3
午前九時。大帝徳高校グラウンド。
俺達は、そこで相対していた。
「……来たな」
「……来たよ」
花道は相変わらずヘラヘラした表情を崩さない。しかし、瞳の奥は今までとは違う。どこか黒ずんだ何かがあいつの瞳には映っている気がした。
「花道」
「なんだ」
「俺達のことを知っていたのか」
俺のこと、ミコトのこと、必木先輩のこと、そして――あの結末を。
偶象の隣にいたあいつが知らないなんてことはないだろう。
「最近までは知らなったよ。偶象さんに会うまでは」
「……! 奴が、お前に?」
「ああ、そうさ。あの人が全部教えてくれた。不見陀羅教の神様が予言者であること。彼女を利用して必木然子が世界を滅ぼそうとしたことも。――そして、それをお前が邪魔したことも」
「……」
「お前の所為で世界は滅ばなかった」
「……」
「お前が必木然子を倒さなければ、世界はきちんと滅んだはずだ。なのに、なんで邪魔をした」
「……滅んで、ほしかったのか?」
「そうだよ。当たり前だろ? こんなクソみたいな世界滅ぶべきだろ。俺達を認めなかった世界だ。俺達を許容しなかった世界だ。こんな世界に存在する価値はない。なのに、どうしてお前は、お前は――」
「……」
「お前もそうだったはずだ。お前も俺と同じこちら側の人間だったはずだ。世界に絶望して、人生に幻滅して、人が嫌になって、何もかもが嫌いになって、全部壊したかったはずだ」
「……そうだな」
そうだったに違いない。俺は勝手に理想を描いて勝手に幻滅した。そして、全てをわかったふりをして、勝手に一人で嘆いていたんだ。何も知らないくせに、何もかもを否定した。
花道、お前もそうだっていうのか?
「なんで、なんで! なんで邪魔をした! お前だってこんな世界に価値はないと思っただろ⁉」
「そうだ、こんな世界に価値はない。俺達が、価値がないと思わない限り、こんなものに価値なんてないよ」
「わかったようなことを言いやがって!」
「言うさ。何度だって言うさ。価値がないと思うのは、俺達の中にその価値を認める想いがないからだ。だから何を見たって何とも思わないんだ。無感動なんだ。それで、なんでこんなものに人は動かされるんだ馬鹿だな、って、蔑み始めるんだ。でもな、本当に馬鹿なのは、俺達なんだよ。何かを見ているようで何も見ていない。どの方向にも向いてない。ただ目を閉じているだけの俺達が、一番愚かで――悪だ」
「……テメエッ‼」
花道がどすどすと近づいて俺に掴み掛る。俺は抵抗しなかった。
「達観した気になってんじゃねえぞ! お前も所詮ちっぽけで、矮小で、醜い人間だろうがッ!」
掴んだ俺の襟元を揺さぶりながら花道は凄む。普段ならあり得ない形相だ。尋常じゃない威圧感を覚える。けれども、俺にはこいつが泣き喚いて縋りついているようにしか見えなかった。
「お前の言う通りだよ。助けたかった人の力になることもできなかったちっぽけな人間さ」
「じゃあなんでお前は!」
「勘違いするなよ。俺は世界を守りたかったわけじゃない。必木先輩を救いたかっただけだ。結果的に失敗して、こんな風になっちまったけど」
「……は?」
「放してくれ、苦しい」
俺は花道の手を振りほどいた。
「花道。俺はこんな世界に価値があるとは思えない。今でもそうさ。こんなクソみたいな世界は滅んでしまった方がいっそのことマシってもんだ。でも、無理だ。滅ぼすってことは、俺の好きな人達だって死んでしまう。近藤も、生徒会のメンバーも、御炬も――お前も。それは嫌だ。それだけは嫌だ。いくら世界が嫌いでも、憎くても、それだけは嫌なんだ。だから、俺は絶対にしない」
「ああ? ――ああ、そうか」
花道は嗤う。
「お前は手に入れたつもりでいるのか、それを」
「ああ、俺は抱えたつもりだ。大事なものを」
「それは、何よりも大切なものか?」
「それは、何よりも大切なものだ」
「それは、まやかしだ」
「それが、まやかしでもいい」
「お前の持っているそれは偽物だ。そんな偽物で満足しようって言うのか」
「満足できるならなんだっていいさ。それに、これにはお前も入ってるんだぜ?」
「俺はお前が嫌いだ」
「そうなのか。でも俺は好きだぜ」
「はあ?」
「お前が俺をどう思うが関係ない。例え嫌いでも、俺はお前を大事に想っている」
「うげ、気持ち悪い。正気で言っているのか?」
「正気じゃないな。普段なら恥ずかしくて言えない」
「気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い――気持ち悪い。なんだお前は。なんなんだお前は。どうしてそんなことを言えるんだ」
「どうしてだろうな。言わないといけない気がしたんだ」
「……もういい」
不機嫌そうに舌打ちをして花道は一旦話を打ち切った。
「もうわかった。お前は結局、その程度だったということだ。僕はお前とは違う。僕はお前よりも強い。お前ができなかったことを僕がやる」
「……して何になるんだ」
「はっ、お前も馬鹿だな。存在の証明。能力の誇示。僕は知らしめる。僕が何よりも強いってことを」
「その借り物の力でか?」
「うるさい!」
左頬を殴られた。痛い。
「これは僕が認められたから得られた力だ! お前みたいに運が良いだけの男とは違う。違うんだ! 僕は違う! 埋没した平凡な人間じゃない! 僕は特別なんだ!」
「そうかい。そりゃよかったな」
今度は右頬を殴られた。痛い。仰け反りそうになるが我慢する。
「僕はお前を超える。全てを超える。そして、分からせてやる。僕が誰よりも強いってことを!」
「そんなことに拘るのか」
「そんなこと? そんなことって言ったか? ああ⁉」
「言ったよ。言ったさ。なんでお前がその程度のことに拘っているんだ、って」
「お前に何が分かる!」
顔面を思い切り殴られた。今度は衝撃で仰け反りそうになるなんてレベルじゃない。後方に吹っ飛んだ。少しの間飛翔した後、転がるように地面に叩きつけられる。
間違いない。花道も神の力を持っている。偶象から受け取ったのだろう。
「痛ってーな」
ずきずきとした痛みに耐えながら立ち上がる。
「花道、お前の言いたいことは大体分かったよ。分かった上で言うよ。くだらない。くだらないよ。花道、そんなことで悩んでたのか」
「お前に僕の気持ちが分かるものか」
「分からないな。さっぱり分からない。お前の気持ちなんて全然分からないよ。でも、今のお前によく似た奴の心理なら、よく分かるぜ」
自分が特別な人間だと思い込んで、信じ込んで、つけあがった馬鹿を一人、俺は知っている。
「お前は――俺だ」
きっと。
きっと、お前は必木先輩に出逢えなかった俺なのだろう。
誰も信じず誰にも信じられなかった、俺なのだろう。
「はあ?」
花道はわけがわからないといったように方眉を上げてお手上げのポーズをしてみせた。
「僕が、お前だって? 何言ってんだ」
「何言ってんだろ。俺にも分からない。でもさ、お前のことが好きな理由がこれで分かった気がする。放っておけないんだ。無視できないんだ。どうしても、お前のことが鼻につく」
「……」
「お前もそうなんだろ花道。だから、こうして俺を呼んだんじゃないのか」
「まあ、そうだよ。目障りだから、潰しに来た」
「そうか。じゃあ戦おうぜ。俺も丁度、お前をぶん殴りたくなったんだ。お前の言っていることは正しい。理解できる。同感できる。賛同する。だが、気に入らない。気に食わない。お前の正しさは俺にとって不愉快だ。だから、ぶん殴る」
「はっ、言ってることが滅茶苦茶だぞ。――でも、いいだろう。僕とお前の差を、見せつけてやろう」
お互いに正面を向き合い、相手を睨み付ける。
「思えば、殴り合いの喧嘩をするのなんて、何年ぶりだろう」
「お互い、そんなことができる友達なんていなかったしな」
「今だっていないだろ」
「うるせーこれから作んだよ」
「お前には無理さ」
「やってみないと分かんないぜ」
「でも」
「とりあえず」
「「お前だけは、ブッ飛ばす」」
戦争が、始まった。
「んがっ⁉」
最初に空を飛んだのは俺だった。思ったよりも速いスピードで花道がアッパーを繰り出した。避けられずモロに顎へクリーンヒットして打ち上げられる。なんだこれ? 格ゲーか? ここから空中コンボでも決められんのか?
「ごへぇ⁉」
空中コンボを決められた。浮いた俺の腹に一発足を蹴られ二発。そこから更に肘打ち裏拳一回転踵落とし。おいおいおい。いつの間にそんなコマンド覚えたんだお前。しかもその技発生早くね? 猶予フレーム絶対長いよね。じゃなきゃそんなに派生しないよね普通。
「あばっ」
勢いよく地面に叩きつけられる。ふざけている場合じゃない。死ぬ。殺される。
「おらぁあ!」
花道は倒れた俺を踏み抜こうと足を振り下ろす。
「あぶねえ!」
それを横に回転しながら避け、その勢いで起き上がる。
「しぶといな」
「それでも格ゲーならゲージの八割は持っていかれそうなコンボだったけどな」
「十割じゃなかったのが残念だよ」
「同人ゲーかな?」
俺はいつの間にMUGENの住人になったのだろう。死んでも移住は勘弁願いたい。
「次は、こうだ!」
花道は先程と同じ速度でこちらに殴りかかってきた。速い。速い……が、
「え?」
次に宙を舞ったのは花道だった。悪いな花道。お前は確かに強い。しかし、俺はお前よりも強い奴を一人知っている。
「必木先輩と比べてしまえば――この程度だよな」
花道は今も浮いている。俺がやったことは簡単だ。殴りかかってきた花道の拳を躱して、腕を掴んで投げた。それだけだ。でも、それだけでも十二分に花道は吹っ飛ばせる。
「武道や合気道の応用。相手の力を利用しての攻撃。必木先輩の得意技。……いや、あの人は強引に投げ飛ばしてただけのような気もするけれど」
「ごふっ!」
バァンと校舎の側面にへばりついた花道は、ぱらぱらと瓦礫と共に地面に落下した。
「っはー。卑怯なのは変わらないな。いつもそうだ。先公の顔色を窺う時間があれば復習でもしたらどう? ええ? そんなんだから単純な書き取り問題でミスるんだよねえ国語九十八点君?」
覆いかぶさった瓦礫を押しのけて花道は立ち上がる。花道の軽口を聞く限り、奴にあんまりダメージを与えられてないのが分かる。
「卑怯とはなんだ。これも立派な技の一つですぅー。教師の趣味嗜好を把握して問題予想するのも試験の一環ですぅー。お前はそれをせずにずっとテキストとにらめっこしてるから簡単なひっかけ問題に足元を掬われるんだよなあ数学九十六点?」
花道に対して俺もそう言ってみせた。お互い、試験結果は覚えている。知り合ってからずっと点数勝負をしてきた。二人とも相手は何が得意で何が苦手かは熟知している。
「はっ、言ってろ言ってろ。そのうち減らず口が叩けなくしてやる」
「残念だったな。これから死ぬほど聞くことになるぜ」
「「おらァ!」」
お互い相手の下へ全力疾走して掴み合いになる。
拮抗するかと思ったが、腕を捥がれるかと思うほどの強い力で花道に地面に叩きつけられた。あー、地面が冷たくて気持ちいい。砂利さえなければ快適だな、うん。この凹凸さえなければ。クソ痛えなこれ。
「へっ、どうしたぁ? 脳みそだけじゃなく筋肉にまで穴が開いてるのかお前はァ?」
「うぐぐ……」
一瞬いけるかもとと思ったが間違いだった。単純な力比べでは花道の方が圧倒的に強い。おそらく神の力の差だ。あのテレビジャック。あれの所為で本来ミコトが持つ信仰心の多くが花道へと移動したのだろう。不見陀羅教の分の信仰心は残っているらしいものの、予言者によって得た信仰心の方が数は圧倒的に多い。俺の力はミコトによって一時的に借りているような状態なので、ミコトの弱体化が俺の身体能力にも影響が出ていると考えれば、花道の方が有利なのは当然だ。
「寝てる余裕はないぞぉ!」
花道が俺の脇腹を蹴り飛ばした。二、三回地面をバウンドして、ゴロゴロと転がりながら俺は床に這いつくばることになった。
「ごふっ……」
口から血が垂れる。体はまだまだ頑丈で肋骨は折れてはいないが、衝撃が内蔵によく響く。胃の中身どころか胃そのものまで吐き出してしまいそうだ。
「……って、血?」
そこで、俺は気付く。
両手を顔の前に持っていくと、掌が真っ赤に染まっていた。
さっきまで転がっていたルートを見てみると、地面には断続的に血の跡が付いている。
俺の全身に擦り傷が溢れ、そこから血が流れだしていた。
(おかしい。必木先輩との戦闘の時でさえ血が流れることはなかった。身体能力だけじゃなく、頑丈さも大きく弱体化している。まずい。これでは本当に――死ぬ)
嫌だ。死にたくない。そう思った。
死ぬこと自体が怖いわけではなかった。勿論未練はあるし、できれば生きていたいとは思う。でも、人間はいつか死ぬものだ。だから死ぬことは受け入れられる。だが、今死ぬのは勘弁だ。俺にはまだやることがある。それが終わるまでは事切れるわけにはいかない。花道にだってちゃんと伝えられていないのに。俺は御炬に、言わなきゃならないことがあるのに。
「花道……」
立ち上がる。体が悲鳴を上げているのが分かる。関節はミシミシと唸り、全身の皮膚は赤い涙を流している。中身だってグチャグチャで、ちゃんと内臓が本来あるべき場所に収まっているか不明だ。ぶっちゃけ、自分自身なんで生きているのか理解できない。
「はん、爽快だよ。いつも澄ました顔のお前がここまでボロボロだと、清々するね」
「そりゃ、良かったぜ。……なあ、花道さんよ」
「なんだい? 諦める気になったか?」
「俺と――友達になってくれ」
「……はあ?」
「俺と、友達になろう。俺と話そう。俺と笑おう。俺と一緒に――生きよう」
「なんだお前、ダメージがとうとう頭の中身にまで達したのか? 正常な判断ができてないんじゃないか?」
「正常な判断なんて、随分前からできないぜ」
花道と出会ったあの時からきっと。
まともな判断なんて、できやしなきった。
一度たりとも。
そして、これからだって。
「俺は――お前が好きだ。お前と一緒にいたい。これからずっと、お前と一緒にくだらない話をしながら、笑い合いたい」
「気持ち悪っ。お前、そういう趣味だったのか? ボロボロになって死にかけて、言うことがそれか?」
「お前がそういう意味に捉えたんなら、それだけ俺が本気だってことだ。恋愛関係だろうが友人関係だろうが、結局のところ大事な人間関係なことに変わりはない。だから、本気で言うんだ」
俺にとって、大事なものだから。
伝えなきゃならないんだ。
好きなんだ。
どうしても。
どうしようもなく。
暑苦しく蝕むこの感情が。
俺にそうさせるんだ。
それ以外の言葉を知らないから。
それ以外に伝える手段が分からないから。
だから――気持ち悪いかもしれないけれど、俺は言うことにするよ。
「俺はお前が好きだ」
「黙れ!」
花道は激昂する。づかづかと荒々しく近づいてきて、再び俺の胸倉を掴んだ。
「僕はお前が嫌いだ!」
「知ってるよ。それでもいいさ」
「お前の友達なんて死んでも嫌だね! いや、自分が死ぬくらいならお前を殺す! そうさ! 僕はお前を殺すために、既に死んでいることを分からせるためにここに呼んだんだ! ここで誰にも認められず誰にも褒められず誰にも理解されず死んでいけ!」
「殺したいなら殺せばいい。でも、その前に、友達になってくれ」
「はあ? そんなの、肩書だけだ。そんな肩書に意味はない。そんな肩書を持ったところでどうにもならない」
「意味ならあるよ。こいつが俺の友達だと胸を張って言える。自慢できるじゃんか。なら、それだけでも俺は嬉しいね」
「本当に気持ち悪い奴だなお前は!」
殴られた。痛い。全身の力が抜けて跪く。花道が胸倉を掴んでいなかったらそのまま倒れていた。跪いて倒れそうになった俺を花道が無理矢理支えているような図になった。
「……お前は、お前は、なんでそうなんだ」
「知らないよ。俺に訊かないでくれ」
顔だけ上げて花道を見上げる俺。俺を掴んで見下す花道。
勝敗は既に決している。
勝ったのは――
「花道、なんで泣いてるんだ?」
俺の顔にぽつぽつと滴が落ちる。花道の目からは少しずつ涙が溢れてきた。
「お前はなんで、そんな状態でもまだ平気でいられるんだ」
「平気じゃないさ。今にも死にそうだよ」
「お前は、こんなにされても、僕と友達になりたいのか?」
「当然だ。俺だって友達くらい選ぶ」
「こんな僕が――好きだって言うのか?」
「ああ、そんなお前が――好きだぜ」
「こんな僕の何処が好きだっていうんだ」
「お前はめんどくさい女かよ。何処が好きかなんて俺には分からないぜ」
「僕は、顔が悪い」
「知ってる」
「僕は身長が低い」
「知ってる」
「僕は卑屈だ」
「知ってる」
「僕は意地が悪い」
「知ってる」
「僕の代わりなんて幾らでもいる」
「知ってる」
「僕より優れた人間だっている」
「知ってる」
「僕はお前が嫌いだ」
「……知ってる」
「それでも、僕と友達に?」
「それでも。お前と友達に」
「……わけが分からない」
「俺だってそうさ。何故お前が好きなのか。友達になりたいのか全然分からない。でもな、それでいいんだよ。お前は確かに顔が悪いし身長は低いし性格は卑屈で底意地が悪い。お前の代わりになれる人間も、お前の上位互換もこの世に溢れるほどいる。だが、
――それはお前を好きにならない理由にはならない」
近藤のあの言葉で、はっとした。
俺だってそうだった。
理由が分からないけれど大切なものが俺にはあった。
「これが惚れた弱みってやつか。お前のこと、ぶっちゃけ全然気に入らないタイプだけれど、気にならないぜ。あー、困ったな。俺にも訳が分からないんだ。でも、それでもいいよ。大切なんだってことが分かればそれだけで。十分さ」
「……」
「花道、俺と友達になろう」
右手を上げる。力が入らなくて弱弱しかったけれど、花道の前まで持ってこれれば十分だ。あとは、花道がこの手を握るだけ――
「……」
「……花道?」
花道は俺の手を払った。
「僕は、お前と友達にはなれない」
「……そうか」
「でも、いつか。何処かここじゃない遠い場所で。もう一度会ったのなら。その時は考えてやろう」
「……そうか」
「だから、僕は先に行く。お前も、後で来い。待ってるからな」
花道は俺を吊り上げるように持ち上げて、放り投げた。
「⁉」
勢いがない。それは攻撃ではなくて単純に距離を離すためのものだった。
「花道? どうし――」
問いかけようとしたその時、
空から降ってきたそれが、花道の真上に落下し、彼の頭を踏み抜いた。
「おや、不要物を処分しに来たのだが、こんな処で会うとは――偶然だな」
偶象然盛に踏みつけたものを気に留める様子は一切ない。まるで本当に偶然街角で出会ったかのような口調で俺に話しかけた。
今、彼の足元にある花道だったものが、最初から存在しなかったかのように。
路傍の石でも蹴り飛ばしたかのように。
彼はそれを見ることさえ、しない。
「偶象ォぉおおぉぉぉおおぉぉぉぉぉぉぉぉおぉぉおおおぉおおおお‼」
立ち上がる。それだけでも精一杯だった。拳を握りしめ、力を振り絞って怒声を上げて俺は立ち上がった。
「なんだその顔は。まるで仇を見たかのような、恐ろしい顔つきだぞ」
「偶象ォ! 足をどけろッ‼」
「ん? これか? このゴミが、君にとってはそんなに大切だったのか?」
「~~ッ‼」
怒りで体が震える。今までの人生でここまで激しく激昂したのは初めてかもしれない。
しかし、偶象はそんな俺を見ても気にすることはなく、
「彼は既に死んでいる。それを私が力を与えて生かしてやっただけだ。死者が土に還っただけ。正しくあるべき方向へ彼が導かれただけだ。それがそんなに気に入らないか?」
「あったりまえだッ! あいつが死んでいるならば、そのまま寝かせてやればよかったんだ! それをわざわざ起こして働かせて、挙句の果てに踏み潰すのかよテメエは!」
「利用できる物を最大限利用しただけなのだがな。まあ、所詮ゴミはゴミ。君を葬るまではいかなかったようだ。おかげで私がこうして慣れもしない荒療治に出ることになったよ」
「わざわざ殺されに来たってのか」
「今にも死にそうなのは君の方だがね。しかし、私は君達とは違って戦闘能力はない。今の君でも殺そうと思えば簡単に私を殺せるだろう」
「じゃあ何故来た!」
「始末をつけに来た。彼が失敗したのなら、私が君を殺す。――このようにして」
「っ⁉」
突然、視界が歪んだ。体が限界なのもあるだろうが、タイミングや始めて偶象に会った時に同じようになったことを考えれば偶象がやったものと考えるのが自然だろう。
「な、にを……っ」
「私の能力は特殊でね。人の精神や身体に介入できる代わりに人間が殺せないことになっている。私に殺人は不向きだったというわけだ。だから、私が人を殺そうと思えば少し面倒な手続きを踏まなければならない」
「……?」
「今から君には私が作った世界に入ってもらう。その世界で死んだ人間は現実世界でも死ぬ。或いは既にこの世には存在しない人間だ。ちなみにその世界には殺人鬼がいてね。そいつがどんどん人を殺していく。君がその殺人鬼を殺すことができれば君の勝ちだ。逆に君が殺されれば君の負け。現実世界にもお別れを言ってもらうことになる。理解できたか?」
「なんだ、そりゃ……」
「ゲームのようなものだ。殺人鬼を見つけて殺す。簡単だろう? どこぞの推理小説よりも簡単だ。しかし、気を付けたまえ。いつまでも殺人鬼が殺せないと、被害者は増える一方だからな」
「……?」
「では、さらばだ」
偶象はそう言って柏手を打つ。その瞬間、俺は膝から崩れ落ちた。全身の力が抜け落ちる。偶象の言葉に違和感を覚えながらも、俺の意識はそれを口に出す前に途切れてしまった。
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