階層世界の物語

第15話 73階層-3(83階層)

 物語世界モドキを抜けたフレアとルーラは、サージの父親が物語を描いていた部屋に辿り着いた。隣にはサージの姿もある。そして、机の上には物語世界モドキを作り上げるノートが、開いた状態で置かれていた。




 既に73階層の概要は把握しているが、より詳しい事を調べるために、ルーラはセディーラの書を開いた。


 暫く読み耽っていたルーラは、セディーラの書を閉じると、サージに部屋を出るように促した。サージの背が扉の向こうへ消えたのを確認した後、話し始める。



「概要だけ話すね。サージの父親は、願いを叶える女神に行き会って、例のノートが欲しいと願うんだ。そして、物語の世界で好き勝手に遊びまわる。――最初の2作では、大富豪になった。――富豪に飽きたルメットは、3作目で異能を持つ勇者になる。――勇者の世界で名声を得た後、現実に戻った彼は」


「サージに、妻が攫われたと知らされたって事か」


「良く分かったね! 先の2作で、お金を持ちだせなかったように、勇者の力も現実には引き継がれなかったんだ。――死霊術師を追って6日目に、彼は立ち塞がるアンデットの前に倒れる事になる。――薄れていく意識の中で、女神に願う。『どうか力を大切な人を守る力を』ってね。再び現れた女神が『あのノートと引き換えに、あなたが物語世界で手に入れた勇者の力を、明日、日が昇るまでの間だけ使えるようにしましょう』」


「それを受け入れて、妻を救い出す物語って事か。ルーラの好きな、ハッピーエンドだな」


「……ううん、多分バッドエンドだったんだ。最後に、こう書かれているんだよ」



『妻を連れて街に戻ったルメットは、サージに妻を救い出したと伝えるべく自宅の扉を開いた。――ルメットが、飛び出した後、物語の世界に入り込んでいたサージは……』




 フレアは、ルーラの言葉の意味を、すぐには理解できなかった。だが、聞いた内容を心の中で繰り返すうちに……。


「……それって、サージを救い出しちゃダメだったって事か!! ……この世界が……壊れるのか……」


 フレアの青ざめた表情とは対照的に、ルーラの表情はすこぶる明るい。


「それは、大丈夫だよ! 思わせぶりな書き方をしてくれたおかげで、助かったね。明確に、『ノートが消えるとともに物語世界に閉じ込められた』って、書かれていたら、崩壊は免れなかったよ」


「そうか……偶然がもたらした、ハッピーエンドってやつか」


 フレアは、それを聞いて胸をなでおろしたが、まだ続きがあるようで、ルーラが話しはじめる。


「でもね、一つ、やらなきゃいけない事があるんだ……実は、物語世界の構造に近い世界が、他にも存在していてね。……いや、今は時間が無いから、移動しながら話すよ! じゃあ、いつもの頼むね?」


 そしてルーラは、フレアの背で揺られながら、二人が出会う前の事を語り始める。




 ルーラは、天才と名高い治療術師の末弟子だった。魔法の腕はいたって平凡、4年かけて、『全ての負傷を完治させるヒール』と『全ての毒を癒すデトックス』あとは『全ての病を癒すキュア』の三つを覚えた。


 これだけ覚えれば、呪いや精神汚染などの、特殊な患者でない限りは、治療できる。しかし、その仕事が与えられることは無かった。


 何をしていたのかと言えば、治療院で販売する薬を作るための、材料を集めに、日々森や山の中を探索する仕事を与えられていた。




 この日は、森で薬草を採取していた。探しているのは決して珍しい薬草では無いのだが『カゴ一杯集めるまでは帰って来るな』と命令を受けている為、必死の形相で薬草をムシっては、背中のカゴに放り込んでいた。


 手近にある薬草をあらかた毟ったルーラは、次の群生地に向かおうと移動を始めた。その時、後方でドスッ! と、重い物が落下したような音が聞こえて足を止める。


 一体何事かと、音の発生源を探したルーラは、見つける事になる。原初の世界から救いを求め、階層を下って来た1冊の本を。




 本を手に取ったルーラは、上を見上げた。そこには、木々と、その隙間に天井が広がっているだけで、この本を落とすような存在は見受けられない。それを確認し終わったルーラは、そっと本を元の位置に戻して、薬草毟りに戻っていった。


 ――ルーラが振り返った後、草むらに置かれた本が、何か言いたげに、青く点滅していた事にも気付かずに。――


 暫く時間が経過して、カゴ一杯に薬草を集めたルーラが戻って来た。まだ、地面に落ちたままの本を見ながらボソッと独り言ちた。


「取りに来ないみたいだし、ボクが貰っちゃっても良いよね?」




 その日の仕事を終えたルーラは、自宅のベッドに寝そべって、本のページに手を掛ける。表紙を開くと最初に目に入った文章は。


私は原初世界で一番最初に生み出されたもの。

今、原初の世界が滅びの時を迎えようとしてる。

原初の世界が閉じられた時、幾重にも連なる物語世界もまた幕を閉じる。

私を手に取った貴女に望む。私を連れて階層を上り

私の親であり、私の友人であり、私自身でもある。

創造主が願う滅びを止める事を。


 この時点で、ルーラの気を引くような内容は一切なかった。ありきたりなプロローグだと思った程度だ。そして、読み進める。簡単にまとめると内容はこうだった。




 ――この世界は、10個の世界が積み重なって出来ている。各階層には天井を貫く塔が建っており、その塔に入るには『天上界へ続く門』を開ける必要がある。数えきれないほどの人々が、その門を開こうと挑戦したが、ことごとく失敗に終わっている。


 なぜ人々がその扉を開こうとするのかと言えば、最上階に辿り着けば死者を蘇らせることが出来るという伝説が語られているからだ。――




 この部分まで読んで、ルーラは首をひねった。


 ……なに、この無駄な説明? これって『人間には男性と女性という二つの性別が存在している。今回、階段を上っているのは男性だった。階段というのは、高低差が大きい所を移動するために、低い段を幾つも並べて徐々に高低差を埋め、移動を容易にする通路の事で』とか書くのと大差ないよね?


 ルーラにとって、ここまで書かれていた内容は、その位当たり前すぎて読むに堪えない文章だったのだ。だからこそ読み進める。心が躍るような書き出しよりも、ある意味興味を惹かれてしまう。




 物語の続きを簡潔にまとめると。


――1階層で魔道具職人をしている青年リックは、『天上界へ続く門』を開く魔道具を開発するべく、日夜研究に励んでいた。それは、病気で亡くなった恋人の復活を願っての事だった。


 リックが制作していたのは、異能を込めた指輪だ。魔道具職人の技術レベルによって、込められる異能の強さが大きく左右される。


 リックが最初に作ったのは、『全ての鍵を開く指輪』これは、失敗に終わった。作った瞬間に手の中で砕け散った。彼がもつ技術の限界を超えた異能だったようだ。


 次にリックが作ったのは、『全ての扉を開く指輪』対象を鍵から扉に限定した事で、異能を弱めた。しかし、これも儚く砕け散った。


 リックは諦めない。次に作ったのは、『全ての門扉を開く指輪』さらに対象を限定した。しかし、これでもリックの能力では完成させる事ができなった。


 次に作ったのは、『上層へ続く門扉を開く指輪』対象を更に大きく絞った。今度こそと意気込んで制作したリックだったが、その後、悲嘆にくれる事になる。


 リックは方向性を変える事にした。対象を絞るのではなく、『上層へ続く門扉を開く指輪(一度使うと壊れる)』最後に異能を弱める一文を追加した。


 結果は、どうだったかといえば完成した。砕ける事無く手の上に残ったのだ。ついに『天上界へ続く門』を開け放つ力を手に入れたリックは、その後、新たに同じ指輪を9個作り、一つを指にはめ、残りは背嚢のポケットにしまい。1階層目指して旅立つ。――




 ここまで読んだルーラはまた首をひねった。


 ……これって……。立派な装丁のわりには……。




 ――そして、リックの冒険が始まった。階層ごとの文化の違いに戸惑いながらも、数々の遺跡や、ダンジョンを潜り抜け、どんどん階層を駆け上がっていく。

そして、2階層に辿り着く。


 2階層に来たリックは、途方に暮れる事になる。後一枚門を潜れば1階層に辿り着けるというのに、リックでは攻略できないダンジョンが立ち塞がったのだ。


 ダンジョンの壁からは、常に高濃度の毒ガスが噴出していた。もし吸い込むと10分で命を落とす。毒消しの薬も売ってはいるが、10分で死に至る毒を解毒できるほど、即効性のある薬は存在しなかった。


 街でダンジョンを抜けるための情報を集めていたリックは、有力な情報を掴む。この階層には、魔法があって、その中には、毒を一瞬で治療してしまう魔法が存在しているというのだ。


 治療師に協力を仰ぐべく、街を彷徨ったリックは、一人の治療師に遭遇する。必死に頼み込むが、それは不可能だと断られてしまう。


 毒消しの魔法『デトリック』は、一度使うと再使用まで30分の待機時間が必要だった。もし一緒にダンジョンに入っても、治療師は自分の治療にすら魔法が追い付かないのだ。しかし、治療師は一つの希望も与えてくれた。街の中央にある治療院の院長ニケラは、待機時間なしで連続してデトリックを使えると。


 治療院を訪ねたリックだったが、受付で用件を言うなり「患者以外はお断り」と言われて追い出されてしまった。――




 ……えっ!? なにこれ? 現実世界を題材にした物語かと思ったら、題材どころか師匠の実名がでているよ……。


 そして、吸い込まれるように読み進める。ここからは原文のまま続きを記す。




――治療院を追い出されたリックは、一つの方法を思いついた。翌日、リックは街の外にある、森の奥深くに這入り込み、ある物を袋に詰めて持ち帰った。


 街へ戻ったリックは、真っ直ぐ治療院に向かい、建物の間に身を潜めて、袋の中身を取り出した。リックの右手にはロープ状の物が握られている。その細長い物の先端を左手に押し付ける。


 リックの左腕に強い痛みが走る。腕には4個の穴が開いており、そこから血が四筋流れ落ちていた。そう、ロープの正体は毒蛇だったのだ。


 自らを毒で冒したリックは治療院の門をくぐった。当然今回は止められる事無く、院長が待つ治療室へ通される事になる。


 やっと会う事が出来た院長は、机に座ったままでリックに問いかける。


「今日は、なんのようだい?」


 リックは強い不快感を覚えた。机は壁に向かって設置されており、リックからは委員長の背中しか見えないのだ。そう、顔すら見せやしない。


 しかし、機嫌をそこねるわけにはいかない。感情が声に乗らぬように注意しながら、毒の治療を頼むと、院長が声を上げる。「誰か、治しておやり!」


 その声が響いてすぐ、隣の部屋から一人の弟子が現れた。弟子はリックの傷口に手を添えると、「デトリック」と一言呟く。患部を見ると、紫色だった傷口が徐々に肌色に戻っていく。次に弟子が放った「ヒール」の言葉に合わせて傷口が幻のように消えてしまった。


 治療が終わった後もリックは、治療院を出ようとしなかった。眼を逸らす事無く真っ直ぐに院長を見つめている。


  3分もそうしていただろうか、視線に気づいた院長が、振り返りながら言う。

「まだ用があるのかい? あたしゃ忙しんだ。さっさと済ませてくれよ」――




 ここで一度、ルーラは本を閉じた。そして、黙考する。この異様な本の正体について。


 ……どういうことだろう? 口調から、机の配置まで、現実のままじゃないか! 誰か患者さんが書いた本って事なのかな? なんにしても、少し気味が悪いよ……。


 内容だけでなく、手に入れた経緯も手伝って、ルーラは本に対して、恐怖を抱いてしまった。そして、毛布を頭から被り、続きを読む事無く眠りについた。




 翌日ルーラは、カゴを背負って治療院をでた。


「今日は、キノコ狩りかー。葉っぱより、早く貯まるから良いけど、たまには屋内で働きたいよ!!」


 などと独り言ちながら歩いていると、前方で言い争っている二人の男性の姿を発見した。一人は知った顔だった。嫌になるほど、顔を合わせる男、兄弟子のヒュエルだ。もう一人は、見た事がない顔だ。服装や荷物の様子から、旅人か何かだとルーラは判断した。




 横を通り過ぎようとした時、二人の会話が聞こえてくる。


「毒ガスのダンジョンを抜けるのにどうしても、あなたの力が必要なんだ! 頼むついて来てくれ! どうしても天上界へ続く門に、辿り着かなきゃいけないんだ!」


「無理なのですよ。毒を治すデトックスの魔法は、一度使うと30分は再使用できないんです。……そうだ、街の中央にある治療院の院長ニケラって人なら、連続で使えるので、訪ねてみてはどうです? ……断られるとは思いますが」




「……えっ!?」ルーラは思わず声が出た。そして、数歩前に進んだ後、ピタッと止まって考える。


 ……この光景って……あの本の内容と同じじゃ……偶然? でも天上界の門に行くって……あの本は、預言書なんじゃ……。


 その日、ルーラは仕事にならなかった。籠の6割ほど集めたキノコを持って帰ると、当然の如く、師匠からブツブツ文句を言われてしまう。


 だが、運よく「疲れているのかもしれないね。明日は、治療の手伝いをしな!!」と言葉を引き出し、見事、屋内での仕事を獲得する事に成功していた。

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