第3話 兄妹(2)篠宮 沙弥華《しのみや さやか》
あの頃は何も考えられなかった。
ただ、
ただ、
悲しくて……辛くて。
何もかもがどうでも良かった。
あの日までは。
それなりに辛かった高校受験も無事に終わり、第1志望の高校への入学も決まった。
中学の卒業式も済み入学式を待つだけの短い春休みに悲劇は訪れた。
自慢では無いが、私の家族は仲が良いと思う。
仲の良い両親と面倒見の良い兄。
喧嘩らしい事も無かったと思う。
家族揃って出掛ける事も多かった。
両親の趣味がアウトドアという事もあって、良くキャンプへ行った。
釣りをしたり、カヤックでの水上散歩、焚き火を囲んで火を眺めるだけの夜。
星の綺麗な高原のキャンプ場では、ゆっくりと星を眺め温かいコーヒーを飲む。
何気無い家族との大切な時間。
それももう思い出の中。
一本の電話で全てが砕け散った。本当に砕けた感じがした。
電話の向こうで言っている事が理解できず叫んでいた私。
兄がそれを見て受話器を取り上げる。
時間が止まったようにそれを眺める私に兄が告げた。
「父さん達が事故にまきこまれた……すぐに出掛けるぞ。」
免許を取ったばかりの兄の運転で、収容先の病院に行った所から記憶が無い。
何を見て何を聞いたのか。覚えていない。
最後に見た両親の姿は「行ってくるね」と出掛ける時が最後だった。
後で聞いたけど、亡くなった後の両親とは兄も会えなかったそうだ。
両親の葬儀も済み新学期。何もする気力が無く、ただ部屋に篭った。
そんな私を兄は何も言わずに見守ってくれていた。
兄も高校卒業後の就職準備で忙しかった筈だ、そんな事も私は気付かなかった。
朝食も昼食の作り置きも夕食も全て用意してあった。
お風呂の支度や掃除に洗濯と全て済ませてから兄は眠りにつく。
朝早くから夜遅くまで起きていて、翌朝には家事を済ませてから仕事へ行く。
そんな当たり前の生活を、まるで両親の死など無かったかのように過ごす兄。
私は腹立たしかったのだろう、兄に罵声を浴びせた事もあった。
ただの、八つ当たりだっ……。
そんな私に微笑みながら「気の済むまで、ゆっくり休め」としか言わなかった。
それが余計に腹立たしく内にこ篭り、毎日を布団の中で泣いて過ごした。
六月に入った頃だった。
夜中に起き夕飯を取りにキッチンに向かう。
寝ているであろう兄を起こすのも憚られたので静かに移動した。
ふと人の気配?
亡くなった両親の部屋、明かりも点けていない暗闇の中に誰か居るようだった。兄以外には居ないのは当たり前の事。
何か話しているようだったので、耳をすますと兄が両親へ何かを告げているようだ。
『父さん達は元気かな。自分は大丈夫だから心配しないで。ただ、沙弥華が…。
見ている二人は心配だよね。でも、何もしてあげられないんだ。見ているしか出来ない。
ごめんよ、心配掛けて。 頑張るから。 きっと大丈夫だから…… 』
其処には声を殺し、震えながら、
自分自身を抱きしめ、蹲って何時までも泣いている兄がいた。
私は馬鹿だ。兄も辛く無いはずが無いのに。
本当に馬鹿だ。
気付かれぬように部屋に戻り、目覚しをセットする。
「明日から頑張るから。安心してね」窓から夜空を見上げ呟いて眠りについた。
翌朝、「おはよう」と言った時の兄の顔は今でも忘れられない。
顔をクシャクシャにし泣きながら抱きしめてくれる兄。
「ごめんなさい」
『何も言うな……』
二人で抱き合い泣いた。
それから八年。 無事に高校を卒業、大学へも進学し就職して一年。
高校を卒業してすぐに就職する予定だったのだが、兄に勧められて進学をした。
そうそう、成人式の時は大変だった。
兄の張り切りようと言うか意気込みに、それはまた別の機会で。
もうすぐ社会人二年生。
仕事にも慣れたところである。
そんな時、兄から話があると。
「結婚をする」と告げられた。
前々から彼女が居るのは知っていた。
まあ、顔も悪く無いと思うし面倒見も良く私の友達にも結構人気はあった。
交際四年、私に気遣い結婚を先延ばしにしていたのだろうと思う。
実際に会って良い人だったので安心していたのだが、ドラマの様な展開が目の前で繰り広げられるとは思いもよらなかった。
姉になる人は隣街に住んでいた。車で1時間程度なので遠距離でも無い。
昨年夏から半年程兄は長期出張をしていたが、そんな時に問題は起きていたらしい。
まあ、ベタな話である。
結婚も決まりマリッジブルー、そんな時に同窓会。
初恋の人との再会で一夜の……。 そしてご懐妊。
人は見かけによらないと、心底思った。
とてもそんな
当然破談、私は怒りが収まらず相手の両親の前で暴れた。
兄に引きずり出される程だと言えば怒り具合はわかって頂けるかと……。
女友達からは、良くブラコンと言われていたがそんな事は無いですからね。普通怒ると思いますし。
某兄妹の様に『流石お兄様、ご立派です』などと頬を赤らめ見つめたりしませんから。
そんな事があって「お兄ちゃんも羽をのばしたら」と「少しくらい遊んだって良いんだから」と言ってみた。
『そうだな』と言って暫くして、『キャンピングカーを買う』と言うとは思ってもみなかった。
一緒にキャンピングカーショーを見に行き本当に契約してしまったのには驚いた。
まあ、これで婚期が遅れても私が居るから大丈夫だけどね。
ちょっと!
本当にブラコンじゃないからね!
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