陽炎

おはる

第1話 偶然


月が昇る。

先程まで顔を見せていた夕焼けは山の奥の方にひっそりと身を隠し、次の出番まで生き物に夜を与えている。


一方でぽっかりと浮かんでいる月は、時々雲に隠れながらも、太陽の光を浴び静々と柔らかな光を注いでいた。




田舎というには明かりが多く、都会というには静かすぎる住宅街。

ポツポツと不規則に建っている街灯の中を、まだ中学生のあどけなさの残る少年…山本真二は歩いていた。



ほう、と息をつく。パンパンに膨れ上がったビニール袋の中には野菜や肉が綺麗に整頓されて入れられていた。それを右手から左手に持ち替えて、右手についた跡を確認し、苦い顔をする。


休みの日は午前中の内にスーパーの買い出しを行う真二だが、今日は予定が重なり体力が消耗された状態での買い出しとなってしまった。


ただ、その予定は毎年の恒例行事であり事前に予定を調整することも可能だったはずなのだが、日々の学祭の準備に追われ気が付いた時には冷蔵庫の中がすっからかんだったのだ。


真二はもう一度小さなため息をついてビニール袋を持っている左手をくるりとひっくり返し、どうにか痛みから逃れようと取っ手の位置をずらした。


そんな真二を月が追う。うさぎの様な模様をつけて、ギラギラではない優しい光が、街灯が途切れる道程を照らしていた。



アパートまでもう少し。



一刻も早く手の痛みから逃れたい。その一心で真二は足取りを軽く、歩数を倍に、つまりは競歩で道を曲がった。


「わっ」


曲がった先に女の子。どこかの漫画じゃあるまいし。…なんてそんなこと考える暇もなく、真二は少女とぶつかった。

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