23.ビデオに映る
私は幼なじみで怪談マニアであるさゆりの行動を、全くとがめないわけではない。
基本的には見守っているだけなのだが、あまりに酷い行動をする時は、さすがに止める。
冷静に見えても暴走しないわけではないので、たまにストッパーの役目をしないと危ないのだ。
彼女が絶対とは限らない事を、私は知っている。
そのビデオを拾ったのは、さゆりではなく私だった。
いつも歩いている道のすぐ脇にあったので、まるで見つけて欲しいと言わんばかりに思えた。
ちょうどいい事に、近くには誰もいない。
そうなると、私のする行動は一つだった。
「すみません、いただきます。」
私は誰に向かってだかは分からないが謝罪をして、それをさっと拾う。
そして持っていたタオルで包み、カバンにしまった。
その間、10秒もかからなかっただろう。
何だかさゆりに、どんどん毒されている気がする。
私は自分の良くない変化に、ため息をついてその場から離れた。
「これが、そのビデオなのね。」
机の上に置かれたビデオを見たさゆりは、予想通り喜んだ。
「初めて見たわ。」
それも色々な意味でだ。
私は祖父母の家にあったので初めてではないが、確かに今は見る機会も少なくなってしまった。
だからこその問題もある。
「じゃあさゆりの家にも、見る為の機械は無いのか。」
せっかく持ってきたのだが、これを再生する術を私達は持っていない。
祖父母の家にあったのも、確か前に言った時は無くなっていた気がする。
きっと製造も注視しているだろうから、そこら辺の店で買うという選択肢もない。
さて、どうしたものか。
私は持ってきた立場ではあるが、もう捨てた方が良いんじゃないかと思い始めている。
しかしここで諦めないのが、さゆりだった。
「じゃあ手配するから、用意出来たら一緒に見ましょうね。」
彼女はどこかに電話を掛けると、にっこりと笑う。
まあ、こうなるよな。
予想していなかったわけではなかったので、私は何となく呆れながらも見る事が出来るのは喜んでいた。
そして日が経たないうちに、というか1時間もせず用意は出来ていた。
私は持ってきていた小説を待っていたので、全く退屈はしなかった。
「理名、用意できたから見ましょうか。」
待ちきれなかったのか、さゆりはテレビの前に陣取る。
私は彼女を一定の距離から遠ざけて、デッキにビデオをセットした。
元々巻き戻しされていたようで、ビデオは最初から始まる。
それは何て事の無い海を映していた。
大きな崖に波がうちつけている様子が、延々と流れている。
ホームビデオなのか、画質はとても荒い。
「何これ。」
私はもっと面白い何かが映っているのかと期待していたので、少しがっかりしてしまう。
しかしさゆりは、画面を食い入るように見ている。
仕方なく私も、また映像に集中する。
未だに崖に波がうちつけているだけ、特にこれといって不審な様子は無い。
道で落ちてはいたが、特に怪談系とは限らないか。
私はさゆりに許可を取って、早送りをする。
早送りをしても、特に何も変わらない。
延々と崖と波が映っていて、私は面倒くさくなってしまう。
だからリモコンを脇に置いて、画面から目を離した。
「何か出たら教えて。」
「ええ。分かったわ。」
読みかけだった本を開き、私は先ほどの所から見始める。
物語は遂に終盤に差し掛かった場面で、私はすぐに夢中になってしまう。
主人公が生きるか死ぬか、親友と一緒に戦っている。
そして最強の敵に立ち向かうのだが、未だにその正体が分かっていないのだ。
誰が敵なのか。
わくわくとした気持ちで読んでいると、さゆりに話しかけられた。
「理名、理名。」
「んー?なあに?ちょうどいい所なんだけど。」
自分で言っておいて何なのだが、私は渋々テレビを見る。
さゆりがやったのか、いつの間にか早送りが止められていた。
しかし、そんな事よりも注目するべきなのは。
「誰、その女の人?女の人だよね。」
「ええ。たぶんそうよ。」
映像に変化が起きていた。
崖の上に、真っ赤なワンピースを着た女性が立っている。
彼女の動きはとてもおかしくて、ギリギリの所に立っているのにふらふらと揺れていた。
「え。大丈夫なの?」
「分からないわ。でも現れてから、ずっとこんな感じよ。」
私はその動きが怖くて、自然とさゆりの方に寄る。
そうすれば安心できるような気がしたが、あまり効果はなかった。
女性は今もなお、崖のふちでふらふらとし続けている。
少しでも風が吹けば落ちそうだ。
しかし彼女は動きを止めない。
「はっきりとは言えないけど、人間だとは思うのよね。だから危ないはずなんだけど。」
「え。これ本当に大丈夫なの?」
ビデオだからどうすることも出来ないが、私は画面の中の女性が心配になってしまう。
荒い映像だから、彼女がどんな表情を浮かべているかは分からない。
だからこそ怖かった。
「……あ。」
そしてついに恐れていた事態が起きる。
何の力が働いたせいか、女性の体はふわりと飛んだ。
そのまま誰にも助けられることなく、重力に従い下へと落ちた。
あまりにも酷すぎて、最後の瞬間を私は直視することが出来なかった。
女性がいなくなってすぐに、映像が終わった。
あとはうんともすんとも言わなくなったので、もうビデオに何も残っていないのだろう。
私はデッキからビデオを取り出し、そして勢いよく振りかぶってゴミ箱に捨てようとした。
もうこんなもの、持っていても意味が無い。
本当に今更だが、拾ってこなければ良かった。
そんな後悔を込めて投げようとしたのだが、その腕を掴まれる。
「さゆり放して。」
私は、一人しかいない腕を掴んだ犯人を睨んだ。
しかし睨まれた当人は、どこ吹く風で微笑んでいる。
「それは駄目よ。捨てるのは、もう少し調べてからにしましょう?」
さゆりにこれを見せたら、絶対にこうなるはずなのは分かっていたのに。
いくら中身が気になったとは言っても、ここに持ってくるべきではなかった。
最近の私は、こうして後悔することが多くなっている。
それは全部がさゆり関連で、自分でも一緒にいるのをやめた方が楽だと分かる。
しかし頼まれたからには、最後まで面倒を見る義務がある。
私は掴まれた腕を外そうと動かしながら、さゆりを睨んだ。
「こんなの調べなくていいよ。怪談じゃないから、さゆりのお眼鏡にも叶わないでしょ。」
このビデオはあまり良いものではない。
何となくそう感じていたので、彼女の手元に残さないように必死だった。
それでも納得してくれないのが、彼女の悪いところである。
「良いのよ。うちの解析ができる人達に、ちょっと見てもらうだけだから。満足したら、すぐに捨てるわ。」
もうこれは、渡すまで引いてくれない。
長年の経験から私は、諦めるしかなかった。
上げていた腕をゆっくりと下ろし、さゆりにビデオを渡す。
「満足したら、本当にすぐ捨ててね。絶対だよ。」
「ええ。約束するわ。」
いまいち信用しきれなかったが、それでも約束しただけでいいと思うしかなかった。
それからさゆりは、使用人を呼び出してビデオを渡した。
「出来る限り解析して。37分43秒辺りから女性が出てくるから、表情とかが分かるように。」
「かしこまりました。1時間以内に終わらせます。」
淡々と命令すると、私を振り返って無邪気に笑った。
「少し暇になるから、お茶でも飲みましょうか。」
さゆりの用意した高そうなお茶とお菓子を楽しんでいると、意外にもあっという間に時間は過ぎた。
静かにされたノックの音で、私ははっとする。
「失礼致します。……準備が整いました。」
中へと入ってきた先程の使用人の人は、少し顔色悪くビデオとDVDを差し出してきた。
その手は震えている気がしたが、確認する前に隠されたので自信はない。
「ありがとう。下がっていいわ。」
「はい。御用があればお知らせ下さい。」
さゆりは2つを受け取ると、まっすぐ目を見て言った。
そうすると彼は恭しく礼をして、静かに去る。
部屋に2人きりになると、さゆりはウキウキとDVDを再生する準備を始めた。
私はいつも以上に行動が素早い彼女の姿を見ながら、リモコンを手に取る。
「入れた?じゃあ、つけるね。」
確認すると、すぐさま再生ボタンを押した。
「うわ。画質綺麗。」
「いい感じね。」
先程よりも画質がとても綺麗で、私は感動してしまう。
さゆりも満足げに頷いている。
しかしそれにしても、綺麗になったせいで不気味さが増してしまった。
使用人の人が良い仕事をしたせいで、すでに女性は崖の上に立っている状態で始まっている。
ここから先の展開を知っているとはいっても、関係なく恐ろしい。
表情が分かるようになったから、余計にか。
「もうそろそろだよね。」
「ええ、あと15秒。だからコマ送りにするわね。」
私の手からリモコンを取った彼女は、了承をする前に勝手に操作をした。
そして、ゆっくりとした動きになった映像。
さゆりの言葉が確かなら、あと少しでこの女性は。
そう思っていると、女性の体は宙を落下した。
コマ送りにしているせいで、ことさらゆっくりと。
「え。」
「あら。」
それをじっと見ていた私達は、同時に声を上げた。
あまりにもありえない光景を、見てしまったからだ。
「ねえ、さゆり。」
「そうね。見ていたわね。」
落下していた女性。
そしてその途中で、確実に彼女はこちらを見た。
しかし、一瞬の事だったので見間違いだったのかもしれない。
「もう一回、見ようか。」
「ええ。」
私が言う前に、さゆりはすでに早送りをしていた。
落ちていった女性が崖の上に戻る。
そして、コマ送りで再生。
ゆっくりとふらふらしていた女性。
また落ちていく。
「!?あ、あれ?」
「……。」
私は変な声を出してしまい、さゆりは無言になった。
映像の中の女性は、やはりこちらをちらりと見た。
しかしその表情が、先ほどとは明らかに違っていたのだ。
無表情が、笑顔に。
さゆりが何も言わないまま、映像を巻き戻した。
今までと同じように落ちていく女性。
「何これ?」
その表情は、憤怒に変わっていた。
私は恐ろしさから、戸惑うしかなかった。
しかしさゆりは、全く違ったようで。
「ふふふ。すっごく良いじゃない。もう一回、見ましょう。」
とても楽しそうに、またリモコンをテレビに向けた。
私はとても嫌な予感が襲い掛かり、これ以上見てはいけないと思った。
だからさゆりからリモコンを取り上げて、DVDを出した。
そして勢いよく膝で割った。
さらに近くにあったビデオを拾い、中のテープを引っ張ってのばした。
「あ、あらら。やっちゃったわね。」
一連の動作を許可を得ず行ったのだが、さゆりは全く怒っていない。
残念そうにはしていても、特に執着していたわけじゃなさそうだ。
私は怒られない事に、ひとまずほっとする。
「ごめん。何か嫌な感じがして。」
「いいのよ。たくさん見られたから。」
しかし一応謝罪すると、それも快く許してくれた。
少し引っかからないわけでは無かったが、私はまた謝罪をして、その日は何となく解散となった。
後日、帰っている最中さゆりは思い出したかのように、私に話しかけて来た。
「今は、どんな顔をしているのか分からなくなっちゃった。」
初めは何を言っているのか分からなかったが、思い当たった時、私は怒る事が出来なかった。
DVDが一枚だけじゃないと、予想していなかった私が割るかったのだ。
「ほどほどにね。」
だから聞いてくれるか微妙だが、そう忠告して話を終えた。
それからそのDVDがどうなったのか、私は知らない。
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