第6話 魔王と勇者
「ほう、お主が勇者か?名は?」
ラセツに促されて入った空間の一番奥の豪華な椅子に、魔王は座っていた。
その姿は思っていたのと大分違っていて。
ガタイのいいおっさんをイメージしていたのだが、実際は今すぐ胸に飛び込んで抱きつきたくなる程の妖艶な美女だった。
浅黒い肌に黒い髪、切れ長の色っぽい瞳はルビーのような赤。頭の横にはねじくれた角が左右に一つずつ。
ちょっと目に毒なくらいの露出度で、カンタは赤くなった顔を何とかするためにあえて魔王の目をじっと睨むように見つめて、
「カンタだ」
胸を張ってそう名乗った。
「カンタか。悪くない名じゃな。しかし、獣人とは珍しいのう。獣人はずいぶん前に滅びたはずじゃが」
魔王は宛然と微笑み、その微笑みが垂れ流す色気に当てられて、カンタのほっぺがまた赤くなる。
くそぅ、と思いつつ、勘太は負けじと声を張り上げた。
「俺は異世界人だからな!これは神様からもらった姿だ」
「異世界人か……面白い。わしを楽しませてみよ。そうすれば、お前の望みを叶えてやるぞ?」
「わかった。まかせとけ!」
「ふふ、剛毅なことよのう。で、どうする?戦うか?」
「いや、戦わない」
「ん?戦わんのか?」
「ああ。あんたと戦ったら、一分と掛からずに死ぬ自信があるからな!」
胸を張って、勘太は堂々と言い切った。
そんな彼を見て、魔王はふはっと笑う。
「面白い奴よのう、カンタ。勇者なのに、弱いのか?」
「否定はしない。だが、俺の真価は別のところにある!!さあ、魔王。心の準備は出来てるか?」
「もちろんじゃ。わしはいつでも準備万端よ」
「よし!じゃあ、いくぞ!チェンジフォーム・ツー!レディー……ゴー!!」
「ぬおっ、なんじゃ!?まぶしいぞ!?」
その輝きに魔王はほんの一瞬目を閉じる。
そして次に目を開けたとき、目の前に勘太という勇者の姿はなく、そこにはお行儀よく座る子犬……いや、子狼の姿があった。
「わふっ(じゃあ、遊ぼうぜ)」
勘太は傍らの道具袋から、器用にボールを取り出しそれをくわえて魔王の元へ。
彼女の足下にぽとんとボールを落としてきゅーん、と見上げれば、そのあまりの愛らしさに魔王も思わず頬を緩めた。
「なんじゃ?それを投げいというのか?」
「きゃんっ(そうそう、早く投げろよ。ぜってー楽しいから)」
ボールを手に取った魔王を見上げながら、勘太はお尻をあげて勢いよく尻尾を振る。
そんな勘太の姿に、まんざらでも無さそうにニヤリと笑って、
「そんなに投げて欲しいのか?仕方ないのう……ほーれ、取ってこーい!」
思い切り、ボールを投げた。
はじかれたように駆け出す勘太。
転がるように走っていきボールをくわえ、また転がるように戻ってくる。
そんな走るだけでも溢れる愛らしさに、魔王は顔が緩むのを止められない。
戻ってきた勘太は、また魔王の足下にボールを置くと、投げて?と彼女を見上げて小首を傾げる。
そのあまりに可愛らしい仕草に、魔王は即座にボールを拾って投げてやった。
「ほーれ、とってこーい」
勘太は楽しそうにボールをとってきて、
「ほーれ、とってこーい」
魔王が楽しくて仕方ないとばかりにボールを投げる。
よほど楽しかったのだろう。魔王は飽くことなくボールを投げ続け、勘太もそれにつきあった。
が、何事にも限度というものがある。
スキルの制限時間がきて、元の姿に戻った勘太は、床に大の字に寝そべってぜは~、ぜは~と荒い息をついた。
そんな彼を見て、魔王が不適に笑う。
「なんじゃ、もう終わりか?」
「……まっ、まだまだぁ」
気力を振り絞り、勘太は次の姿に変身する。
今度の姿はフォーム・スリーの愛らしい子猫ちゃん。今回は茶虎をチョイスして魔王に挑んだ。
「ふお~。さっきのも良かったが、今度のもかわゆいのう。さて何で遊ぶのじゃ?またボールか?ん?」
手ぐすねひいて待つ彼女の元へ、道具袋から出した猫じゃらしをくわえて持って行く。
棒に結びつけたリボンの先に、振り回しやすいようにネズミの形をした人形が縫いつけてあるタイプのものだ。
「にゃぁ~ん(さ、これで遊ぼうぜ)」
「ほう、この持ち手を持って使えばいいのか」
魔王が猫じゃらしの動きを試すように軽く動かすと、ネズミの人形に入っている鈴がしゃらしゃらと可愛らしい音を立てた。
その動きと音で猫の本能が目を覚まし、大きくなった黒目も愛らしく、うずうずとお尻がゆれて、それにつられて尻尾も踊り出す。
そんな勘太の姿を、魔王は愛おしそうに見つめた。
「よし、では、始めるぞ?ほれっ」
ネズミが右へ大きく動き、勘太もそれにつられて右へと動く。
「次はこっちじゃ!ほれっ」
勘太が捕まえるよりわずかに早く、リボンにひかれたネズミが今度は左に移動する。
もちろん、勘太もそれを追いかけた。
「ほれっ」
「みゃんっ!」
今度は右へ。
「ほれっ」
「んみっ!」
今度は左へ。
魔王は実に楽しそうにリボンを操る。
勘太も、疲れを忘れて無心にネズミを追った。
が、さっきも言ったように、何事にも限度というものがある。
再びスキルの制限時間いっぱい遊んでしまった勘太は、床に倒れ伏して、瀕死の状態である。
変身している間は忘れがちだが、本来のスペックは非常に低い為、変身が解けると一気にしわ寄せがくるという寸法だ。
なんてひどい仕様なんだ、と思いつつ、勘太はどうにかこうにか顔を横に向けて魔王を見た。
にまにまと、楽しそうなその顔が小憎らしい。
魔王の体力的はまだまだ余裕のようだ。
「流石にもう終わりかの~?」
くっそう、と思いつつ、必死の思いで起きあがる。
「まっ、まだだ!まだ、やれる!!」
「くふふ、そんなふらふらでなにが出来ると言うんじゃ。全く、意地っ張りな奴じゃの」
そう言って、魔王は本当に楽しそうに笑った。
その笑顔がなんとも可愛く見えて、
(へっ。じゃあ、もっと楽しませてやろうじゃんか)
と勘太のやる気を奮起させる。
とはいえ、流石にこれ以上の激しい運動はちょっと厳しい。
出来るだけ省エネしつつ、なおかつ魔王を楽しませ、出来ることならば魔王を降参させたい。
そんなことを考えながら、勘太が選んだのはフォーム・ワン。
ちっちゃくて愛らしいハムスターの姿だった。
「ちゅう(よし、最後はこれで遊ぼうぜ)」
可愛らしく鳴く勘太を両手の上に乗せ、
「ふおおおお~……ちっちゃ可愛いのう。真っ黒なつぶらな瞳がたまらんのう」
きらきらと目を輝かせる。
「ちゅっ、ちゅちゅっ?(ちょいまて、魔王。ハムの醍醐味は短い尻尾とぷりケツだぞ?)」
そんな魔王に勘太はくるんと後ろを向いて、己の尻を存分に見せつけた。
「な、なんと愛らしい尻なのじゃ……こんな愛らしい尻を、わしは今まで見たこと無いぞ!?」
「ちゅう~(んな褒めんなよ。てれるじゃねーか)」
勘太は照れくさそうにそう言って、
「ちゅ(んじゃ、はじめんぜ!)」
元気よく魔王の腕を駆け上った。
「ん?なんじゃ??今度はわしの体の上で追いかけっこか?よぉし!!」
魔王の体の上を走り回る勘太。それを捕まえようと追い回す魔王の手。
だが、ちょこまか動く小さな勘太を、魔王の手は中々捕まえる事が出来ない。
「ふぬっ、ちょこまかと!くっ、この!!ま、またんかっ!!!」
魔王の手は少しずつスピードを増し、このままじゃ捕まる!?と思った勘太は服の下も逃走経路に取り入れた。
きわどい場所も遠慮なく走る勘太に、流石の魔王の声にも焦りと甘さが混じり込む。
「あっ、こら!な、なんてところを通るのじゃ!?う、んっ、こ、こらぁ!!」
しばらくそうして追いかけっこを続け、最後には、
「ちょ、まて!そこはダメじゃ!ダメじゃと言うに!!んっ、ふぅ、そ、それ以上は……わ、わかった!わしの負けじゃ。降参じゃ!!」
魔王の口からどうにかこうにかその言葉を引きだした勘太は、再び床に大の字に転がった。
どうにか勝った。
が、もうこれ以上はどうやっても動けそうにない。
目を開けるのも億劫で、目を閉じたまま荒い呼吸を整えていると、頭を持ち上げられて何やら柔らかいものの上に乗せられた。
重い瞼をどうにかこじ開けて見上げれば、真上にあるのは微笑みを浮かべた魔王の顔で。
どうやら俺は、膝枕をされているらしいと思いながら、ぼんやりと魔王の美しい顔を見つめた。
「ったく、最後の遊びはちょっとエッチじゃったぞ?嫁に行けなくなったらどうしてくれるつもりなんじゃ」
唇を尖らせ訴える魔王に、そんなことをいう年でもあるまいにと思いつつも口を噤む。
口に出したら最後、地獄を見ることになるだろうと、何となく予想が出来たから。
「なにを思っているのか予想は出来るが、口に出さぬが賢明じゃぞ?わしとて、乙女じゃからの」
魔王はそう言って、クスクス笑う。
そうやって笑う魔王は、十分に……いや、十分以上に可愛らしくて、勘太はちょっとどぎまぎしてしまう。
(色っぽいのに可愛いって、もしかして最強!?)
魔王は、自分を見上げてくる勘太の頭を愛おしそうに撫でながら、
「のう、カンタ」
そう呼びかけた。。
なんだよ、と答えると、彼女はくすぐったそうに笑い、それから、
「お主、わしのペットにならんか?厚遇するぞ??」
そんな申し入れをしてきた。
だが、それに対する勘太の答えはもう決まっていた。
「悪いけど、それは無理だわ。俺、仲間がいるしさ」
答えると、魔王は少しさみしそうに笑う。
「やはり、魔族は相容れんか?人の方が、良いのか?」
「や、う~ん。そう言うんじゃねぇんだよ。人とか魔族とか、俺はあんまり気になんないし。あんたのこと、結構好きだけど、仲間の事も大切だから、捨てられねぇ。けどさ……」
「……なんじゃ?」
「もしよかったら、俺と友達になんねぇ?」
「友達?お主と、わしが、か?」
「おう。友達なら一緒に遊んだっておかしくねぇし、悪くねぇと思うんだけどな」
ダメか?とじぃっと魔王の顔を見ていると、みるみるうちに彼女の顔が赤くなり、
「くっ、かわゆい顔で見おってからに……」
と、うめくようにこぼした。
そして最後には、
「……仕方ないのう。断ったらお主が可哀想じゃし、友達になってやろうかの」
そう言って、恥ずかしそうにそっぽを向く。
「おう、よろしくな!」
勘太は嬉しそうに破顔し、その体の下でもふもふの尻尾がもっふぁもっふぁと激しく大きく左右に揺れる。
「わしと友達になるのがそんなに嬉しいのか?まったく、可愛い奴じゃの」
からかうような魔王の言葉に、今度は勘太が、うっせぇ、とそっぽを向いた。
そしてそのまま、何かを考えるようにしばらく沈黙した後、不意に真面目な顔で魔王を見上げ、
「あのさ、戦争、つづけんの?」
問いかけた。
魔王は少し考え、それから口元を柔らかく緩め、答えた。
「あれはわしの退屈しのぎに始めたこと。勇者をわしの元へ呼び込むための手段じゃからの。こうして勇者はわしの元へ来て、そのおかげでわしの退屈もどこかへ消えてしもうた。もう戦争する理由など、どこにもないのう」
「じゃあ……」
「うむ。戦争はしまいじゃ。これからも、まあお主がおる限りは退屈しなそうじゃから、少なくともこちらから戦争を仕掛ける事はないじゃろうの」
「そか。じゃあ、安心だな」
「うむ。安心なのじゃ」
二人は顔を見合わせ、同じ笑顔で笑いあった。
こうして。
魔王と勇者は手を取り合い、戦争は終わりを告げた。
無事に仲間の元に戻った勇者は、歓喜する仲間と共に再び冒険の旅へと旅立った。
王城からは、彼を真の勇者と認め、戻ってくれるように再三の要請があったが、勇者がそれに応えることはなく、勇者を慕う王女も彼の元を離れることは無かったという。
その後も各地を回る勇者は、朗らかな笑いと優しい空気を振りまいてたくさんの人に幸せをもたらし続け。
そんな彼の元をフードをかぶった褐色の肌の美女が度々訪れては仲間が不機嫌になり、そのご機嫌とりに勇者は大層苦労したとか。
魔王と勇者の友情は、勇者が寿命で天に召されるまで続き、その間、魔族と人族との戦争は一度も起こることはなかった。
もふもふは正義! 高嶺 蒼 @maru-maru
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