21.なんで
幼なじみであるさゆりのおかげで、救われた人がどれぐらいいるのだろうか。
私が知っているだけでも、途方もないほどいる。
その中でも特に救われたと思うのは、きっとあの子のはずだ。
さゆりと怪談関係なしに、出かけることも本当にたまにだがある。
そういう時は、だいたい私がどこに行くか決める。
その日もそうだった。
「公園っていっても、結構広いところなのね。しかもたくさんお花が咲いていて、すごく綺麗。」
私の立てた計画が満足いただけたようで、彼女は顔をほころばせながら、咲き誇る花を楽しんでいた。
その姿を写真に収めつつ、私も穏やかな気持ちになる。
さゆりはこういうふうに連れ回す時、年相応の無邪気さを取り戻してくれる。
家が嫌なわけではないのだろうけど、あそこはずっといると息が詰まるから。
私が連れ出して、少しでも気分転換できればいい。
そんな気持ちを察しているのかどうかは知らないが、彼女の事だから分かっているんだろう。
「ここをまっすぐ進めば、名物の丘に出るよ。そこは絶対に見た方がいいから、混んでても並ぼうね。」
それならば、全力で楽しませてあげるまでだ。
私はパンフレットを片手に、さゆりに知らせる。
そうすれば更に満面の笑みを浮かべて、彼女は私の腕を掴んだ。
「早く行きましょう。私、前から見たくてしょうがなかったのよ。」
本当の楽しんでくれているようだ。
私は内心でほっとしつつ、彼女にされるがまま引っ張られながら歩く。
「う、わあ。」
「とても綺麗ね。」
思っていたよりも人がいなくて、すぐに見ることのできた丘は、想像以上だった。
この時期にしか咲かない花が、見渡す限り一面に広がっていて、まるで花のじゅうたんだ。
テレビや雑誌などで見た事はあったのだが、生だと感動の度合いが比べ物にならない。
私は写真を撮るのも忘れ、目に焼き付けようとただただ眺めた。
さゆりも同じ気持ちなようで、何も言葉を発しなくなった。
そんな状態で数十分ほどいると、さすがに他の人の迷惑にもなってくる。
近くを通る人にジロジロと見られるようになったので、名残惜しかったがその場から離れる。
そのまま歩くと、少し遠いが花の見える位置にあるベンチを見つけた。
私はさゆりの了承を取らずに、それに腰をかける。
彼女も文句を言うことなく、隣に座った。
「綺麗だったわね。」
「うん。」
ようやく口を開いた彼女は、月並みな感想を言う。
それに特に気の利いた返事をせず、私はぼんやりとしていた。
何だか穏やかな空間が、私たちの間に流れる。
そんな時に、足元に何かが転がってきた。
下を見てみると、それは青色のボールだった。
私は拾い上げて、これの持ち主を探す。
「あ、あの。ごめんなさい。」
そして、その子はすぐに見つかった。というよりも1人の男の子が私の前まで歩いてきた。
5歳ぐらいだろうか、少し暑い季節なのに長袖長ズボンで、頬が赤く染まっていた。
「それ、ぼくのボールです。」
その子は泣きそうな顔で、私の方に腕を伸ばしてきてそう言う。
別にいじわるをするつもりは無いし、周りの視線が痛いから、素直にボールを渡した。
「ありがとうございます。」
年の割には大人らしい返しに、私は好印象を抱く。
それは隣のさゆりも同じだったようで、対子供用の笑みを浮かべて話しかけた。
「今日は誰と来たのかな?」
今の世の中だったら通報されかねない行動だったが、さゆりの外面の良さから、そんな事態には陥らなかった。
「……おとうさん、と。」
戸惑いながらも答えたその子の後ろの方から、30代ぐらいの男の人がこちらに近づいてくるのが見えた。
「浩太。何しているんだ。」
表情は柔らかかったが、全身から警戒オーラが出ている。
私は彼に無害だという事を示す為に、作り笑顔を浮かべた。
「すみません。怒らないであげて下さい。ボールを取りに来た浩太君を、私達が引きとめてしまっただけなので。」
高校生という年齢も効果があったのか、丁寧な言葉遣いに気をつければ態度は少し軟化する。
「そうだったんですか。すみません、ご迷惑をおかけしたみたいで。ほら、行くぞ。」
ペコペコと頭を下げると、浩太君を促してその場から立ち去ろうとしていた。
しかしそれを、さゆりが止める。
「ちょっと少し良いですか?」
「えっと、何でしょうか?」
まだ何かあるのか、彼の顔にはそう書かれていた。
また雰囲気が良くないものに変わっていたが、さゆりは全くひるまず浩太君に話しかけた。
「ねえ、浩太君?言いたい事は言った方が良いわよ。そうじゃなきゃ、いつまでもそのままになっちゃうわ。」
何を言っているのか。
私と浩太君のお父さんの頭の中は、同じ事を考えて居るだろう。
しかし浩太君にとっては、そうではなかったようだ。
顔をくしゃくしゃに歪めて、耐えるような顔になった。
それを見て間に入ろうとした邪魔者を、私は押しとどめる。
「でも、でも。」
「私達が見ているから、大丈夫。怖い事は何もないわ。」
私のアシストは上手くいったようで、さゆりと浩太君の間で何かが決まったようだ。
覚悟を決めた顔で、浩太君はお父さんに向き合った。
「どうした浩太?大丈夫か?」
「おとうさん。」
「ん?」
どことなく緊迫した様子に、私は自然と固唾をのんだ。
これから起こる事は、絶対に平和な話じゃない。
浩太君は何度も視線をさまよわせて、続く言葉を言えずにいた。
しかしさゆりの方をちらりと見ると、大きく息を吸って全てを吐き出す。
「なんで、おとうさん、いつもせなかに、おかあさんを、おんぶしてるの?」
ひゅっ
その瞬間、そんな弱弱しい息を吸う音が聞こえて来た。
さゆりから後で教えてもらった話だが、浩太君のお母さんは数か月前に死んでいたらしい。
原因は、首を絞められての窒息死。
犯人は当たり前だが、お父さんだった。
殺してしまった事実を隠そうとした彼は、死体を家の庭に埋めていたらしい。
警察によって掘り起こされたそれは、苦悶の表情を浮かべていたとの事。
どうして浩太君には、お父さんの背中にお母さんが見えたのか。
それは分からないが、さゆりは関わったから最後まで付き合うと言って、孤独の身になってしまった浩太君の面倒を見る事に決めた。
今はさゆりの家の養子として、弟になった浩太君。
地下には絶対に近づかないという賢明な判断が出来る彼を、私は将来が安泰だと思っている。
初めて会った時とは違う生き生きとした表情は、今が幸せだと物語っていた。
さゆりがやった行動の中で、一番賢明な判断だったのだろう。
今は、そう言える。
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