第2話 78階層ー2

「じゃあ、二人の物語の第一話を始めようか!」



 ルーラと旅立つ決心をしたフレアは、ルーラに30分待てと伝え、自宅へ向かった。フレアは何の支度も無しに、旅に出る程無謀ではない。


 辿り着いた自宅は石造りの平屋で、王国に兵士となるべくやって来てから、ずっと住み続けている。



 自宅へ戻り、扉を開けて中へ入ろうとした時、後ろから声を掛けられた。


「へー、ここがフレア君の家かあ。何も無いんだね」


 フレアが体ごと振り返ると、そこには、待っていろと言ったはずのルーラの姿があった。


「俺は、待っていろと言ったはずなんだけど……」


「細かい事は、いいじゃないか! 大丈夫、変な事はしないから。ゆっくり準備してよ!」



 今更、何を言っても無駄だと判断したフレアは、ルーラにソファーに腰かけて待つように伝えると寝室で着替えを始める。


 すこし痛んだ王国軍の制服を脱いで、新品の制服に着替えようとしたフレアは、袖を通す直前で手を止めた。


 ……俺は、王国を捨てる身だからな。これを着る資格は無いか……。


 普段着の中で一番丈夫な服を選び、愛用の片手剣を腰に差して、居間に戻ると、ソファーに寝ころんだルーラが分厚くて古めかしい本を読んでいた。



 ……ルーラは荷物らしき物は一切持っていなかったはずなんだけど、どこからその本を取り出した?


「その本は、どこから」


 言いかけた言葉をルーラが遮って、疑問と全く違う事を話し始める。


「この本かい? この本はボクの友達さ。そして、ボクの友達は、君に自由を与えてくれる。……さあ、本の表紙に手を置いてごらん」


 そう言ってルーラが差し出した本の表紙に、フレアはそっと手を乗せた。本が淡い光を放ち、その光はフレアの腕を伝い体に流れ込む。


 やがて光はおさまり、それを確認したルーラが本を手元に戻し、説明を続ける。


「そしてね、この本には、今居る世界の未来が書かれているんだよ。……そうだね、この世界は……」


 目を細めながら、ルーラが本を流し読みしている。そして、一か所で目を止めたと思うと、渋い顔をしながら話し始めた。


「うーん。なんかバッドエンドになりそうな雰囲気だね。禁断の技で、自分を強化した転生者が、魔王と相打ちになって、世界は救われるけど……その後は、まだ書かれてないみたい」


 フレアにとって、にわかには信じられない話だった。だが、信じられなかったのは結末だけだ。噂で聞いた事があったのだ、王は自らを強化する秘儀を封印していると。



「それは、全てを見通す、預言書なのか?」


 フレアは聞いてしまった後に、少し後悔した。もし答えがイエスであれば、未来が決められているという事だ。それがどれほど恐ろしい事か。本来であれば覚悟の要る質問だったのだ。……そして、ルーラの答えは。


「違うよ。ここに記されているのは、この世界を創った作者が、創り出した人物の未来だけ。ボクとか君みたいに、世界に生み出された脇役の未来は載っていないんだ。脇役は、メインストーリーを邪魔しないように動くだけさ」


「……俺達は、その作者ってやつの描いた未来から、必死に抗おうとも、逃れる事は出来ないってことなのか……」


「作者が創造した人物、ボクはクリエって呼んでるんだけどね。そのクリエたちは、抗う事すらできないよ。自分の意思で動いたつもりでも、全ては作者の意思なんだから。脇役達も作者の意志を守ろうとする、世界の意志によって支配されているんだ」


「じゃあ、さっきの本が自由を与えてくれるっていうのが……」


「そう! ボクと君は違うんだ。この本の力で世界の意志から解放された。だから自由に旅立てる! 自分で未来を描けるんだ!」


 ルーラは、ソファーから立ち上がり、片手を腰に添えて、本を持った手をフレアに突き出しながら、声を希望の色に染めて、そう言い切った。



「それが本当なら、俺が今まで、表舞台に立てなかったのは、それほど悪い事でもなかったのかもしれないな。……自分の意思で、選ぶ事ができるんだな」


「そうさ! どこの世界の英雄も創り出された英雄だ! 作者に与えられた称号でしかないんだ。もし自分の力で英雄になれる人が居るとしたら、それは君だよフレア君!」


「目指してみるか……はじめて可能性が開けるんだから……」



 会話を終えた二人は、旅の準備を始めたが、そこで驚く事が起こった。ルーラが荷物を掲げると、全て幻のように消えてしまうのだ。フレアが慌てて何をしたのか尋ねると「魔法のポッケだよ! 便利でしょ?」そんな答えが返って来た。




 フレアの家を出た二人は、王都を出て少しのところで、足を止めていた。


「それで、次の世界ってのには、どうやったらいけるんだ?」


 問いかけられたルーラは「ちょっと待ってね」と言った後、空中から本を取り出して、表紙を開く。横から覗き込んだフレアの目に映ったのは、細かな道まで書き記された地図と、その地図の一点で発光する青の目印だった。


「この青く光ってる所まで行けば次の77階層に上れるよ。作者にとって思い入れのある場所のはずなんだけど、この場所がどこかわかるかい?」


「ああ、分かる。ここは、転生者である、王が生まれた集落だ。場所は、かなり近いぞ」


 それを聞いたルーラは、片手でガッツポーズをしながら、一際明るい声で話す。


「やった! ついてるよ! いやー、ボクがここまで上がってくるの、すごい大変だったんだよ。作者の思い入れのある場所って、ラスボスの城とか危ない所ばっかりなんだ。でも、今回は楽勝だ!」



 場所を特定した二人は、徒歩で集落を目指す。距離は普通の人間が歩いたとしても、1時間で辿り着ける。しかし、それは、何とも出会わなかった時の話で、78階層の世界には、魔物が存在していた。


 そして、運悪く二人は魔物とでくわす事になる。向かってくるのは、身長3メートルほどある、一体のストーンゴーレムだ。 


「ふ、フレア君、何か来たよ! ボクは攻撃魔法とか使えないから、あれ君が倒してくれないかな?」


「ああ、お安い御用だ!」そう言うと、フレアは、ルーラを残して、ストーンゴーレムに駆け寄る。


 ……ストーンゴーレムに剣でダメージを与えるのは難しい。だから、こうする! 


 ストーンゴーレムの手前で跳躍したフレアは、ゴーレムの額に固く握った拳を叩き込んだ。


「ウオォォォォォォォォォォォォン!」


 拳を叩きこまれたゴーレムは、断末魔をあげながら、ボロボロと崩れおちていき、瞬く間に石の小山が出来上がった。


 ストーンゴーレムを倒したのを確認したルーラが、小躍りしながらフレアに駆け寄る。そして、フレアの手を取りブンブン上下に振りながら、興奮した様子でまくしたてる。


「凄い! 凄いよ! フレア君! ああ、ボクが見込んだ通りだ! 君みたいに強い脇役は、今まで見た事が無いよ!」


 ルーラが感嘆の声を上げて、褒めちぎるが、それをフレアは、素直に受け取る事ができない。


「褒めてくれるのは嬉しいけどさ、俺と同じくらいの強さの奴なんて王国軍には掃いて捨てる程いるんだぞ」


「クリエが強いのなんて、珍しくも無いんだよ。でもね、脇役が力を与えられるのは、とても、とても珍しい事なんだ。――それにクリエが強くたって、ボクには何の意味もないよ。その世界に縛られて、連れ出す事ができないんだから。――だからね、だから君は最高なんだ!!」


 ただの一兵卒であり、もてはやされた事の無いフレアには、なんともむず痒い言葉だった。だが、あまりに嬉しそうな、ルーラの顔を見ていると、失っていた自信ほんの少し戻って来たような、そんな感覚も同時に味わっていた。



 ストーンゴーレムを撃退した二人は、歩みを進めた。途中で、3度ほど魔物とエンカウントしたが、全てフレアが瞬殺してしまうので、ノンストップで歩き続けたのと、ほぼ変わらない時間で、集落に辿り着く事ができた。


 集落に入り、辺りを見渡す二人の目に映るのは、焼け焦げて崩れ落ちた住居の数々。


 この集落は転生者が7歳だったころに、魔王軍に襲われて滅び、そのまま放置されているのだ。その際に、母親を殺された転生者が、魔王軍を倒すべく立ち上がったと、言うのは周知の事実だ。


 集落の様子を見たルーラが、肩を落として、小さな声で呟いた。


「寂しい所だね。やっぱり、楽しい事だけじゃ物語は綴れないのかな……」


 この時、ルーラが初めて暗い顔を見せた。ここまでの道程で、物語世界の大まかな説明を受けていたフレアには、その気持ちが痛いほど理解できる。


 ……ここの人たちは、物語を盛り上げるためだけに殺されているって事だよな。だが、責める事はできない。筆が人を殺すなんて知る由もないのだから。それに、作者が居なければ、この世界の全ての生き物は、生を受ける事すらできなかったのだから。……思う所はあるが、感傷に浸っても得るものなど一つもないな。


「らしくないぞ! これから俺達の第二話がはじまるんだろ? そんな暗い顔してたらハッピーエンドに辿り着けないぞ」


「……そうだね。フレア君の言う通りだ。……さあ、次の物語の表紙を開きに行こう!」



 二人は、集落の中を歩き始めた。ほんの少し進んだ所で、ルーラの持つ本の表紙の角に光が灯る。


「ある程度近付くとね。本が光って方向を教えてくれるんだ。光が灯っている方向に向かえば、ゲートに辿り着くよ」


 本の指し示す方角へ、瓦礫を踏みしめながら進むと、目的地と思しき場所に、ストーンゴーレムが1体、立ち塞がっていた。


 ……今日はやたらとゴーレムに会う日だな。手負いのようだし、さっさと片付けるか。


 ゴーレムを倒そうと走り出した刹那、後方から、ルーラの叫び声が響く。


「待って! そいつはダメだ! それを倒すと、この世界が崩壊する!!」


 しかし、その言葉は間に合わず、フレアは最初の戦いと同じく、跳躍していた。


 ギリギリのところで拳を解き、破壊する事は免れたが、中途半端に開いた指がゴーレムの頭部に勢いよく衝突して、グキッっと嫌な音を立てる。


 痛む指を押さえながら、バックステップで距離を取ったフレアに、ルーラが状況の説明を始めた。


「あいつは、クリエなんだ。本が教えてくれている。……あのゴーレムは、ストーリーの中で、役割を与えられた存在で、その役割を終えるまでは絶対に壊しちゃいけない。少しでもストーリーから外れてしまうと、その世界は崩壊してしまうんだ」


「……理解した。アイツを倒す奴も、その日時も既に決まっているって事だな。厄介な相手に出会ったもんだ……」


「普通は、出会いすらしないんだけどね。フレア君は、世界の意志から解放されたから、出合ってしまった」


 話している間にも、ゴーレムは地面を揺らしながら、こちらへ向かって来ている。不安の色を濃くするルーラと対照的に、フレアの表情に焦りは無かった。


「ようするに、殺さなきゃいいだけだろ? 攻撃できないわけじゃない。……何分稼げばゲートを通る準備ができる?」


「ゲートのある場所にボクが立ってから、1分後に移動が可能になるよ。やれるのかい?」


「任せておけ! 脇役の意地を見せてやるよ!!」


 フレアは、ゴーレム目掛け走り出した。初めて自分を認めてくれた、少女の進路を切り開くため。


「行くぞおぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 振り下ろされるゴーレムの右腕。その腕を、砕けた自らの指など顧みもせず、全力で掴み取る。そして、全身のばねを使い、そのまま放り投げた。


 歩けば大地を震わせるほどのゴーレムの巨体が宙に浮いた。――――そして、そのまま背中から、地面に落ち、重低音を響かせながら、周囲を大きく揺らす。


 ……ゴーレムは完全に破壊しなければ、じきに再生する。加減さえ間違えなければ、何の問題も無い!


 フレアが痛む右手を摩りながら、ルーラを一瞥すると、右手の甲を額に当てて、静かに目を閉じている。


 ……どうやら、ゲートの開く場所に辿り着く事はできたみたいだ。後はもう少し時間を稼ぐだけだ。


 そこからは、起き上がろうとするゴーレムの腕を狩り払いながら、動きを止める。


 そうしていると、ルーラが声をあげた「フレア君! 準備は出来た! ボクに後ろから抱き着くんだ。さあ、急いで!!」額に添えた右手の指輪が、眩いほどの光を放っている。


 フレアは、最後にゴーレムの頭を蹴り飛ばした後、ルーラの元へ走る。そして、自分のバカげた力で、彼女を壊してしまわないよう、気を付けながら、そっと細い体を抱きしめた。


「そういえば、言ってなかったけど、物語世界は一方通行、上にしか進めないんだ。……それでも、来てくれるかな?」


 不安そうに話すルーラの言葉に、フレアは迷わず答える。その声に決意を乗せながら。


「もし戻れても、戻ったりしないさ。創るんだろ? 二人だけの物語を!」


 指輪から溢れ出た光の帯が、幾重にも重なり二人を包んでいく。やがて重なった帯は、一つの球体になり、ほんの5秒ほどで、陽炎のように揺らめきながら消滅した。そこには、二人の姿はすでになく、起き上がるゴーレムが軋む音だけが、寂し気に響いていた。

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