第48回夢みる幻想郷
9月2日(火)
映画監督愚蓮京介は新作の構想を練ろうとしてパソコンに向かうが、キーボードを触る気にもならなかった。
ひょっとしてスランプなのかなあ?こういう時グイドは療養所へ行って、骨休みするんだよな……。
でもそんなこと崎守女史に漏らしたら一喝されるだろうし、また鼻で笑われるのは目に見えてる。
映画製作ほどの金食い虫もない。次の映画のスポンサーも決まってないのだ。
療養所とまでは言わないが、温泉に行くくらいの骨休みはしたい。
崎守に直訴してみようかな?だが映画製作をポシャッた後始末はほとんど彼女がやったし、最近機嫌が悪いのだ。
直接には言われないが、腹の中では映画監督なんて優雅な御身分ですねと思ってるに違いない。
金には困らないが、明日をも知れん職業だ。崎守にだっていい給料払ってんだから、もうちょっと心優しく接してくれないかな……まああのいい意味でも悪い意味でもクールな女には求めるだけ無駄か……。
ドアをノックする音が聞こえたので、愚蓮は応対した。
「先生、調子はどうですか?」芸能誌の編集者で腐れ縁の修羅悦郎だ。
「よく、このホテルにいるのわかったな?お前の喜びそうなネタはないぞ」愚蓮は背中を向ける。
「映画製作は頓挫したそうですね?」
「相変わらずの地獄耳だな」
「女優の広永玲子が先生を逆指名しましたよ」
広永玲子?ああ……彼女が高校生ぐらいの頃いつか俺の映画に出たいとか言ってたな……もう10年以上昔の話じゃないか?……逆指名ができるくらいの大物女優になってたのか……頼もしいね。
「今映画の話はいい……それよりお前、どこか心が休まる療養所みたいな所知らんか?」
「岩盤浴とかエステとかですか?」
「ちょっと違うんだな……」
修羅は汗を拭い「先生はどっか病んでるんですか?」
「病んでるというより、疲れてる」愚蓮はぐったりと椅子に座る
「先生、話は違うんですが、この辺り霧が濃くなってますね……車もまともに走ったら危ないくらい……」
「霧が出てきてるのは知ってるけど、修羅、ちょっと眠らしてくれ、休憩が必要だ」
ベータは自分が少年時代に目にした情景が浮かぶのがわかった
学校の帰りの坂道、ブランコが片方壊れてる公園、狭い道に列を成す煉瓦の屋根の家々……。
女の子が走ってくる、多分小学2年くらい……岸森明日菜に似てる気がする
「ベータ、また掃除当番さぼったでしょ」女の子は腕を組む
ああ、俺はまた夢を見てるんだな……。
「夢じゃないわよ!早く教室に戻りな!」
女の子は俺のシャツを引っ張る、凄い力だ……。
場面は変わって小学校の校庭で腰を下ろしてる。
西日を背に12人の人のシルエットが見える。
表情は眩しくて見えない。
12人のうちの一人が前に出て、小学2年の自分の頭を撫でる。女性のようだ……。
12人は背を向けて西に向かって消えていく。
さっきの女の子の名前を思い出した。片瀬百合緒だ。小学校6年間同じクラスだった。
サッカーのボールが転がってきた。
「ベータまた約束破ったな、野球カードあげないからな……」
通称ベーヤンこと坂裏隆俊だ。小学2年の頃から野球カードが好きだったんだ……。
「今時間軸というものは意味を持たない」小学校の担任の架橋勲先生だ。
「思い出も意味がなくなるんですか?」
架橋先生はテキストを開きながら「思い出は人の心に絡みつき続ける」
突然照明が消えたように辺りは夜になった。
アルトサックスの心地良い音色が聞こえる。
2か所からサーチライトが点き、金属のセットが照らし出される。
2016(H28)4/17(日)・2019(R1)11/21(木)
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