竜帝と勇者の冒険譚

第3話 77階層ー1

  ストーンゴーレムを躱して、ゲートを潜り抜けた二人は、無事77階層の世界に辿り着いていた。飛ばされた場所は薄暗い洞窟の中で、まだ二人は、この世界の様子を知る事はできていない。



「フレア君、指を治すから、じっとしててね」


 言われたままに、砕けた右手を差し出すフレア。ルーラの右手から降り注ぐ光が、フレアの骨を繋ぎ合わせ、苦痛を取り除いていく。


「凄いもんだな、魔法って言うのは。もう全然痛くないぞ。こんな事が出来るのに、脇役だなんて信じられないな」


 砕けていた、右手をグーパーしながら、フレアが言うと、ルーラは照れ臭そうに頭を掻きながら話し始めた。


「あんまり褒めないでよ。ボクは褒められるのには慣れてないんだ」


「ははっ、そうか。似た者同士だな。……さあ、話そうか、これからの事を」


「そっか、似た者同士か! うん、そうかもしれない! ……よし、この世界の事を調べるから少し待ってね」


 嬉しそうに体を揺らしながら話すルーラの姿に、ついついフレアも頬が緩む。



「セディーラの書を出してっと」ルーラは、そう言いながら、本を取り出してページをめくり始める。ルーラの顔を覗き込むと、高速で瞳が左右に動いてた。凄まじい速度で、本の内容を読み取っているのだろう。


 待つ事数分、パンッとセディーラの書を閉じたルーラが、77階層について語り始める。


「反動かなー、78階層が楽過ぎた。面倒な世界に来ちゃったよ。……えっとね。竜帝って呼ばれるドラゴンが206匹の配下を引き連れて世界を支配しているらしいんだ。それに立ち向かう勇者の物語。――配下のうち、勇者が直接倒すのが106匹。残りの竜は、竜帝が死んだ後に、どこかへ消えたって話になってる」


「なるほどな。倒される予定の106匹と、でくわしたら最悪の事態に突入するって事か」


「ボク的には、残りの100匹にも、会いたくないけどなあ。……まあ、でも、100匹の方なら倒しても物語は改変されないからね。倒すのは、不可能じゃないよ」


 ……竜か、俺の世界には竜は生息していなかった。だが物語でなら見た事がある。火を吐く爬虫類の王か。俺が読んだ物語と大差ない相手であれば、手も足も出ないって事は無いと思う。


「そういえば、ゲートの位置はどうなっているんだ?」


「正直、そこに何が有るのかは分からないんだ。でも、ストーリと地図を照らし合わせた感じ、竜帝の住処じゃ無いって事だけはわかるかな」


 詳しく聞いたところ、竜帝は、巨大な山に囲まれた窪地に住処があるらしい。そして、ゲートを示す光の周辺に山は存在しない。


 ……面倒な世界ってのは、同意だけど、これは不幸中の幸いってやつだ。火を噴く竜帝から逃げ惑いながら1分間、時間を稼ぐとか、成功する気がしないもんな。


「こうしていても始まらないな。向かおうか、ゲートのあるところまで」


 フレアの言葉に少し悩む素振りを見せたルーラが、一度コクリと頷いた後、考えを述べた。


「うーん、休まず進み続けるわけにはいかないし、まずは、近くの村に行ってみようよ。――ストーリーに登場しない村だから、人間のクリエに出会う事は、まず無いと思う。竜は……保証できないけど」


「ん? なぜ人のクリエには会わないのに、竜なら会うかもしれないんだ?」


「ストーリに登場しないって事は、その村がこの先どうなるか分からないんだよ。もしかしたら、クリエの竜に滅ぼされる可能性もある。クリエに自由が無いって言っても、出番が無い時は、ストーリを破綻させない範囲で、自由に動き回っているからね」


 ルーラの持つセディーラの書でも見通せないのが、物語の裏側だ。物語世界では、クリエたちの物語の裏で、語られる事のない物語が必ず進行している。


 何が起こるかわからないが、自由に動きやすい裏の物語を進むか、自由は効かないが先を予測できる表の物語を進むか、この選択肢がこの先も二人に付きまとう事になる。




 結局二人は、件の村を目指す事にした。洞窟が有ったのは、高い山の中腹だったようだ。そして、目的地の村は山を下りきった所に存在する。


 フレアが空を見上げると、太陽が真上に見えた。のんびりと下っていては、村に着くころには夜になりかねない。そこで、フレアがとった行動は。


「ひゃー! 早いね! うわー風が気持ちいいよ!」


 フレアに背負われたルーラが興奮しながら、叫び声をあげている。楽しそうに、はしゃぐ姿は微笑ましいのだが、フレアからすれば気が気ではない。


「おい! あんまり喋ると舌を噛むぞ! あと手をあげるな! しっかり、つかまっていろ!」


 フレアは、ルーラを背負って全力で山道を駆け下りたのだ。強靭な肉体を持つフレアにとって、ルーラの重さなど、羽と大差ない。転がり落ちるよりもまだ早く、二人は村の前まで辿り着いた。


 フレアが居た78階層は、中世ヨーロッパに似た雰囲気の世界だったが、そこに住んでいたフレアから見ても、この村は文明の香りを全く感じない。酷く寂れた農村だった。




 村に入った二人は宿を探すために歩き始めたが、どこまで行っても住民が見当たらない。だが、民家が倒壊しているような事は無く、煙突から細い煙が立ち上る家も数件見受けられる。無人の村というわけでは無さそうだ。


 古ぼけた木造平屋が立ち並ぶ、通りを歩いていたフレアは、前方に宿らしき建物を発見したが、喜びの前に疑問が浮かんだ。


 ……ん? そういえば、宿を探すのはいいが。宿に泊まるって事は……。



「なあ、ルーラ。金って持ってるのか? 貨幣は、全世界共通じゃないよな?」


「心配いらないよ! お金は無いけど、貴金属と宝石をもっているから。原初の世界から枝分かれした世界だからね。こういった物の価値感は大体引き継がれているんだよ。……絶対じゃ無いけどね」


 ルーラの言う通り、黄金は高価な物。宝石は貴重な物。この価値観は物語になったとしても、そう簡単に揺るいだりはしない。あくまで、簡単にだが。



 宿の扉を開くと、退屈そうに頬付えを付いた、初老の男が座っていた。男はダルそうに立ち上がると、二人向けて軽く会釈をした後、話し始めた。


「……らっしゃい。もしかして、泊まりたいのか? 珍しい事もあるもんだ」


 ……客が珍しいって……それ宿としてやっていけるのか? まあ、満室で追い出されるよりはましだが。


「そうだよ! ボクたちはお客さんさ! さあ、店主! 一番いい部屋を頼むよ」


 ルーラはそう言うと、事前に取り出してフレアに持たせていた、スイカ一個が丸ごと入りそうな大きさの、布袋を開く。中を覗き込んだフレアは言葉を失った。


 袋の中には、光り輝く宝石と、目もくらみそうな黄金の輝きが、立体パズルのように隙間なく、ギッシリと詰め込まれていたのだ。



 ルーラは迷わず、ビー玉ほどの大きさの黄金を一つ取り出し、店主に手渡した。


「お釣りは、要らないよ! それだけあれば、ご飯も出るよね?」


「お、お客様、す、すぐに、お部屋の掃除をしてまいりますので、お掛けになってお待ちください!!」


 最初は、訝しげな表情で黄金を眺めていた店主だが、やがて表情が激変し、慌てて客室に駆けて行った。


 ……部屋が汚いから、泊まるのをやめるとか言われたら一大事だと思ったんだろうな。それにしても、この財宝の数々は一体何なんだ?


「おっ! フレア君まで驚いた顔をしているね。ふっふっふー、凄いでしょ? 81階層の世界に行った時に拾ってきたの!」


「拾う? そんな物が落ちているって言うのか? その物語世界には」


「そうだよ! 81階層は、宝石よりも普通の石の方が価値が高かったんだ。そして、黄金よりも鉄の方が価値が高い。宝石なんて、そこら中に転がってたよ。気を付けないと、つまずくほどさ」


「作者は何を思って、そんな設定にしたんだろうな」


「主人公が、自分の世界と、黄金の世界を行き来して、お金持ちになる、お話だったよ!」


 ……そうか、きっと自分の夢見る世界を描いた作者だったんだな。思えば、物語ってのは、戦いが全てじゃないよな。一体この先、どんな世界が待ち受けているのか……。



 椅子に座って、30分ほど経過した頃だろうか、店主がカウンターに戻って来た。そして、カウンターの奥に向かって大きな声をあげる。


「おいっ! リアン。落書きなんてしてないで、お客様をご案内しろ!」


 店主が呼んだのは10代前半くらいに見える少年だった。少年は、片手に紙の束を持ったまま、二人の前に立った。


「いらっしゃいませ、お部屋へご案内します」


 リアンに連れられて客室に入ったが、硬そうなベッドに、クッションすらない木製の椅子とテーブル。調度品はそれしかない。なんとも質素な部屋だった。店主が必死に掃除したおかげか、意外と清潔なのが救いだが、それでも払った金額には見合わない。


 案内を終えて、退室しようとするリアンをルーラが呼び止めた。


「リアン君、少し話を聞かせてくれないかい? この村の事を教えてほしいんだ。」


 ルーラは、この村に出歩いている人が居ない理由を問うた。その問いにリアンは淀みなく答える。


「毎日決まった時間に、竜将が村の上空を通過するんです。その時に外に出ていると、捕まって空の果てへ連れて行かれてしまうので、通り過ぎるまでは、誰も外に出ようとしません」


 竜将とは何かと尋ねると、竜帝の側近に与えられた名前だという返答が返って来た。


 そして、この日は、まだ通過しておらず、後一時間ほどで来る可能性が高いという話も聞く事ができた。



 その話を聞いた二人は、鎧戸を少しだけ開けて、竜将が飛来するのを待ち続けていた。外を覗くルーラの手には、セディーラの書が握られている。


「あっ! きたよ!」ルーラが声をあげた。それを聞いたフレアはルーラの肩に手を掛けて、頭の上から外を覗く。


 空には、黒い竜が飛んでいた。空にいるので、比較の対象が存在せず、大きさはイマイチ分かりにくいが、ストーンゴーレムなんて比じゃない大きさな事だけは間違いない。


 ルーラは、一度窓から視線を外し、手元のセディーラの書を確認する。その本は、先程までと何も変わらず沈黙を保っていた。


「フレア君、アイツはクリエじゃないみたいだ。……でも、戦うのはお勧めしないけどね」


「……そうだな、戦わないと進めないわけじゃないから、あえて危険を呼び込む必要は無いな」


 そう言って、窓から離れた、フレアの目に映ったのは、ベッドの上に無造作に置かれた紙束だった。それを手に取り、目を通した時、フレアは息を飲んだ。



「ルーラ……、リアンが忘れて行った、紙束にゼスル王国の事が書かれている……これってもしかして、そうなのか?」


 紙束には文字がギッシリと書き込まれており、その内容は、ゼスル王国の転生者が、魔王と死闘を繰り広げる物語だった。……そして、当然の如く、そこにフレアの名前は存在しない。


 それを聞いたルーラがパンッと手を叩いた後、考えを述べる。


「そっかー。そういう事だったんだね! 物語世界を上るたびに、どういう基準で、飛ばされる場所が決まるのか、分からなかったんだけど、作者の近くって事か!」


 フレアの質問とは若干ズレた答えが返ってきたが、それでも質問の答えは理解した。リアンが、物語世界78階層の創作者だ。


「なあルーラ、もし作者が物語を完成させる前に死んだら、下の世界は、どうなるんだ?」


「心配いらないよ。作者が死ぬ。物語が完結する。作者が続きを書く事を断念する。この、どれかに当てはまった世界に住む人々は、自分の意思で動き始める! そうなれば、後から思い直して続きを書いても、作者の意志は世界に反映されないよ」


 ……それなら、リアンに何かあっても、残してきた奴らが消えてしまうって心配は無い。……だが、それでいいのか? 俺はリアンに創られたわけじゃない。しかし、リアンが居なきゃ俺は存在する事すらできなかった。


 黙考に耽るフレアの様子を見つめていたルーラがそっと口を開いた。


「フレア君、この村を、いや、あの子を助けたいのかい?」


「……許して、くれるのか?」


「当然じゃないか! ボクは決して君を縛ったりしない。君は、自由に生きて良いんだよ!」

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