19.三本足の
さゆりの趣味は、怪談を集めるだけではない。
他にもお金や手間のかかる事を、たくさんやっている。
その中でも私が、1番やめてほしいと思うのは人形集めだ。
怪談を集めている地下とは別に、大きな部屋の中にびっしりと棚の中に埋め尽くされている人形達。
ほとんどが少女の形を模したもので、はっきりと言って不気味である。
だから絶対に近づかないようにしていたのだが、さゆりはそんな私の気持ちなんてお構い無しだ。
「理名にね、ぜひ見てもらいたいものがあるの。」
お昼休み、お弁当に好きなおかずが入っていたので上がっていた気分は、一気に底まで落ちた。
「それは怪談?それとも……人形?」
出来れば前者の方がマシだった。
私は、さゆりの次の言葉を願いながら待っていた。
しかし現実は残酷だ。
「んー、どっちもかしら。」
どっちかじゃなく、両方とはどういう事か。
私は頭を抱えながら、さゆりに問いかける。
「今度はどんなトラブルを持ってきたの?」
「いつもトラブルを持ってきてないでしょ。理名ったらボケているのかしら。」
しかし返ってくるのは、的はずれな答えばかり。
これ以上、話をすると疲れてしまいそうなので、私は別の話題に変えることにした。
「最近、何かさゆりの家に色んな人が出入りしているけど。怪しい何かじゃないよね。」
「違うわよ。それも今の話と関係あるんだけど、私の人形を見に来るのよね。どこで噂を聞きつけたのか、少し迷惑だわ。」
話題が変わっていない。
そう思ったが、心底うんざりした様子のさゆりを見て、愚痴を聞いてあげることにした。
「そうなの?それなら追い返しちゃえばいいじゃない。」
「出来たらそうしているわ。でもお父様の友人という方々だから、無下にしたら怒られちゃう。」
さゆりは滅多に出さないような、疲れた声でため息もつく。
本当に嫌なんだな、と察した私は断るのも可哀想かと、人形部屋に行く事を了承した。
「ありがとう。土曜日に綺麗に整理してから見せたいから、日曜日で良いかしら?」
「お、オッケー。」
その途端に元気になったさゆりに、選択を間違ったかと後悔してしまいそうになるが、もう言ってしまった後なので取り消しはしない。
それにしても私が人形部屋を苦手だと分かっていて、誘ってくるとは余程その人形を見せたいのか。
変なものじゃなければいいな。
私は絶対にありえないと分かっていながら、そう願うばかりだった。
不安な気持ちを抱えたまま迎えた日曜日。
私はさゆりの家の、いつも行く地下室とは別の場所に来ていた。
人形部屋、そう勝手に私が呼んでいる所だ。
扉はいたって普通なのだが、きっと開ければ大きい部屋何だろう。
私が開けるのを、今か今かと待っているさゆりには申し訳ないけど、中を見たくない。
トラウマになると分かっていて、開けるなんて馬鹿がする事じゃないのか。
「早く入りましょう。すぐに紹介したいから。」
「うん。ちゃんと開けるって。」
そう思っても、私に出来る事は1つしかない。
覚悟を決めて、扉を開け放った。
「うっわー。」
中に入って自然と出た言葉は、感嘆を含んだものでは決してない。
圧倒はされたが、それと同時に恐怖と気持ち悪さが混ざった気分になる。
昨日さゆりが綺麗に整理したからか、寸分の狂いもなく等間隔に並べられているせいで、余計にその効果が増していた。
私はくらりとふらつきそうになった体を、踏ん張って何とかとどまらせる。
そして何度か深呼吸をして、さゆりの方を向いた。
「それで、見せたい人形はどこなの?」
さっさと、やる事を終わらせてしまおうという意味で行ったのだが、彼女は違う意味にとらえたようで。
「そんなに楽しみにしていたの?焦らなくても、人形は逃げないって。」
楽しそうに笑いながら、私の手を引いた。
日本人形、フランス人形、その他もろもろ、全員がこちらを向いている。
その中を進みながら、私はどれも禍々しい何かじゃないかと疑ってしまう。
それにしても、どれがさゆりの言う見せたいものなのだろうか。
私はそれぞれの人形を流し見しながら、予想をするがどれも決定打に欠けていた。
「ここじゃなくて、もっと奥よ。この子達も可愛いんだけどね。」
考えていることが分かったのか、さゆりはそう言ってどんどん進む。
奥の方を見てみるが、それっぽい人形はこれといって見当たらない。
この部屋に本当にあるのだろうか。
そう思って私は更に注意深く探していると、見つけた。
見つけたと思ったのだが、すぐに目を疑った。
人形、あれは人形という風に、認識して良いのだろうか。
「人形で良いの。可愛いでしょ。」
また私の考えを読んださゆりが、私の疑問に答えてくれる。
しかし、その答えは私を更に混乱させた。
「いやいや。あれは違うでしょ。何か違うものでしょ。」
さゆりの言う人形というものを見て、私の顔は無意識にこわばってしまう。
恐怖というよりもむしろ、気持ち悪さが大きい。
それは、この部屋にいる女の子の人形の中では異様な存在だった。
何故、そこに置いているのか不思議なぐらいだ。
私はそれに近づき、まじまじと見た。
「どこからどう見ても、おっさんだよね。これ。」
誰が何の目的で作ったのか、その人形は50歳ぐらいの男の人を模した形をしている。
これだけである意味、特別なのは分かった。
しかし何故これを持っていて、どうしてこの人形を見に人が来るのか。
全くと言っていいほど分からない。
「そうだけど、でも可愛いでしょ。私も気に入っているの。」
どこをどう見て気に入っているのか。
私は不思議すぎて、もう一度その人形をもっとよく見る。
やっぱり、ただのおっさんだ。
その魅力を感じられなくて、私はさゆりに問いかける。
「どこから持ってきて、何があるの?私には分からないから教えて。」
「あら、そう?持ってみれば分かると思うわよ。」
このおっさんの人形を持つ。
私にとって、それは汚いものを触るのと同じ意味な気がする。
それでも期待の眼差しを向ける彼女に、嫌と言い出せる雰囲気じゃなくて、私は恐る恐るそれを手に取った。
ずっしりとした重み。
見た目以上に重くて、中に何か変なものが入っているんじゃないかと、気持ち悪さを忘れて調べ始める。
そしてそれに気が付いた瞬間、人形を落としてしまいそうになった。
「何これ?え、嘘でしょ。これ、え?」
信じられなくて彼女の方を向くが、ただただ微笑むばかりで何も言わない。
私はもう一回触って、自分の思った事が間違いじゃないと悟る。
その人形は、何でそうなったのか足が3本あった。
1本多い、だから見た目よりも重いのだ。
私は人形を裏返し、その足を確認する。
やっぱり足が1つ余計にある。
それが付け足されたのではなく、元々そのようにして作られているようだ。
「何で3本?」
「さあ、分からないわ。でも女の子じゃなくて、男の人のっていうのは珍しいみたいね。」
女の子の方も見た事が無いと言いたかったが、私はややこしくなるだけだと口をつぐむ。
そうすればさゆりは、私から人形をとった。
優しく、とても大事そうに撫でている。
まるで聖母みたいだが、持っているのがおっさんの人形だから台無しだ。
「それを見に来るってね。変な人達だね。」
「珍しいから幸せになれるって、誰かが言ったらしいの。」
「変なの。そんな力があるなんて、信じられない。」
私は信じられなくて、疑った顔をしてしまう。
しかしさゆりは、たしなめるように少し怒った顔をした。
「本当よ。あんまりこの子を怒らせるようなことをしたら、理名も大変な目にあっちゃうわ。」
「ふーん。」
彼女の忠告も半信半疑に聞く。
しかし急に寒気がして、私は人形を凝視した。
まっすぐ私の方を見ているそれは、変な威圧感を醸し出している。
何かを伝えたいのか、人形に対してそう思うなんておかしいが私は返事を待った。
しかしそこから何も言われず、少し拍子抜けしたが、何故か人形を馬鹿にする言葉はもう出て来ない。
さゆりもそれで満足したのか、人形を元の位置に戻した。
部屋を出てから、私は何だか体が軽くなった気分になる。
別に変った事は無いと思うのに、不思議だ。
さゆりに尋ねてみると、人形の効果じゃないかと言っていたので、このせいで来る人があとを絶たないのだと察する。
しかし私は、もう二度と見たくはない。
あのじっとりと嫌な感じは、気持ち悪さしか感じられなかった。
たぶんだが、あれはあまり良くないものだと私は思う。
きっとさゆり以外には、上手く扱えない。
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