物語世界の階層を上る脇役達の物語 ~異世界、恋愛、SF、ホラー、全ての物語を駆け上がれ~

那萌奈 紀人

二人で紡ぐ物語の1ページ目

第1話 78階層ー1

 原初の世界で、一人の少女が、一本のペンを手に、物語を綴り始めた。


 その時、一つの物語世界が誕生した。


 少女に生み出された物語世界の住民が、また新たな物語を綴る。


 そうして、物語世界は次々と数を増やし、より深い階層へと広がっていく。


 そんな、物語世界の78階層で、作者の居ない異質な物語が始まろうとしていた。



 ――――ここは、異界で命を失い、この世界に転生してきたという男が、王を務める国。その名をゼスル王国という。


 ゼスルの王は、お世辞にも強いとは言えなかった。いや、むしろ弱いといっても過言ではない。しかし、彼は神に与えられた、自軍の兵を強化する異能を用いて、魔王軍と渡り合っていた。



 王城から抜け出し、人気のない空き地の隅で寝ころんでいる少年、フレア・エイスも、王の異能で強化された兵士の一人だった。


 フレアは15歳の時に両親を亡くし、その直後に、食い扶持を稼ぐため兵士に志願しており、18歳までの3年間を兵士として過ごしてきた。


 フレアは強い。彼の拳は、一撃で巨大な岩を粉砕し、走る速度は、空を飛ぶ鳥よりも早い。もし、フレアが、全力で走る馬車に跳ね飛ばされても傷一つ負う事はないだろう。


 しかし、そんな強靭な肉体がありながら、彼は一兵卒だった。理由は簡単だ。ゼスル王国の兵は皆、人間の域を超えた強さを持っているのだ。常人から見れば桁外れの力を持つフレアであったが、王国軍の中では、並みより少し上程度の兵士でしかない。



 フレアは誰もいない空き地で空を見上げながら、一人呟いた。


「なんで俺じゃダメなんだ。俺よりも弱い奴や、不真面目な奴が、王直属の部隊にどんどん配属されるってのに、なんで俺は……」


 フレアは悩み続けていた。王が指揮する軍に所属して戦果をあげるのは、王国兵の憧れだった。そして、それをフレアも切望していた。だが、何度試験を受けても合格できない。


 それだけならいい、力不足だと納得できる。しかし、何の実力もない者が毎回受かっているのを知っているのだ。決まってアクの強い、個性の塊のような人間達だった。性格のみで選ばれるのではないかと疑ってしまう程だ。


 例えば、血を見ると卒倒してしまう女。例えば、頭に血が上ると味方まで巻き込んで暴れまわる男。例えば、訓練もまともに参加せず賭博に明け暮れる男。極めつけには、捕虜であった魔族の娘だ。



 もちろん、先程の呟きに答えは期待していない。ただの愚痴であり、独り言なのだから。しかし、その愚痴に答えが返って来た。


「それは、君が、この物語の脇役でしかないからだよ。創造主に作り出された存在以外は、どんなに努力しても、絶対に表舞台に立つことはできないんだ」


 その言葉を聞いたフレアは一瞬で頭に血が上り、言葉を放った人間に詰め寄る。


 ……俺だって、自分が特別じゃない事くらい分かってる。だからって、そんな事を言われて黙っていられるか!


「お前は、俺にケンカを売っているのか? 女だって容赦は、しない……」


 あまりな言い種に、相手を見ていなかったが、目の前に居たのは、背の低い華奢な少女だった。栗色のショートカット、優しそうな顔立ち、つぶらな瞳に悪意は一切感じられない。


 それを確認したフレアは、渋々こう続けた。


「……とまでは言わないけど、失礼だろ、さっきの言い種は。何を思ってあんな事を言ったんだ?」


 それを聞いた栗毛の少女はクスクスと笑った後、小さく咳払いしてから話し出した。


「ごめんね。言い方が悪かったのは謝るよ。ボクの名前はルーラ・セイアム。17歳だよ。……ルーラって呼んでよ」


「俺はフレア・エイス。……フレアでいい」


 それを聞いた少女は、コクコク頷きながら『良い名前だ。フレア君。よし覚えた』などと独りごちていたが、フレアが怪訝そうな表情をしているのに気付き、用件を切り出した。


「フレア君、脇役なんて止めて、ボクと一緒にこの世界を抜け出さないかい?」


「世界を抜け出すって、魔王軍にでも入ろうってのか?」


「ちがう、ちがう! 世界はね、サンドイッチみたいに積み重なっているんだよ。ボク達が向かうのは、そのてっぺんの世界。0階層だよ」



 ……もしかして、少し危ない奴だったのか? 見た目からは、そんな感じはしなかったんだけどな。


 フレアが全く信用していないのを、表情から読み取ったルーラが、腰に付けたホルスターに手をやり、一本の短剣を引き抜く。 


 突然武器を持った少女に、フレアは身構えたが、その武器がフレアに向けられることは無かった。


 少女はその短剣を自らの手の甲に当てると、そのまま滑らせて鮮血のラインを描く。


「ルーラ! 何をやっているんだ!」


「大丈夫だよ。こうでもしないと信じてくれないだろ」そう言いながら、彼女はナイフをホルスターに戻し、空いた手を傷口にかざすと「ヒール!」と短い言葉を発した。


 その手から、淡い青色の光が放たれて、傷口が見る間に塞がっていく。


 傷が完全に無くなったのを確認した後、言葉を失っているフレアに対して、ルーラが今の現象を説明する。


「これは魔法だよ。この世界には存在しないよね? ボクは、ここより下の、魔法がある世界から上って来たんだよ」


 ルーラが言う通り、この世界に魔法は存在しない。魔法という言葉自体は存在するが、それは物語の中の事。王の能力は、あくまで能力。魔法とは認識されていないのだ。


 フレアは驚きに固まっていたが、思考が再起動した瞬間に、恐ろしい事に気付いてしまう。


 ……もし、ルーラの言う事が本当だとしたら……脇役の俺は、表舞台に立つこともできずに、人知れず消えていく運命なのか……。そんなのは、嫌だ! 許容できるわけがない……。


「ルーラ、お前について行けば、俺は特別な存在になれるのか? 舞台裏から抜け出す事ができるのか?」


「できるよ。ボクと君が紡ぐ、二人だけの物語、その主役になれる! そして、ボクたちの物語の結末は、原初の世界に辿り着き、それに連なる全ての世界を救う事なんだ!」


 フレアは、迷わなかった。右手をルーラに差し出す。それを見た、ルーラはその手を握ると、花が咲いたような笑顔で宣言した。


「じゃあ、二人の物語の第一話を始めようか!」

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