第3話

「おぉ、遠い所よく来たナァ」

 嗄声で迎えに出てくれたのは小川文雄おがわふみお。ここ水原みなはら集落地域での7人目の死亡者、小川詩織おがわしおりの夫だ。

 白石邸宅の調査から三日が経過したが、やはりこれといった証拠は出てこなかった。そもそもこの事件の調査を始めたのは死亡人数が密集しているという異常性からだが、期間が一年近く空いている案件もあるので正直な所ただの偶然だと刑事本部は考えている。


 今日は程よく心地よい風が吹いていて過ごしやすい半日だった。

 軒先に案内された帆足は出されたお茶を飲みだながら小川文雄がやってくるのを待った。

 程なくして、文雄が茶菓子をいくつか盆に載せてやってきた。

「ほれ、つまらないものだけど。良かったら食べてクレ」

「すいません、わざわざありがとうございます」

「気にすンな、いくらでも余ってるから」

 随分と屈託のない笑顔を浮かべるものだ。帆足はその笑顔につられて自分の口角が上がっていくのを感じたが、これから自分がする質問の陰鬱とした色に内心辟易していた。

 

「詩織のことだろ?」

「えっ?」

 唐突に自分の心を読まれたような発言をされ、帆足は顔を上げた。

「顔にそう書いてある」

「え、えぇ。そうですが……」

「何、気にすンな。最近ここらで件の事件の話を聞いて回ってる奴がいるって話を聞いていたンでな。あんたを見て、それだろうと思っただけだ」

 その話を聞いて帆足は自分がこの集落で噂になっているのを初めて知った。やはり過去の話を何処の馬の骨とも分からぬ人間に穿り返されるのは決して良い気はしないだろう。

 かねてから感じていた罪悪感が帆足の口を衝動的に開かせた。

「やっぱり、いい気分はしないですよね……」

「なんだ、あンた刑事にしては随分やわっちいこと言うんだな」

「よく言われます」

 実際、帆足は刑事にしてはあまりにも優しすぎた。事件を解決する以上は過去の話を当人がどんなに嫌がっていようと聞かなければならない。帆足はそれを嫌がって何度か上司に怒鳴り散らされた事がある。

「確かに、死んだ時の話をしろって言われちゃあ誰も良い気なんざしないわな」

 文雄が茶を啜りつつ、淡々と事実を述べていく。帆足はただ黙っているしかなかった。

「それでも俺は何にも分からないままは嫌だな」

 その一言を聞いた帆足は目を見開いた。それは彼が物心がついてから一番嫌っていたことだったからだ。


 帆足悠一は自らの両親の顔を知らない。幼い頃、父親は交通事故で死に、母親は失踪したと親戚のおばさんから言われた。

 今回この水原集落地域に来たのは帆足自身が望んだことでもあった。ここは帆足が生まれた場所だったのだ。

 彼は何も知らない両親についての手がかりがあるかもしれないとここにやってきた。そんなものが残っているはずがないと半ば諦めかけながらも。もう四十二歳になる。四十二年の月日は何もかもを洗い流すには十分すぎる。

 それでも、彼はひと目でも良いから自分の生まれたこの地を見たかった。何もなくてもいいから、自分が生まれた場所を知りたかったのだった。


「結局は人によるんだろうよ。嫌な奴は嫌だろうし、そうでもない奴もいる。ただそれだけだ」

 文雄はのんびりと空を眺めながら呟いた。

「……では、事件当時の話を聞いてもよろしいですか?」

「うんむ。とは言っても他の所と同じような感じだよ。田の神祭りの準備で森から戻ってきた詩織がいきなり『ごめんなさい、ごめんなさい』って喚き散らしてそのまま死んだ。すぐに救急車を呼んだけどダメだった。死因は心臓発作。それまで病気一つしなかった人間が唐突に死ぬことなんてあるのかね」

「この事件の死亡者は十五人、その全員の死因が心臓発作……」

「それもなんかおかしいとは思わねぇか。全員同じ死に方ってのも気に入らない。そもそも田淵の爺ちゃんなんぞくも膜下出血で一回ぶっ倒れてるんだからな。言い方は悪いが元からほぼ死にかけみたいなもんだったはずだ」

 田淵の爺ちゃん……、五人目の死亡者、田淵敏郎は確かにくも膜下出血で一度病院へ搬送されている。九十二歳という高齢であり、死亡時も風邪で入院していた最中だった。

 この一つのケースだけで見れば死因は老衰だと片付けられたかもしれないが、この水原集落という地域で分類すればその異常さが際立ってくる。

 だが、原因らしきものは何も見つけられない。せめて手がかりでも見つかればいいのだが……

「手がかりは無さそうだナ」

「えっ」

「顔にそう書いてある。あんた顔に思ってることが出るタイプだ。つくづく刑事には向いて無さそうだナ」

「……よく言われます」

 カカッと笑ってみせる文雄。人のことをよく見ているのかそれとも自分が本当に顔に出やすいタイプなのか。恐らく後者の気がするが帆足はあまり気にしないことにした。

「さてと、こっちが話せるのはこれくらいさね」

「ありがとうございました。助かりました」


 帰りの間際、帆足はあることを思い出した。

「そういえば、河口の方に木が突き立てられていたんですけど、アレは一体何なんですか?」

「ん、アレか?あれがさっき言ってた田の神祭りだ。森から木を持ってきてサンバイ様っていう神様の籠もる森を作るんだ。それがあの河口にある木だ。五穀豊穣のためにやる祭りでな。昔っからここらでやってるものの一つだ。昔っからの考えの一つに痕跡はその主へ通ずるってもんがあってな。動物の足跡を矢で射ると、その足跡の主である動物が足を怪我して現れるなんて話がある。これも似たような話で森に御わす神様の一部の木を持ってくることで、神様をコッチに連れてくるンだよ。ちょっとご無礼な気もしないでもないがな」

「そうなんですか。ここらは色々な慣習が残っているんですね」

「そらまぁ田舎だからなぁ」

「他にはどんなものが?」

「うん?そうだなぁ……」

 文雄は茶を啜り終えた後、なんてこともない世間話を話すようにそのことを教えてくれた。

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