ミイラ取りがミイラ

 「相変わらずだな」伊刈がシンポジウムのチラシを眺めていると保全班の大室室長が覗き込んだ。「こつらはプロだからね。騙されないことだよ」

 「プロですか」

 「住民を扇動し処分場計画をつぶすプロ市民だよ」

 「そういう意味ですか」

 「伊刈さんは環境を始めて間がないからムリもないけど、こっちは市に入ってから二十年間ずっとこいつらと付き合ってる。二十年間、顔ぶれに変化なし、活動に発展なし、知識に進歩なしだ」

 「それでプロなんですか。第一、処分場を潰してなんの得になるんですか」

 「まあそれなりに見返りはあるらしいよ。不法投棄やってる連中みたいにベンツは乗れないかもしれないけど、なんて言うかなあ、本を出したり講演をしたりして小銭は入るよ」

 「なるほど本ですか」出版予定のある伊刈は複雑な思いで答えた。

 「処分場やってる会社は滅多に本書かないだろう。だから市民団体のワンサイドゲームだよ」

 「それはそうですねえ」

 「おい伊刈」仙道が伊刈を呼びつけた。「その手紙見せてみろ」

 「はい」伊刈はいつになく緊張して仙道のデスクの前に立った。大室が二十年のキャリアだとすれば仙道は三十年のキャリアだ。

 「ほうなるほどねえ。それでおまえ事前の相談を受けてたのか」一通り文面に目を通した仙道が言った。

 「いいえ何もありません。この手紙で初めて座長なんだと知りました」

 「ふん連中らしいな。根回しも何もなしにいきなり文書一枚きりか。無礼極まりないな。しかももうお前の名前を入れてチラシ刷っちまってるじゃねえか」

 「チラシは撤回してもらいます。出るつもりありませんので」

 「それで済むかな。もう配っちまったんじゃねえか」

 「行政の不作為責任を徹底追及って言うんじゃ出られません」

 「おもしれえじゃねえか。出てみたらどうだ」仙道がからかうように言った。

 「こんなこと言うのはなんですが左翼は嫌いです」

 「ほうおまえらしくない。びびってんのか」

 「茶化さないでください。こんなシンポジウム出れるわけがありません」

 「一応本課に聞いてみたほうがよくないか」

 「個人あてに来てるんですから個人で対応します。出ません。パネラーだけじゃなく座長まで勝手に決めてるんですよ。完全に上目線じゃないですか」

 「名誉だとでも思ってんじゃねえのか」

 「とにかく断りの電話を入れます」

 自席に戻った伊刈は、さっそく犬咬の水とみどりを守る会の連絡先の電話番号をダイヤルした。

 「はい望洋大秋篠研究室でございます」犬咬の水とみどりを守る会の事務局は大学にあるようだった。電話に出た声の主は学生か院生のように思われた。

 「犬咬市東部環境事務所の伊刈と申しますが秋篠さんはそちらの先生ですか」

 「はい秋篠先生は準教授でございます」

 「先生はいらっしゃいますか」相手が丁寧に答えたので伊刈も敬語で問いかけた。

 「ただいま不在でございますのでこちらからおかけいたします。ご連絡先をお伺いしてもよろしいでしょうか」

 秋篠圭子が望洋大の準教授だというのは意外だった。市民団体の主催者だから主婦に毛が生えた程度かと甘く見ていたが、そんなに簡単な相手ではなさそうだ。

 一時間後、秋篠から電話がかかった。「ごめんなさい、わざわざお電話いただいてすいませんでした」留守をしていた学生とはうって変わってタメ口の電話だった。ちょっとなまめかしさもある声だった。

 「お手紙拝見しましたよ」

 「一度お伺いしなきゃと思ってたんだけど先に手紙がついてしまったのね。ちょっと失礼だったかしらね」

 「申し訳ないですがシンポジウムには出られません」

 「あらそうなの。どうしてかしら」

 「行政の不作為責任を追及するとか、産廃業者の癒着を断ち切ってとかいう趣旨じゃ出られないです。そんな癒着はありませんから」

 「なるほどお立場としてはそうだわね。それじゃその言葉は削りましょう」

 「そんな簡単なんですか」

 「まだ試し刷りなのよ。今回はみんな伊刈さんの参加を期待してるの。ほかの顔ぶれはみんな変わり映えがしないでしょう。ぜひお願いしたいの」

 「そう勝手に決められても困ります」

 「近々一度お邪魔させていただくわ」

 「来てもらっても気持ちは変わりませんよ」

 「まあそうおっしゃらずにね。そこには後輩もいることだし」

 「後輩?」

 「アッコがそちらでお世話になってるでしょう」

 「もしかして今度のことは彼女の紹介ですか」

 「それもあるわね」

 伊刈は予想外の展開に絶句した。

 「アッコと一緒に遊びに来てよ。あの子いい子でしょう」

 「それとこれとは別です」

 「そう言わずにねえ」

 「そういうことなら後でお返事します」妙な雲行きになったのに吾ながら呆れながら伊刈は電話を切った。ちょっとしかめっ面で大西を振り返ったが知らん顔をしていた。封書を持ってきたときから全部わかっていたのだ。

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