第3話 国王謁見からの…

 そうして連れてこられたのは、きらびやかな謁見の間。

 一段高いところに設えられた豪華な椅子に座るのが、恐らくこの国の王様なのだろう。

 栄養状態が縦じゃなく横に作用したのか、丸まるとした王様はもちっぴちっとしてなんだか妙に可愛らしかった。



 (俺はもふが好きだが、もっちりむっちりも意外と悪くねぇのな)



 勘太の中の新たな扉を開いた王様は、やっぱりさっきのお姫様同様、ものっすごく驚いた顔をしていて。



 「お父様、こちらが勇者様ですわ」


 「ほ、ほんとーにその方がそうなのか?」


 「ええ。私の目の前で召還の魔法陣から出て参りましたから、間違いございません」



 そんなやり取りの後、王女様はにっこり微笑んだ。

 その答えに王様はぬぅ、と唸り、



 「異世界から勇者をお呼びしたはずなのに、何故遙か昔に絶滅したはずの獣人が召還されておるのじゃ~!」



 とお叫びになられた。

 そのまま放っておくのも可哀想なので、勘太は王様の誤解を解くべく口を開く。



 「あ、俺、異世界人です……って、俺、獣人!?……ってか、獣人、絶滅してんの!?」



 ただ誤解を解くだけのつもりだったが、少し遅れて頭が理解した驚愕の事実に、最後は絶叫していた。

 その叫びにびくっとした王様が、



 「な、なんと!ちゃんと、異世界の勇者様でしたか。で、ですが何故そのようなお姿で?」



 ちょっとおどおどしながら質問してきたので、



 「あ、それは、もふもふ好きだからもふもふにしてくれって俺の願いを神様が聞いてくれて……」



 ついうっかり、素直に答えてしまった。

 やべ、男のもふもふ好きって格好悪くねぇ?と慌ててお姫様の方をうかがったが、なぜか微笑ましそうにニコニコしていたから、きっとセーフなのだろう。

 王様は、勘太の答えを吟味するようにふむふむと頷いた。



 「ほう。では、本当にあなた様は異世界からの勇者様なのですな?」


 「勇者かどうかはわかんねぇすけど、異世界人なのは確かです」



 王様の質問に、勘太は無難にそう返す。



 「ふむぅ」


 「陛下、あの少年が勇者様かどうかは、ステータスを確認すれば一目瞭然かと」



 王様が唸り、その隣にいたひょろ長で感じ悪い目つきの男が、勘太をちらりと見ながら王に進言する。

 それを聞いた王は、ぽん、と手を叩き、



 「なるほど。それもそうじゃ。これ、能力確認の水晶を勇者様の元へお持ちせよ。姫や、あちらに行って勇者様のステータスを読み上げてくれるかのう?」



 周囲にそう指示を出すと、傍らの娘を見上げてそう言った。



 「かしこまりましたわ、お父様」



 ファルミナはにっこり笑って了承し、勘太の方へとしずしずと歩いてくる。

 こちらの世界の下着とはどうなっているのだろうか。

 ぶ、ぶらじゃあとかないのだろうか。

 そう勘太に思わせるくらい、しずしずとおしとやかに歩いていてもなお、ファルミナのお胸の揺れは何とも悩ましかった。


 だが、流石にこんな注目されている真っ最中に、お姫様の胸を凝視している訳にもいかず、勘太はお行儀よく目を泳がせる。

 そんな勘太を、ファルミナは微笑ましそうに見つめていた。





 しばらくして、運ばれてきたのは大きめの水晶で。

 二人がかりで運ばれてきたそれに手を乗せるように促され、大人しく従う勘太。

 ひんやりした水晶に手を置いたまま黙っていると、



 「勇者様、ステータス・オーブン、と」


 「えーと、ステータス・オープン?」



 ファルミナの可愛い声で耳打ちされたので、勘太は言われるがまま、その言葉を口にした。

 なんだか、ゲームみてぇな、と思いながら。


 すると、勘太の目の前に半透明のウィンドウが浮かび上がり、同時に水晶にもなにやら文字が浮かび上がる。

 水晶の文字は訳が分からないものだったが目の前のウィンドウのはちゃんと日本語で。

 そこに細々と勘太のステータスが記されているようだった。



 (でもま、読むのめんどいし、お姫様に読み上げてもらうの聞いてりゃいいか)


 「よし。では姫よ。読み上げておくれ」


 「はい。え~と、お名前は、イケガミ・カンタ様……」


 「おう!カンタの方が名前な。気軽にカンタって呼んでくれよ」


 「なるほど。では、これからはカンタ様、と呼ばせていただきます」



 ファルミナはにっこり笑い、呼び捨てでいいんだけど、という勘太の言葉は華麗に無視された。

 そしてそのまま、次の情報を読み上げ始める。



 「えーと、続けますね?次は職業ですね。職業は……え?」



 そこまで言ったところで、水晶を見つめたまま姫が固まった。



 「どうしたのじゃ、姫よ」


 「あ、いえ。すみません、お父様。で、では、職業を読み上げます。カンタ様の職業は……」


 「ふむ、職業は?」


 「せ、世界最強のもふもふ。一応勇者、です」


 「ふむっ!?」



 王様の目が点になった。ってか、王様だけじゃないけど。

 正直、勘太も目をまあるくしてしまう。なにそれ、そんな職業ってありなの!?と。



 「……い、一応勇者とあるからには、一応は勇者なのでしょう。では、姫様、次はスキルを。勇者様と言うからには、二つと無いすばらしいスキルを授けられているはずです」


 「そ、そうですね!えーと、スキル……スキルは……あ~……」



 王様の近くの陰険ノッポに促され、勘太のスキルを読み上げようとしたファルミナは、何とも言えない表情で助けを求めるようにノッポの方を見た。



 「さ、読み上げて下さい」



 だが、陰険ノッポはそう促すばかり。

 ファルミナはもう一度水晶に目を落とし、ちらっと勘太を見た後、腹を決めたように、



 「ス、スキルは、無敵もふもふ七変化、です」


 「もふっ!?」



 一気にそう読み上げた。

 ってか、王様。驚きすぎて変な声が漏れてるよ?と内心つっこみつつ、勘太は転生の際に出会った神様の事を思い出していた。



 (いや、確かにさ?確かに、最強無敵のもふもふになりてぇって言ったよ?言ったけどさ~、なんつーか……すっげぇ適当な神様だな!?)


 「無敵もふもふ七変化……どんなスキルなんでしょうなぁ?」



 陰険ノッポがじいぃっと勘太の方を睨みながらそんな言葉。



 「さ、さあ……」


 「お、俺にもさっぱり……なんせ、こっちにきたばっかりなもんで」



 ファルミナが困ったように首を傾げ、勘太は勘太でそう返すしかない。

 ぶっちゃけ、スキルの効果など、こっちが教えて欲しいくらいである。



 「……そうでしたな。一応勇者様は、召還されたばかりでしたなぁ。仕方ありません。姫様、最後に基本ステータスの読み上げをお願いいたします。一応、仮にも勇者様なのですから、たとえレベルが低くとも、我々とは隔絶した数値のはずですから」


 「あっ、あっ、そ、そうですね!!そうですよね!!!えっと、基本ステータス、基本ステータスは……」



 陰険そのものなノッポの言葉にすがるように、ファルミナは水晶に視線を落として再び固まる。

 それからそろそろと、陰険ノッポの顔を見上げた。

 これ、本当に読まなきゃダメですかと言うように。

 それをみたノッポは意地悪そうな顔でつかつかと歩いてきて、ひょいと水晶をのぞき込んだ。



 「……ほほう。これはこれは」



 陰険ノッポの眉がきゅっと吊りあがる。



 「あ、あの、大臣?その、で、出来れば穏便に。ね?」



 勘太をかばおうとしているのだろう。ファルミナが、陰険ノッポにそう進言する。

 陰険ノッポは、どうやらこの国の大臣のようだ。



 「姫様、真実は真実として告げねばなりません。が、姫様はお優しいのでお出来にはならないでしょう。ですから、姫様の代わりに大臣である私から申し上げます」


 「ふむ、申せ」


 「こちらの、一応勇者様の基本ステータスですが……」


 「どうしたのじゃ?あ、あまり高くないのか?我が国の一般兵士並なのか?」


 「いえ……」


 「そ、そうじゃの。流石にそこまで低くは……」


 「それ以下でございます。知力体力魔力その他諸々、すべて並以下。我が国の兵士どころか、戦いとは無縁の文官以下……生まれたての赤ん坊レベルと申しても過言ではないでしょうな」


 「はむっ!!??」



 その言葉は余りにショッキングだった。

 勇者だと思って期待していたのに、その能力は並以下……どころか赤ん坊レベル。

 立て続けにショックを受け続けた王様の精神はついに許容量を越えたらしく、きゅう、と意識を失ってしまった。



 「陛下はお疲れだ。お部屋に運んで差し上げろ」



 陰険ノッポ……もとい、この国の大臣様は偉そうにそう命令して王様を退場させた後、改めて勘太に向き合った。



 「残念ですが、我が国に今必要なのは勇者様で、一応がつく勇者様ではありません」


 「……悪かったな、一応がつく勇者で」


 「本当に、残念ですな。おい、この一応勇者様をお連れしろ」


 「大臣!カンタさまをどうなさるつもりなのです!?」



 ファルミナは、勘太が勇者失格の烙印を押されてもなお、かばってくれようとした。

 だが、



 「地下牢にお連れします。姫様はこんな出来損ないの勇者ではなく、次の勇者にお仕えすればよろしいでしょう」



 大臣は無情にもそう告げ、勘太を両脇から拘束した騎士に指示を出す。地下牢に放り込んでおけ、と。

 こうして勘太は、勇者から一転して地下牢の虜囚となったのだった。




 薄暗く、寒い牢獄で。

 勘太は一人膝を抱えていた。

 どうしてこうなった、と今までのことを反芻しながら。


 もふもふなアルパカに追突されて生死をさまよい、神様から異世界転生の打診を受け、アルパカを罪人……いや、罪アルパカにしたくないが故に異世界転生を受け入れた。

 まあ神様が、次はもふもふに、との勘太の願いを叶えると言った事も、要請を飲んだ一因ではあるが。


 おかげで、勘太は無事にもふもふ人生を歩みだした。

 ふわっふわの毛皮に包まれた耳はあるし、もっふぁもふぁの尻尾もある。

 ファンタジー小説ではお馴染みの獣人という種族に、無事転生出来たらしい。

 残念な事にこの世界の獣人はずいぶん前に絶滅して、今いる獣人は勘太一人だけのようだが。


 と、ここまでは、まあ、良かったのだ。

 獣人に、転生出来たところまでは。


 どうやら勘太は勇者として召還されたようで。

 来たばかりで右も左も分からないような状態のまま王様の前に連れて行かれて、ステータスとやらを公開された。

 そしてその結果、お前なんか勇者じゃないやい、と牢獄へ入れられて今に至る。

 正直、お先真っ暗である。



 (くそぅ、そんなにクズなのかよ、俺のステータス……)



 勘太は唇を尖らせた。

 他にやることもないので、さっき王女のファルミナに教わったとおり、



 「ステータス・オープン」



 と魔法の言葉を唱えてみる。

 すると目の前にさっきと同じウィンドウが出てきて、勘太は黙ってそこに書かれた文字を読み始めた。


 確かに正直ひどい数値だとは思う。

 基本ステータスは軒並み一桁で、レベル1だとしても相当低いんだろう。


 職業もひどい。さっきも思ったが、ほんとーにひどい。

 [世界最強のもふもふ。一応勇者]ってなんなんだよって思う。

 せめて、[勇者兼世界最強のもふもふ]とかにしてくれれば良かったのに、と思うがどうにもならないことを嘆いても仕方ない。

 勘太は、次の情報を確認する事にした。

 といっても、残された情報はスキルの情報のみ。


 スキルは一応、ユニークスキルというやつがさっきの、[無敵もふもふ七変化]というやつで、他には[異世界言語]っていうのがあるだけ。



 (うわ~……なんだよ。ダメダメじゃん、俺)



 そう思って顔をしかめたが、それらの情報の更にその下に、まだ項目があることに気がついた。



 (ん~と、なんだ?称号??)



 さっき、ファルミナや大臣は一切ふれなかった項目である。



 (あの水晶には映んなかったのかな~、これ)



 そう思いながら、称号の項目にかかれた文字を読んでいく。

 勘太の称号は二つだけ。

 [異世界転生者]と[もふもふの庇護者]というものである。



 (……名前だけじゃどんな効果があんのかわかんねぇな~。説明とかねぇのかよ、説明とか)



 思いながら指先で[異世界転生者]のところに触れてみた。

 すると、別のウィンドウが立ち上がり、なんと[異世界転生者]説明が現れたではないか。

 そこには、異世界転生した者に与えられる称号で、経験値取得率が倍になると書いてあった。



 (ほほ~。経験値取得率がアップすんのはいいな。レベルがあがりやすくなるもんな)



 ほくほくしながら、もう一つの称号も見てみる。

 [もふもふの庇護者]は、命をかけてもふもふを救った者に与えられるらしい。

 恐らく、アルパカを守るために異世界転生を受け入れた件が効いているのだろう。

 称号の効果は、もふもふからの好感度UP。もふもふ好きの勘太には嬉しすぎる称号だ。

 さっきよりも更にほっくほくしながら、



 (あ、これ、スキルの詳しい説明も見れるんじゃね?)



 と気づく。

 じゃあ早速、とばかりにスキルを確認してみることにした。


 [異世界言語]は文字通り、異世界の言葉が分かるスキル。が、読み書きは出来ない。


 そして問題の[無敵もふもふ七変化]だが、これが意外と悪くないスキルだった。

 その内容は、


 一つ、七種類の異なるもふもふに変身できる。

 一つ、もふもふに変身している間は無敵状態となる。


 と、そんな感じである。

 七種類ものもふもふに変身出来る……これはもふもふ好きとしては非常に嬉しい。

 更に、もふもふの間は無敵だという。

 無敵の間に相手を攻撃できるし、これは実は結構使えるスキルなんじゃないかと思われた。

 ただ、このスキルにはレベルがあり、レベル1の現在、変身できるもふもふは三種類。時間制限もあるらしい。

 どうやらすべてのモフモフを堪能するには、スキルレベルをあげなければならないようだった。


 そこまで読み終えて、勘太は大きなあくびを一つ。

 今日は色々な事があって流石に疲れてきた。

 もう寝よう、と横になる。自分のもっふぁりした尻尾を抱き枕にして。

 そうして勘太は、己の物ではあるが最高級のもふもふを枕に、あっという間に眠りについたのだった。

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