第3回サイレントイグニッション

2年C組登戸源氏と雨宮季理絵は手をつないで、多摩川の河川敷を歩いていた。


登戸は野球部の7番ショートである。この1年半で10本くらいホームランを打ってる。4番キャッチャー堂見の14本に次ぐ本数だ。ただ調子の波が激しく、打率も通算で2割4分8厘と低迷してる。


野球部は3年がほとんど引退してしまってる。9番までほぼ2年で構成される。今日は練習は休みで、雨宮と一緒に居れるわけだが、彼女は短髪で、映画女優のように目鼻立ちがはっきりしてる。


夏休みが始まって、半月8月の初旬である。朝の11時。中途半端な時間帯である。昼ご飯まで少し時間があり、微妙に腹が減ってくる。


登戸は雨宮を自転車の後ろに乗せ、口笛を吹きながら、のらり、くらり……。


この2人はほぼ言葉を交わさない。雨宮が無口ということもあるが、登戸は雨宮の横顔を見てるだけで飽きなかった。


雨宮はクラスでも静かで目立たない生徒で、友達の輪に入っていくことをしなかった。右端の最後尾の席でいつも俯いてる。


登戸は窓際から彼女のことを見ていた。まるでエヴァの綾波レイだな……登戸は彼女の席へ近づき「昼ご飯一緒に食べない?」と言うと彼女は猫のような目で登戸を見つめた。これが2人のはじまりだった。


お気に入りの珈琲屋でランチを食べる。雨宮はきのこパスタが好きなようだ。


パスタの後の珈琲が絶妙に旨い。夏でもホットを頼むのが2人のこだわりだった。


店を出てからも、2人は自転車でのらり、くらり……。


夏なのに雨宮季理絵は春のような陽だまりのイメージが強い。


彼女の前には言葉は意味を失くしてしまう。


登戸は改めて自分の日本語力の拙さを痛感する。彼女との無言のコミュニケーションの中で、言葉の持つ嘘の力が強大と知ったからである。


登戸は雨宮と付き合うようになって、詩でも紡ぐように言葉による表現をシンプルにするか?その命題を深めていった。だから国語の時間などは集中して授業に取り組んだし、日本語を勉強することがこんな楽しいと思ったことはかってなかった。今迄自分は何をしていたんだろうというほどのありふれた発見でもある。


言葉による無限の可能性……いくら掘り返しても終りはない。


雨宮とよく図書館で勉強するのだが、彼女はいつもユニークな本を選んで読んでる。彼女の言葉のセンスは自分より頭一つぐらいは突き抜けてると感じる。


そんなわけでお互いの感性を高めていける関係。言葉少なだが登戸は満足していた。





2年C組で”無言の貴公子”と称される欅坂蓮次郎は校庭のベンチで登戸と雨宮がイヤホンを共有して仲良く音楽を聴いてる所を見て、可愛いカップルだなと思った。


校庭は閑散としていた。スピーカーから抑え目の音でビートルズが流れてる。”I'LL FOLLOW THE SUN”だ。続けてカーペンターズの”GOODBYE TO LOVE”が続く。黄昏てる時間帯にはフィットする選曲である。


欅坂蓮次郎は今日も姉の加寿美と食事にいくつもりだ。今付き合ってる彼と一緒だけどいい?と聞いてきたから、別に構わないと言ってある。


恋愛か~恋愛ね。この学校も何組かカップルはいるけど、自分に当てはめると、今一つピンとこない。


姉の加寿美は「あんたは落ち着きすぎてるのよ、女子大生でも狙えばいいじゃない」と恋愛推奨を繰り返す。


周りが大人の女性ばかりだから同年代の女子に興味が持てないのだろうか?昔から加寿美の友達に可愛がられて育ってきたので、同年代の女子とどう付き合えばいいのかわからない。


そもそも大人の定義ってなんだろう。何歳から大人になるんだろう……。


加寿美に言わせれば、私の歳でも子供のままの人は多い……旦那も40越えてるけど精神的にはガキだと言う。40歳でもガキなのか?要は誰もが大人の仮面を被った子供ということなのか?そう思うと気分的には楽になる。


自分は16歳だが、20歳くらいに間違えられることもある。自分は大人の仮面を被っていたんだ。意識はしてなかったが……。


恋愛経験はあるが、長持ちした試しがない。やはり年上のほうが合ってるのかな?


夕陽がオレンジ色に染まっていく……スピーカーからは手嶌葵の”黄昏”が流れる。


”色の褪せていく黄昏の中、私は一人涙する”……。






2年A組の黄昏の不登校野郎”流水荒太”はやっと1000円カットで散髪を済ませる。「愛しの神は今日もマックに降臨してるかなぁ~」マックの窓際には今日も岸森明日菜はいて、誰かと話してるようだ……。


隣りにいたのは30代の見知らぬ男……ええ~!誰だあの男は?流水は望遠レンズで見てる。


ものの5分くらいでマックを出て、つけてみると富士見通りの公民館の前を左に折れて、人気がなくなると、岸森はその男の体に抱き着き、キスをする。”ガ~ン”流水は頭をハンマーで叩かれたような衝撃を受けた。神と崇めてる女性のキスシーンを見てしまったのだ。


岸森は何度かキスを繰り返し、男と腕を組んで大学通り方面に消えていった。


流水は脱力感に襲われていた。神がキスをしてる……神でもキスくらいはする……神が……受け入れにくい現実だった。


2016(H28)5/10(火)・2019(R1)11/24(日)

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