25.スクエア
さゆりに振り回されるのは、私だけではない。
それは主に使用人の人達だ。
雇われている身だからこそ文句は言えない。まあ、さゆりの事を心酔しきっているので文句なんて全くないのかもしれないが。
しかしそのせいで、私が巻き込まれるのはいただけない。
さゆりが情報を仕入れるのは、主に書籍やネットからである。
その中には眉唾なものや、絶対に現実ではありえない話が多い。
しかしそんな事は彼女には全く関係なく、興味があったものは試したくなるようだ。
私に迷惑がかからなければ好きにしてもらって構わないのだが、まあそれも無理な話だ。
「ねえ、理名。スクエアのお話は知っているかしら?」
「スクエア?何それ?」
突然、言われて私は冷たい返しをしてしまう。
しかし全く気にしていないさゆりは、パソコンの画面をこちらに向けて来た。
これは説明するのが面倒臭いから、見てわかってほしいやつか。
すぐに察した私は、仕方なく画面に目を向ける。
さゆりの言っているスクエアという話が、題名は聞き覚えなかったが内容は知っていた。
ある5人が雪山へ出かけた。
山に着いた当初は晴れていたものの、昼頃から雪が降り始め、夕方には猛吹雪となって学遭難してしまった。
途中、5人のうち1人が事故で死亡し、仲間の1人が死んだ仲間を背負って歩いていた。
やがて4人は山小屋を見つけ、助かったとばかりに中に入るがそこは無人で暖房も壊れていた。
死んだ仲間を床に寝かせた後、「このまま寝たら死ぬ」と考えた4人は知恵を絞り、吹雪が止むまで凌ぐ方法を考え出した。
その方法とは、4人が部屋の四隅に1人ずつ座り、最初の1人が壁に手を当てつつ2人目の場所まで歩き2人目の肩を叩く。
1人目は2人目が居た場所に座り、2人目は1人目同様、壁に手を当てつつ3人目の場所まで歩き肩を叩く。
2人目は3人目がいた場所に座り、3人目は4人目を、4人目が1人目の肩を叩くことで一周し、それを繰り返すというもの。
自分の番が来たら寝ずに済むし、次の仲間に回すという使命感で頑張れるという理由から考え出されたものだった。この方法で何とか吹雪が止むまで持ちこたえ、無事に下山できたのだった。
しかし仲間の1人が、「この方法だと1人目は2人目の場所へと移動しているので、4人目は2人分移動しないと1人目の肩を叩ける事は在り得ないため、4人では出来ない」と気付く。
話の結末としては、死んだ仲間が5人目として密かに加わり、仲間を助けた、というものである。
昔からある有名な話。
今回、これを話題に出したという事は。
「さっそくやりましょう。」
まあそうなるだろうな。
私は分かりきっていたので、特に抵抗せずさゆりの準備に付き合った。
準備をするとは言っても、部屋と人数だけ揃えれば終わりなのですぐに出来る。
六畳ぐらいの部屋で、4人とマネキンを1体。
私とさゆり、そして執事の男性と、近くで掃除をしていたメイドの女性。
どちらも顔をこわばらせつつ、部屋の隅に立っていた。
「じゃあもう一度確認するわね。まず私が動くから、その次は清秋、そして櫻、最後に理名が動くという形でやるわよ。」
さゆり→執事(清秋)→メイド(櫻)→私の順番に決まり、あとは始めるだけ。
さゆりがリモコンを取り出し操作をすると、部屋は何も明かりが無く真っ暗になってしまった。
目の前に誰かが立っていたとしても、絶対に分からない暗さ。
私達の息遣いだけが、その場に良く響いた。
「じゃあ、始めるわよ。」
そしてさゆりの合図と共に、それは始まった。
私の順番は最後なので、肩を叩かれて本来なら誰もいないであろう場所へと進む。
そこに誰もいなかったら終わりで、もし誰かがいたら続ける。
絶対的に確率は前者に傾いているが、さゆりといるとそうとも限らないから嫌だ。
私は誰もいないようにと願いながら待つ。
誰だか分からないが、歩いている音を聞きながら、全く関係ないことを考える。
どうしてさゆりの家には、マネキンがあったんだろうか。
すぐに用意されたのだから、元々置いてあったわけだ。
何に使っていたのか不思議だが、後で聞こうと思う。
そんなくだらないことを考えていると、その時後ろから肩を軽く叩かれた。
気配を感じなかったので驚いてしまうが、何とか声は出さなかった。
私はドキドキ騒ぐ心臓を落ち着かせるために、深呼吸を何度もして、そして進んだ。
1歩、2歩、部屋の大きさは6畳なので、すぐに隅に着くかと思ったが、意外にも歩く。
私は誰もいないようにと願う。
ついに隅の方ら辺に着きそうになったから、私は手を伸ばした。
そのまま何も無い空間であってほしい。
そう願っていた。
しかし私がそう願ったからこそ、物事は違う方向へと行く。
とん、と私はなにかに触れた。
それは絶対に壁の感触ではなくて、柔らかく体温を持っている。
誰だ?それとも何だ?
私は驚きと疑問であふれるが、それでも肩らしき所を叩いた。
そうすれば、前へと進んだ気配がしたので、私は隅に留まる。
また誰かが進んでいる音。
私はそれを聞きながら、口を開いた。
「さゆり!電気つけて!!」
それと同時にさゆりが私の言うことを聞いてくれたようで、明かりがつく。
眩しくて、しばらく目が慣れなかった。
しかし私は前にいる人だけを確認できれば良かったので、その人物だけを集中して見ていた。
「えっと、清秋さん?でしたよね。」
目の前で気まずい顔をしているのは、本来ならさゆりの前にいるはずの人だった。
メイドのどちらかだとは思ったので、そこまで驚かなかったが、私よりもさゆりとメイドの方が驚いているみたいだった。
「清秋、あなた。」
「申し訳ありません。さゆりお嬢様。」
さゆりの言葉に清秋は目を逸らしたままだが、確かに謝罪をした。
「話と違うじゃないかしら?それは駄目だと言ったわよね。」
「申し訳ありません。」
どうしてやったのかの理由は言わず、彼はただ謝った。
そのやり取りを繰り返している内に、さゆりは諦めたのか大きなため息を吐く。
「もういいわ。理名、ごめんなさいね。興ざめしちゃったでしょ。今日は、お開きにしましょうか。」
そして私を見て、申し訳なさそうな顔でそう言った。
しかし意志は固いようで、私は何も返す言葉が出ない。
さゆりに促されるまま部屋を出たが、最後に一瞬彼を見た。
何だか目が合ったような気がしたけど、本当に一瞬の事だったので確かとは言えなかった。
次にさゆりの家に遊びに来た時、清秋さんと呼ばれていた執事の人は、どこにもいなかった。
さゆりに尋ねてみたが話を逸らされて、結局分からないまま。
私が彼の姿を見る事は二度となかった。
それよりもマネキンの事を聞くのを忘れていたと思い出した私は、本当にさゆりに毒されてしまったのか。
前よりもずっとずっと、考えがおかしくなってしまっている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます