第33回ウエディング・ビーナス

ベータは我道の車に乗って驚く。


「凄いな、リムジンって中はこんな広いんだ、俺だったらここで生活出来そう」


「まあまあ、そんな大したことないってセンセ」我道は右手を振る。


「女社長は儲かってるのか?」


「まあ、ぼちぼち」そう言って我道は右指で輪っかを作りスマイル。


ベータは久々に女神の微笑みを拝んで、涙が出そうになる。


「お前は本当に綺麗だな。今お前の美しさで泣きそうになったぞ」


「あらまあ、ストレートに……センセも自分の心に正直ね」


ベータは我道には心を隠す必要がないと思ってる。


「ところでさ、今日付き合ってもらいたいのはさ、えーと言いづらいんだけど、センセに私の旦那さん役やって欲しいんだ」


我道は少しもじもじしてる。


「旦那さん役って誰か騙すの?」


「違う、違う、実はウエディングドレスってやつ着てみたいのよね」


「あくまでイミテーションってこと?」


「そうそう、将来結婚するかもしれないしさ……」


「まだ言ってるでもお前鋭いかも」


「するどいの?私」


「彼女が旅立ってしまったのよ、とほほ……」


「別れたの?」我道はウキウキした表情になる。


「そんな露骨に喜ぶな!手紙残して無期限の一人旅に出た」


我道はな〜んだという醒めた顔をする。




借り衣装屋でベータはタキシードを着て、我道はウエディングドレスを着る。


こういう嫁さん貰えたら男は至福なんだろうなとベータは感慨深く想う。


ベータに我道は寄り添って写真撮影をする。




「お前はまだ俺と結婚したいと思ってるのか?」


帰りの車の中でベータは問う。


「したくないと言ったら嘘になるな」


我道はエメラルドのような瞳でベータを見つめる。


この瞳で見つめられて目を逸らさない男は自分くらいだろうとベータはつくづく思う。


それほど我道幸代の美しさは国宝級だ。


「男冥利に尽きるけど、今の彼女に夢中なのよ」


「いいよ、別に。センセと私は親友なんだから。今日は付き合ってくれてありがとう」


我道はクーラーボックスから清涼飲料水を出してベータにも渡す。


「ああ、サンキュ。喉乾いてた」




大学通りの途中でベータは車を降りた。


「家まで送るのに……」


「いや少し歩きたいんだ。送ってくれてありがとう」


「センセ元気出してね」我道は手を振って、車は遠ざかる。



辺りはだんだんオレンジ色に染まってきた。


色の褪せてゆく黄昏の中、私は1人立ち尽くす。





8月16日(火)


崎守叶香は朝から機嫌が悪かった。


監督の愚連京介がまた行方不明なのだ。


昨日夜中3時頃まで飲み屋にいたのはわかってるが、それからの消息が分からない。


スタッフ達も崎守の制極界がより強力になってるのが分かる。誰も彼女に近付かない。


さすがに助監督の代わりを任されてるベータは崎守に近付き「崎守さん今日はとりあえず解散しましょう。監督がいないと先に進めない」


崎守女史は腕を組み直し「そうですね。監督を探します」そう言ってモデルのような美脚で立ち去る。


猛暑の真夏日。太陽がやけに眩しい。ベータは天然水を呷る。




希林直美先生は昼間からショットバーでビールを飲んでいた。


もちろんまだ開店前である。


イケメンバーテンダーが特別に開けてくれたのだ。


「希林さん彗星の話知ってます?」


「ハレー彗星?」


「いやもっと厄介な彗星で、地球に近付いてるみたいです」


「地球に衝突するの?」


「その辺の情報が曖昧なんですよね」


「ふーん。あんまり穏やかな話じゃないね」





実際に彗星は地球に近付きつつあった。月でアルテミスとアポロンとアテーナーはモニターで彗星の様子を伺っていた。


「人類最大の試練かもしれんな」


アポロンは地球を見つめる。


2020(R2)6/12(金)













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