第3話 離れていくふたり
4月17日火曜日。私たちはいつも通りの時間にアパートの前で出会い、一緒に二人並んで大学へ向かう。でも、私はあまり口を開かなかった。なぜならそれは昨日のことが原因である。いきなりあんなことをされたら困るのは当たり前。さくらさんはたぶんそのことに気づいていない。
「ねえ、結衣ちゃん?聞いてる?」
「聞いてるよ。」
さくらさんが何か話しているのは聞いていたけど、内容までは聞いてなかった。ちょっと嘘をついて早足になる。
「結衣ちゃん!こっちだよ。」
立ち止まって振り返ると、さくらさんが指をさして立っていた。恥ずかしかった。そして、ますますむっとしてきた。私はさくらさんを無視して指をさす方角へ先に歩いていった。
「ちょっと待ってよ。」
駆け足で追いつくさくらさん。私の様子を見てようやく私が機嫌が悪いことに気づいたようだった。
「ねえねえ、結衣ちゃん。なんか怒ってる?私、何か悪いことしちゃったかな?」
でも、私が怒っている理由まではわかっていなかった。さらに早足になる。
「結衣ちゃん、今日はこっちだよ。」
とまた間違いを指摘されたが、くるりと回れ右をして指さすほうへすたすたと歩いていった。さくらさんはしかたなく私の後ろをついてくる。そして講義室に入り、席に座ると、さくらさんも私のとなりに座った。一言もしゃべらずに授業の準備をして、鐘がなったら授業に集中した。一コマ目は地域政策という授業だった。といっても、最初は地域についての政策を考えることはやらない。まずは法律について知っていないと政策は立てられないからだ。だから、それぞれの法律について各先生からどういうものなのか紹介程度に教わる。法律の種類も六法だけには収まらないからこれだけでもかなりの回数がかかるだろう。今回はその前段階として法律を学ぶ上で必要な知識、考え方、常識などについてだった。ちなみにこの科目は週二回ある。それはさっき説明したような事情からだと思われる。一コマ目が終わり、移動教室は大学では基本だが、その移動の最中も私はさくらさんとは口をきかなかった。二コマ目はジェンダー学という科目だった。主に女性中心に世界の歴史をみていく。隠された歴史の真実が明かされる。まったくどうして女子はこうも不条理な立場に置かれるのか、わからないけれど、この授業で少しずつわかっていくのだろう。午前が終わり、私たちは話すことなく学食を食べる。二人向き合っているのに何も話さないという妙な空気だった。さくらさんが今、何を考えているのかわからない。さくらさんについての授業とかあればいいのに。
ふたりはそのまま午後の授業に突入した。三コマ目はコミュニケーション英語Ⅰという科目。ちなみに昨日やった英語は『英語総合Ⅰ』という科目名。今日のはその名の通り、コミュニケーションが中心となる。そして、先生も外国の人だ。この授業でも毎回テストがある。でもそれは授業の最後にある。だからまずは普通に授業を受ける。そして、その間にテストの内容を忘れる。テストのときにパニクる。という赤点ルートに私ははじめからはまってしまった。あと、授業はさくらさんとは違う人と毎回ペアになるので、私はさくらさん以外の人と楽しんだ。それで今日の講義は終わり。火曜日は三コマまでしか取っていないからだ。
私はさっさと荷物をまとめて帰ろうとした。でも、さくらさんに阻まれた。
「話があるから、来て。」
と手を引かれて向かった先は、空き教室だった。照明もつけないまま私たちは部屋の奥に行った。そこでようやく手が離れた。
「ごめんなさい。結衣ちゃんが怒っていることは分かっていてもどうして怒っているのか分からないの。」
とさくらさんは頭を下げてきた。私は目を合わせないでヒントを与えた。
「今ここで昨日みたいなことをできる?」
「昨日のこと?…あ。」
さくらさんは私に近寄ってきて私の肩を掴んだ。それから顔を近づけてくる。でも、すきにはさせなかった。私は肩にあるさくらさんの手をどけて、荷物をもって去った。
「結衣ちゃん?」
「だから、そういうことなの。私たちは友だちとして付き合ってるの!そこまでは…。」
「でも、私は結衣に告白したよね。そして、その時にキスだってしたよ。あのときは何だったの!?」
部屋を出ようとしていたところをさくらさんの言葉でやめて、振り返った。なぜかさくらさんの方が怒っているように見えた。
「あのときは確かにOKしたけど、でもそんな簡単にき、キスなんてできないよ。」
「…。」
さくらさんは何も言わずにただ黙ってこっちを見ていた。
私が悪いの?私がおかしいの?もう意味わかんない。
「今日は帰る。」
一言かけて私はその場から離れた。大学を出て、近くのコンビニで夕食の弁当を買う。今日は帰って自分で料理をする気分ではなかった。買い物を済ませてすぐに帰る。その際、さくらさんがいないか周りをキョロキョロと見ながら忍びのように家の中に入った。
どうして私がこそこそしなきゃいけないのだろう。
ため息をつきながら、買ってきた弁当をあけて食べる。
だから、私は友達ができないのかな。そんなことを思うと、余計に気が重くなる。まだ、出会ってから1ヶ月も経っていないのに、もう決裂か。はあ。
ご飯を食べ終えて空になった弁当箱をゴミ箱に捨て、お風呂場に行く。夕食前にお湯を張ることを忘れていてため息をつく。しかも、まだ夕方4時前だということに気づき、さらにため息をついた。とりあえずお湯を沸かしておいて、その間、ベッドでゴロゴロする。
そろそろかと立ち上がってお湯を止めに行く。そしてそのまま脱衣所で服を脱ぎ捨ててシャワーを浴びた。髪や顔や身体を洗って、しばらくシャワーの水に打たれ続けた。目を閉じたら今日のことが頭に浮かぶ。さくらさんの声が頭のなかで響いた。シャワーをとめて湯船に浸かる。まだ明るい外の太陽の光がうっすらと窓から射し込んで、湯気と融和されて幻想的な空間を作り出していた。
もう、考えたくないからいいよね。しばらくはさくらさんと距離を置こう。そのうちどうにかなるよね。
私は問題を放棄した。結局、お風呂から上がったのは一時間後くらいだった。そのころには夕陽はなくなっていた。
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