20.友達よね?





 さゆりの事を好きか嫌いかというと、まあ普通だ。

 良い時も悪い時もあり、最終的にプラスマイナスゼロになってしまう。

 彼女の悪癖や性格を、良い方へと見ようとは努力しているのだが、想像の斜め上をいかれたらたまったものじゃない。


 だから結局、私の努力はいつも無駄になってしまう。

 それでも今まで一緒にいるあたり、彼女の事は嫌いにはなりきれないわけだ。





 今日のさゆりは、最初からどこかおかしかった。


「はあ。」


 授業中もどこかを見てはため息をついて、物思いにふけっている。

 先生も珍しい光景に驚き、注意できずにいた。

 その代わりに私が、彼女の頭を軽く小突いておく。


 それさえも気にしていないのだから、余程なのかもしれない。




「さゆり、いくらなんでもぼーっとし過ぎ。そろそろ先生も怒るよ。」


「ええ、分かってるわ。」


 さすがに目に余るので、休み時間に注意をしに行く。

 そうすると全く分かっていない返事をされ、私は怒りから本日2度目の小突きをお見舞いした。


 今回は効いたようで、少し涙目になるとさゆりはまたため息をつく。


「うじうじするな。悩みがあるなら聞くから、話して。」


 私もため息をつきたくなるのを我慢して、悩みを聞いてあげることにした。

 そうでもしないと後々面倒な事になるので、早めに解決しようという下心からだった。


「怒らないで聞いてくれるならいいけど、もう叩かないかしら?」


 さゆりは上目遣いで見てきたが、私は頷くことは嘘になるので出来ない。

 しかしさゆりはそれには気が付かず、話すと決めたようだ。


「最近、気になっているトンネルがあるのよね。」


「あ、ごめん。私今日は、予定があったの忘れていた。話はまた今度ね。」


「それは駄目よ。話は最後まで聞いてくれなきゃ。」


 怪談系の話なら別だった。

 私は席を立とうとしたが、さゆりに腕を掴まれて阻止された。

 予想していた反応だったので、そこまで反発することなく私は大人しく座った。


「もう理名ったら。話し続けるわね。その気になっているトンネルなんだけど、場所がすっごく遠くて。」


「じゃあ連休か、長期休みの時に行けばいいんじゃないの?」


「私もその予定だったんだけど、そうも言っていられなくなっちゃったの。トンネルが、もうすぐ取り壊すっていう話が出てて。」


 さゆりは深く息を吐いた。

 そういう暗い雰囲気を出されても、全然興味が無いから共感出来ない。


 私は微妙な顔をしてしまう。


「休みを調整する前に壊されそうだから、何とか行きたいのよ。でもそうなると学校を休まなきゃ。せっかくの皆勤賞なのに。」


「そうだね……あれ?さゆりって皆勤賞狙えたっけ?前に休まなかった?」


 本当に困った様子に、私はちょっと可哀想だと思ってしまったが、すぐに思い出す。

 さゆりは一度、風邪にかかって休んだ事がある。

 それなのに皆勤賞とは、もしかしてその事を忘れているのだろうか。


 私は彼女の頭の心配をする。


「違うわよ。理名の事よ。」


 しかし、あっけらかんとさゆりは言い放った。

 そういえば、私は今まで休んだことは無かった。


 そして何となく察していたが、私が行く事は既に決定事項なのか。

 呆れて言葉が出ず、さらにさゆりの話は止まらない。


「学校を休むって言うのもねえ、不真面目になっちゃうわよね。それならいっその事……。」


 勝手に考えて、そして答えを見つけたようだ。

 1人で納得した顔になると、そのまま自分の世界に入ってしまった。

 取り残された私は、何を考えついたのか聞こうとしたが、ちょうど先生が来た。


 仕方が無いから放課後に聞こう。

 そう思ったのだが、結局それは実行されなかった。



 帰りのホームルームで担任から、急な連休を発表された時、私は全てさゆりの仕業だと分かり呆れてしまった。





 予定外の休みが出来て、嬉しくないわけはないが、行く場所を考えると憂鬱だ。

 私は初めて乗る飛行機に、居心地の悪さを感じていた。

 離陸するまでの時間が長かったり、耳がキーンとなるのを体験していれば、隣に座るさゆりが楽しそうに見てくる。


「こういうのも旅行って感じがして、楽しいわね。」


 何ともまあ凄い事に、エコノミークラスに乗るのは初めてだという彼女は、私以上に飛行機を楽しんでいた。


「他の人達に迷惑かからないようにしなよ。もしなんかあったら他人のふりするから。」


「はい。分かっています。」


 一応注意をしておけば、さゆりは子供みたいに手を上げて返事をする。

 それを確認すると、私は眠気が襲い掛かってきて目を閉じた。



 そんなわけで私の初の飛行機は、大半が眠ったままで終わった。





 目的の場所が分からないまま、さゆりに連れられたのは豪華な旅館だった。

 従業員総出で出迎えられ、私の顔はひきつってしまう。


「普通の旅館で良かったのに。」


「それは駄目。せっかく来たんだから、良い所でゆったりとしなきゃ。」


 しかし目的地は、私にとって楽しいものじゃない。

 それなのに泊まる場所は良い所だから、出たくなくなってしまう。



 豪華な風呂、豪華な食事、最高のおもてなし。

 至れり尽くせりを満喫した後は、さゆりお待ちかねのトンネル探索だ。


「楽しみだわ。面白いものが見えると良いわね。」


「ウンウン、ソウダネ。」


 真っ暗な道の中、私はさゆりと手を繋ぎ歩いていた。

 手を繋ごうと言ってきたのは、向こうからで私も特に嫌だと言わず素直に従った。


「もうすぐトンネルよ。一応、往復するだけにしましょうね。」


「オッケー。」


 さゆりの言う通り、視線の先にトンネルが見えて来た。

 私は自然と繋いで手の力を強める。


 そしてそう時間の経たないうちに、トンネルの前に辿り着いた。

 入り口に立ち、私達は中を見る。

 先の見えない真っ暗な道。

 何だか生ぬるい風が顔に当たり、不快な気持ちになる。



 さっさと行って帰って終わらせてしまおう。

 そう考えて進もうとしたのだが、さゆりが何故か動いてくれず変な動きをしてしまう。


「え?行かないの?」


「その前に、1つだけ聞きたい事があるんだけど良い?」


 私はさゆりを見て、そして固まった。

 彼女の顔が今まで見た事が無い位、真っ青で震えていたからだ。


「どうしたの?気分でも悪いの?」


「ううん。気分は悪くないわ。」


 首を振って否定したが、顔色は依然真っ青なままで私は本気で心配する。

 今日は諦めて帰ろう。

 そう提案しようとすると、手を痛い位に握られた。


 さゆりの顔は真剣で、私はどうして良いか分からなくなる。


「き、聞きたい事って、何?」


 何かを言わなくては。

 そう思って、私は少し前の彼女の言葉を思い出す。


 さゆりは何故かふわりと笑った。

 その笑みが嫌なものに思え、背筋がぞっと寒くなる。

 怖くなって腕を振っても、全く外れない。


「ああ、そうだったわね。あのね、理名。理名は私と友達よね?」


「うん?え、ああ、うん友達っていうか、幼なじみ?」


 友達という言葉がしっくり来なくて、こんな状況ではあるが首を傾げてしまう。

 その様子をさゆりは、とても悲しそうな目で見てきた。


「友達じゃないのかしら?少なくとも私は、そう思っていたのに。」


「ごめんごめん。友達だよ。」


 そんな顔をされてしまったら、良心が痛む。

 慌てて言い直せば、少し顔色が良くなったようだ。


「ありがとう。それなら、友達なら理名は助けてくれるわよね?下を見て。」


「え?……!?」


 彼女は自分の足元を指し示した。


 私がそちらの方を見ると、足を、さゆりの足を誰かが掴んでいて、驚いて、後ずさった。


「ねえ?助けてくれるでしょ?ねえ?」


「あ、いや、えっと。」


 さゆりの腕の力は強い。

 どうしたら良いか分からず、逃げる事も出来ず、戸惑っていた。


 そんな時に、ポケットの中でスマホが震える。

 私は助けが来たと、緊迫した状況だが鳴っていた電話に出た。


「も、もしもし。」


『あ、出た。理名?今どこにいるの?』


「え。」


 聞こえて来た声は、まぎれもなくさゆりのものだった。

 私は頭が混乱して、そして未だに捕まれたままの腕を見る。


「……あれ?」


 しかしそこに誰もいなかった。

 捕まれた腕の力は無くなり、私はただ1人トンネルの前にいた。


『もしもし。心配したのよ。』


「……ごめんごめん。ちょっと散歩してた。少ししたら帰るから。」


 私は電話の向こうの心配そうなさゆりを、安心させるために穏やかな声で返事をした。





 後日、本物のさゆりと行ったトンネルでは特に何も起こらなかった。

 わざわざ来たのにと、がっかりするさゆりを慰めながら私は色々と考えていた。



 あの時、もし電話が無かったら。

 私はさゆりを助けたのだろうか?

 足を掴まれていたさゆりを、もしかしたら置いていったのではないか?


 今更考えても、答えは出て来ない。



 そして、もし次に同じような事があった時、助けられるかどうかの答えも未だに出て来ない。




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