第2話 緊張
「いたっ」
真二が後ろに二歩三歩、つんのめっている間に少女は尻餅をついたようで、鈴のような高い声が暗がりの中に響いた。
「えっと、あっと、ご、ごめんなさい。大丈夫?」
なんとか体制を整えた真二が、慌てて少女
に駆け寄る。
わずか数秒の間であったが少女は驚きで腰が抜けてしまったのだろうか、立ち上がろうともせず呆けるように真二を見ていた。
月明かりのみで見る少女は、顔こそ良く見えなかったが華奢な体に似合う花柄のスカートが印象的だった。
「あ…すみません」
真二はどうしていいかわからず、しかしそのまま放っておくわけにもいかないので、おずおずと手を差し出す。
「………どうも」
自分が呆けていることに気がついたのだろう。ハッとした顔をしたあと、真二の手は取らずに自身で立ち上がった。
来る重さを想定してふんじばる準備をしていた真二、ちょっと拍子抜け。
いや、でもそれも個人の自由だろう。
掴もうとしていた手をカッコ悪くないようにさりげなく戻すと、「大丈夫ですか?」と聞き直した。
「ごめんなさい。急いでいたものだから」
自分と同い年くらいだろうか、少女のあどけないながらも気が強そうな顔が月明かりで照らされる。
あれ…と真二が思う。この顔……
次の発想に繋げようと一瞬見惚れたその瞬間に、少女はスルリと真二をすり抜けて、そのまま駆けていった。
今度は真二が呆ける方だった。
呆気にとられたとも言う。
……一体なんだったんだろう。
たったあれだけのできごとだったが、なぜか真二は心の奥底に引っ掛かりを覚えた気がした。
ぼんやりと先ほどの少女について考え、しばらく立ち尽くしていた。
なんだか見たことのある顔だったような…。
知ってる人間かな…。
と、隣をバイクが通り過ぎてやっと我に変える。
どのくらい立ち尽くしていただろうか、おそらく5分は立ち尽くしていたように思う。
左手が痛い。
とたんに忘れていた食材を、そのずっしりとした重みを思い出す。
重たい。そうださっさと帰らねば。
立ち止まっていた足を再び前に出しーーー今度は少し歩く速度を落としてーーーを目指した。
ふと空を見る。さっきまで顔を出していた月は少し雲に遮られていた。
そのせいでより暗い道を歩くことになり、そのじっとりとした雰囲気は身も心もざわざわとした不快感を感じさせた。
暦では秋のはずのその日は「甲子園の延長戦じゃないんだから」と怒りを覚えるくらいの熱帯夜で、さっきのことなど嘘のようにいつもの現実を叩きつけて来る。
平成30年、10月7日。母の死からちょうど3年。山本真二は16歳になっていた。
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