第32回EVERY LITTLE YOUR TIME
8月15日(月)
長い新婚旅行を終えて、元天国口高校の教師伊藤影道(シャドウ)と朝久里映見は市役所に婚姻届を出した。
シャドウはふと我道のことが頭を掠めたが、一緒にいて疲れない映見を選んで後悔はない。
市役所を出て、少し目がうつろなシャドウを見て映見は心配になる。
「影道、なんか目がうつろだけど大丈夫?」
映見に言われてシャドウはドキッとした。やはり女は鋭い。
「いや大丈夫。ちょっと寝不足かな?」
シャドウはなんとかごまかす。
2人は手を繋いで晴れた広場に出る。
「まだ夏は終わらんな」シャドウは眩しそうに手をかざす。
天国口高校のガールズバンド“エセエラ”は今夜駅前のライブハウス“月光”でライブを控えていた。ギターの霧山柚季とベースの玉井雪風とドラムの三多摩ちとせは視聴覚室の隣の簡易スタジオでリハーサルをしていた。
3人は楽器を置いて、コーラスワークの練習をしてる。
視聴覚委員は野比浩太郎と枝野光輝と常盤美登里の3人が珍しく揃ってる。
“エセエラ”の美しいコーラスに聴き入る。
「今度ライブハウス出るんでしょ?ライブ見てみたいな」常盤は声を弾ませる。
「3人のコーラスワークは見事だ。ライブハウスでの楽器の音にかき消えないように工夫するしかないだろう」野比はCDを整理しつつ聴いてる。
枝野は「常盤はライブハウス行くんだろ。まだ券余ってる?」と聞くと
「霧山達に聞いとくよ。多分まだあると思う」常盤はCD整理を再開する。
“オーバー・ザ・サマー・アポカリプス”の撮影も佳境に入っていった。
外は相変わらず暑い。そんな暑さをモノともせず愚蓮京介監督の敏腕マネージャー崎守叶香はスーツ姿で颯爽とした佇まい。
若い男性スタッフ達は口々に崎守さんってカッコいい彼氏が付いてるんだろうなと囁きあってる。
崎守叶香の年齢は非公開なのではっきりとはしないが、製作中の映画の主要キャストである広永玲子と同じくらいと踏んでいる。37歳前後という所だが、スタッフの誰もが彼女を口説こうとしない。
彼女の周りには”制極界”というか、人を寄せ付けないオーラのようなものが漲ってる。
その制極界に無謀にも踏み込む哀れな男が1人いる。芸能記者 修羅悦郎である。
愚蓮監督と腐れ縁の彼だが、実際は暇で孤独な男である。
今日は外ロケと知っていた彼は現場に清涼飲料水を差し入れする。もちろん目的は一つ。崎守叶香を落とすことだ。
さてモテ男 本城ベータは42歳のわりに暑い中奔走していた。
「監督、次の場面なんですがこんなかんかん照りの時より少し雲り空になるまで撮るの待ちませんか?その間後半のセット調整しますんで」
ベータの意見を聞いた愚蓮監督は少し間を置いて言う。
「そうだな、俺はもうちょっと構図を考えてみる」
助監督が病欠なので、今は殆どベータが助監督の代打である。
AD達への指示はほぼベータがやっていた。
今日の撮影が終わったのは午後6時。まだ空は明るく、ベータは後片付けを終えて絵里江さんのマンションへ帰る途中であった。
後ろから車のクラクションが鳴る。
振り向くと我道幸代が車から降りてくる。相変わらず白いTシャツにジーパンというファンキーなファッション。
「洗練されてますな、お嬢様……」
少し皮肉っぽくベータは言う。
「センセ今暇?ちょっと付き合ってほしいんだけど」
「お付き合いしましょう、お姫様」
「ふふ、まるでハン・ソロとレイア姫みたい」
2020(R2)6/3(水)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます