第4話 救出、そして旅立ち

 深夜、勘太の牢の前に二つの人影があった。

 一人はこの国の王女であるファルミナ。

 もう一人は彼女のお付きの騎士で幼なじみのラフィエラである。



 「姫様、本当にやるつもりですか?」


 「もうっ、ファルって呼んでって言ったでしょう?ラフィ。本当に一緒に来るつもりなら、今後は私のことを姫様って呼ぶのは禁止よ」



 ファルの言葉にラフィは小さな吐息を漏らし、それから覚悟を決めたように己の主の名前を呼んだ。

 かつて、主従としてではなく友人同士として過ごしていた幼い頃、そう呼んでいたように。



 「わかった、ファル。これでいいか?」


 「はい、よくできました。じゃあ、さくっとカンタ様を助けて、お城にさよならしちゃいましょう」


 「だが本当にいいのか?一度飛び出したら、そう簡単には帰れないし、大臣の追っ手もかかるかもしれない」



 心配そうなラフィの言葉に、ファルはふんっと鼻から息を吐き出して、



 「そんなの、覚悟の上よ。大臣は新たな勇者を呼ぶつもりのようだけど、カンタ様こそが私の勇者様なの。大臣がなにを騒いでも、魔王退治をしちゃえばこっちのものよ」



 迷い無くそう言いきった。

 そんなファルを見つめ、ラフィは首を傾げる。



 「どうしてそこまで入れ込むんだ?今日、ほんの少し時間を共にしただけの相手だろう?」



 と当然の疑問をぶつけたら、



 「ラフィ!!ちょっと、あなた、ここにきてカンタ様をじっとみてごらんなさい!?」



 埒があかないとばかりにそんな命令が飛んできた。

 見たところでなにも変わらないとおもうがなぁと思いつつ、言い出したら聞かない幼なじみの性格をよーく知っているラフィは、大人しく彼女の指示に従う。



 「さあっ、しどけなく眠るカンタ様をみて、どう思う?」


 「どう思うって、そうだな……髪が黒いな。珍しい色だ」


 「うんうん……ってそれだけ!?」


 「うん?他になにかあるか?……まあ、獣人など見たことないから、耳や尻尾は珍しいとは思うが」


 「えええ~……それだけ?ラフィ、あなた、このカンタ様をみてそんな感想しかないなんて、感性が壊れちゃってるんじゃないの!?」


 「そういわれてもなぁ……じゃあ逆に聞くが、ファルはどうなんだ?この勇者様を見て、どんな感想を抱く?」


 「どんなって、そんなの言葉にしつくせないわ。とにかく、私はカンタ様ほど可愛い……違った。愛らしい……そうじゃなくて、えーと……そう!素敵な方を見たことないわ!!」


 「……ファル、昔から可愛いものには目が無かったな、確か」



 そんな、幼なじみの隠された性癖を思い出しつつ、ラフィは苦笑を浮かべる。

 目の前の牢の中で、己の尻尾を抱えるようにして眠る少年は、確かにまあ愛らしい、と言えるかもしれない。

 きっと、親しみやすく美しすぎないところもいいのだろう。

 ファルは昔から、ちょっと間の抜けた親しみやすさの可愛いものが大好きなのだ。


 仕方ないな、ラフィは微笑む。

 昔から自分はどうもこの年下の幼なじみに甘い。

 彼女を一人で放り出すことなど出来ないし、彼女の望みも叶えてあげたいと思ってしまう。



 (甘いのは分かっているが仕方がない。それが私、なんだろうな)



 懐に入れた人間にはとことん甘い、そんな自覚が山ほどある王女の騎士は、腰の剣をすらりと抜き、鉄格子に向かって鋭く振り下ろした。





 キンッ……金属と金属がぶつかり合う硬質な音が聞こえて、勘太は浅い眠りから覚醒する。

 なんだなんだ?と寝ぼけ眼で顔を上げれば、



 「カンタ様っ!!」



 と飛びつかんばかりの勢いの王女様の姿。

 あれ、夢でも見てんのかな、と片手でこしこしと目をこする。

 が、そうして改めて見直しても、王女様の姿は消えて無くなりはしなかった。



 「んん?王女様がなんでこんなところに?」


 「カンタ様?私のことはファルとお呼び下さいと、お願いしましたよね?」


 「お、おお。そ、そうだったな。じゃあ、ファル様??」


 「ファル、とお呼び下さいね?」


 「えーっと、じゃあ、ファル、さん?」


 「ファル、ですわ」


 「……ファル」


 「なんでしょう?カンタ様??」


 「あ~。ファルはどうしてここに??」


 「もちろん、カンタ様を助けにきたんです」


 「お姫様なのに、なんだってそんな??」


 「だって、カンタ様は私の勇者様ですから。助けるのは当然です」


 「でもなぁ。俺を助けたら、お姫様……じゃなかった。ファルの迷惑になんだろ?」


 「平気です!覚悟は決まってますし、強力な助っ人も用意しました」


 「覚悟は決まってるって……ってか、強力な助っ人?」


 「はい。幼なじみの親友で、私の騎士でもあるこちらのラフィエラです」



 じゃん、と言わんばかりの勢いで紹介してくれたが、当の本人は刃先の折れた剣を持って涙目で崩れ落ちていた。



 「って、ええええ~??ど、どうしちゃったの?ラフィ!?」


 「け、剣……私の剣が、お、折れ……お、おのれぇぇ。たかが鉄格子の分際で」


 (ああ~……さっきのキンッて音、その人の剣と鉄格子がぶつかった音だったんか……ご愁傷様)


 「ちょ、ラフィ。貴方が鉄格子切れるって言ったから、鍵を探さずにこっちに来たのに!ど、どうするの??」


 「ふ、ふふ。こうなったら意地だ。幸い、折れたのは刃先のみ。剣が根本からぽっきりいくまで、私は諦めない!!」


 「ラ、ラフィってば、意地を張らずにもう一度見張りの詰め所に戻って鍵を探してきましょ?ねっ??」



 そんな会話を聞きながら、勘太は己のスキルを使ってみたらどうかと思いつく。

 確か、レベル1で変身できるモフモフにいいのがあったはずだ。



 「ファル。ちょい待って。俺のスキルを試してみる。うまくいけば、鉄格子このままでも抜け出せるかもしんない」



 そう言って、勘太はスキルを使うために精神を集中した。

 そして。



 「チェンジフォーム・ワン!レディー……ゴー!!」



 微妙にこっぱずかしい決まり文句を叫び、指定されたポーズを決める。

 恥ずかしかったが、これをやらないと変身出来ないようだから仕方ない。


 ポーズを決めた瞬間、勘太の体がまばゆく光った。次の瞬間、そこにいたのはちんまりもふっとした生き物。

 ちょいんとした短い尻尾とお尻がなんとも愛らしい、ハムスターの姿だった。

 ゴールデンではなくジャンガリアンなのは、勘太のこだわり。

 昔から、ハムスターの中ではジャンガリアン派だったのだ。



 「ちゅ~(やったぜ、成功だ!)」



 喜びの雄叫びを上げ、勘太は悠々と鉄格子の間を抜けて牢を出る。

 そして、するするとファルの体を上って彼女の肩にちょんと乗っかった。



 「な、なんて可愛らしい……も、もしかして、カンタ様、なのですか?」


 「ちゅっ(おう)」



 その問いに頷きを返すと、ファルの顔がぱああっと輝く。



 「ふ、普段も十分に可愛らしいのに、こんなに可愛い生き物にも変身できるなんて……やはり、私の勇者様はカンタ様しか考えられません」



 感極まったようにそう言って、きりりと表情を引き締めたファルは、まだ復活しないラフィのがっくんがっくん揺さぶった。

 そして正気に戻ったラフィと共に、何食わぬ顔で城内に戻り王族のみが知る抜け道をつかってまんまと城の外へ。

 こうして無事、カンタの救出作戦は成功をおさめたのだった。

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