとは腐れ縁だから」

 「恩師ってだけだろう」

 「そうじゃないの。あたしの死んじゃったモトカレ、もともと圭子さんのフィアンセだったから」

 「つまり先生の男を取ったってこと」

 「婚約中だって知らなかったし。だから圭子さん、あたしのこと恨む理由がないって言ってくれたの」

 「泣かせる話だね。そんなことどうでもいいけどシンポは出ないよ」

 「絶対出たほうがいいよ。環境三美人が集まるシンポなんてめったにないんだよ」

 「環境三美人?」

 「うん。圭子さんとね、あとダイゼン(ダイオキシン問題全国フォーラム)の射端範子弁護士でしょう。それから海猫ミュージアムの三ノ宮玲子館長よ。三人揃ったらきっと圧巻よ」

 「射端弁護士は知ってるけどウミネコってのはなんだか怖いな」

 「伊刈さんなら大丈夫よ」

 「何が大丈夫なんだよ」

 「とにかく出てみてよ。まさかミイラ取りがミイラになるの怖いの」

 「それは大丈夫だと思うよ。左翼に洗脳されるほどウブじゃない」

 「そんな左とか右とか言ってる古い頭じゃだめね」

 「古いかなあ」

 「古い古い古すぎよ。チャレンジしなきゃだめよ。伊刈さんなら負けないわ。本を出すくらいの人なんだから出不精じゃだめよ」

 「わかったよ、じゃ出てみるよ」

 「やった勝ったわ」

 「あ?」

 「圭子さんと賭けてたのよ」

 「そういうことか。三美人より敦子が怖いな。つまり四美人か」

 「あたしは数に入れたらだめよ。別格だから」

 伊刈はやれやれといった顔でコーヒーのおかわりを注文した。

 「ところでさ、もうちょっと環境団体のこと教えてくれないかな」伊刈は一服すると真顔になった。

 「何を教えればいいの」

 「今度のシンポジウムを共催する七団体の格付けっていうかな」

 「手紙、見せてよ」

 「うん」

 大西は秋篠からの文面をざっと読みとおした。「上位団体って言えるのは、ゼンサンキョー(全国産廃残土協議会)とダイゼン(ダイオキシン問題全国フォーラム)だと思うよ。圭子先生がやってる犬咬の水とみどりを守る会は、GP(グリーンピース)の支部も兼ねてるんだけど、GPと後の二つとはあんまり仲がよくないと思う」

 「緑平和党はどう?」

 「タレント議員が一人いるだけの泣かず飛ばずの党だけど今は本人が落選中よね。なんていったかな、風の又次郎だったかな」

 「環境のために戦う弁護士連盟はどう」

 「カンベンレンはスポンサーよね。産廃関係の訴訟は多いからそれなりに儲かってるらしいわ。チカンホ(地域環境保全学会)もカンベンレンがバックよ」

 「それじゃ最後に残った海猫ミュージアムは」

 「三ノ宮館長は謎の女よ。首相級の政治家の愛人だったとか銀座のクラブのママだったとか大富豪の隠し子だとかいろんな噂がある人だけど、どれがほんとかわかんない。個人美術館を持ってるんだからとほうもないお金持ちなのは確かね」

 「どこにあるのかな」

 「犬咬にはないわよ。軽井沢にあるって聞いたけど行ったことないわ」

 「軽井沢で海猫か。それこそ海千山千てことかな」

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